2-09 スイカ峡谷バンジーは戻ってこれなくなると思った




 その日、〈研究所ラボ〉内にルチアの興奮した声が響いていた。


「つまり……私の体をもとに戻せるというのだろう?」

「いや、そうなんだけどちゃんと話聞いてた? もとに戻すのはリスクがあるんだって」


 色々脳内でラボの支援を受けて検証した結果、ルチアを錬金素材として使うことができるとわかってしまった。

 大丈夫か、錬金術。なんか怖くなって……きてないけど。やっちゃダメならできないよね? だから神罰とかは当たらないと思うの。


 ただ、思うところがあって、すぐにこのことをルチアに話したりはしなかった。

 一週間ほど街で買い物したり、二人とベタベタしたりして過ごした。ルチアともだいぶ打ち解けたはずだ。


 そしてさっき、錬金術でルチアの左腕を取り戻せるという話をした。

 それがリスクのある方法であることも。


「もう一回、今度はじっくり話すからよく聞いとけ。エリクシルを作るまで待たずに、手っ取り早くルチアが左腕を得る方法は三つ。まず一つ目は、普通に俺が作る義手を装着する方法。これは着脱できるし、安全面では全く問題がない。でも自分の腕のように器用に動かす、というのは難しい。反応の遅延も出るかな? でも盾を持つだけならそんなに問題はないと思う」


 テーブルに身を乗り出し、かなり前のめりな体勢で眼帯姿のルチアは話を聞いている。自分の腕が治るかもしれないとあっては当然だろう。


 ニケは澄まし顔で紅茶を飲んでいたが、ルチアをちらりと見て紅茶を置いた。


「先ほどは言いませんでしたが、私は戦闘でルクレツィアが義手を使うことは反対します。無論平時であれば有用だとは思いますが」

「なんで?」

「ルクレツィア、貴女が一番わかっているでしょう?」


 ニケに発言を促されて、ルチアは気まずそうに苦笑いして頬をかいた。


「そうだな……戦闘には使えないかもしれない。一番大きな理由は、盾を使うというのは受け身であるということだからだ」

「どういう意味だ?」

「自分で言うのもなんだが、盾で攻撃を受けるというのは、簡単に見えるかもしれないが思いのほか難しいことなのだ。相手の攻撃に合わせて力を入れるべきときは入れ、抜くときは抜き、受ける角度を決め……そういったことを瞬時に判断して動かなければならない」

「そうですね。そんな中で思う通りに動かない義手を使えば簡単に崩され、ルクレツィアは危機に陥るでしょう。攻撃や回避を重視する戦い方をするのであればまだしも、盾で受けることを前提とした戦い方の場合は致命的です」

「なるほどなー。素人考えだったわ、すまん」


 俺が頭を下げると、やめてくれとルチアは首を振った。


「こちらこそすまない。義手なんて高価な物だからな……それを与えてくれようという気持ちがありがたくて、言い出せなかった」

「あのな、金も素材もどうとでもなるが、ルチアに替えは利かないんだから思ったことはちゃんと言ってくれ。マジで」


 うれしそうに笑い、ルチアは頷く。

 ルチアは笑うと普段の雰囲気よりも少し幼く見えて、とても可愛らしくなる。これまで歯を食いしばって生きてきたルチアには、これからはずっと笑っていて欲しいと思う。

 だから変顔してみたのに、可愛そうな目で見られてしまった。悲しい。でも歯を食いしばって頑張る。


「マスター、私は」

「ニケは唯一無二だ」

「ならいいです」


 ルチアに替えが利かないのと同様、それもまた間違いのない事実だ。

 ハーレムのコツとはダブルスタンダードをいかに自分自身で信じ込めるかなのだ。たぶん。


「義手が戦闘には使えないことがわかったところで次だ。新しい腕を錬金術でルチアと合成する場合。これは今までの体に新しい腕がくっつくだけだな。新しい目もつけられる」


 これはルチア本体をいじりはしない。

 ただ新しい部位が、もとの部位のように本人の管理下に置かれる。今はその部位が存在しないからこそ可能な方法だ。


「決して『だけ』などと言っていいものではない気がするが。素材によっては能力も今までより上がるのだろう?」

「まあね。でもあくまでもベースはそのままのルチアだから、左腕だけが硬いとか軽いとか重いとかギミックついてるとか飛ぶとか、その程度。目は魔眼をつけられると思うけど」

「飛ぶのか……腕が」


 目線を上げてるルチアは、ぽわんぽわんぽわんって感じで想像してるんだろうが、いまいちイメージできずに首を傾げている。

 飛ぶのはデフォルトだと思うんだが……異世界の常識って難しい。


「問題は、将来エリクシルを使ったときどうなるかわからないこと。他には無機物だとメンテナンスが必要にはなるだろうな。有機物だと……カロリー消費が上がったりすることがあるかも? やたら腹減ったりとか。あとは……今までの腕と重さや長さを変えるとバランスが悪くなりそう」

「それは避けたいところだ。できれば以前と同じような使い勝手がいい」

「さっきの話を踏まえると、やっぱりそうなるか。となると俺の作り手としての腕にかかってくるというわけか」


 この方法で治す場合、もとのルチアの腕と重さ長さを変えずに、どうにかしてロケットパンチできる作りにしなければならない。

 そしてそこにどうやってドリルを組み込むか。難題ではあるが、やらねばならぬ。


 俺がルクレツィアマーク2の構想を練っていると、マーク1が待ちきれないといった様子で、さらにテーブルに身を乗り出した。


「それで、最後の方法は本当なのか」


 シャツのボタンを二つ外しているルチアの胸元から覗く、深い深いメロン峡谷。

 俺は無言でそこに、人差し指をバンジージャンプ。ぬくい。


「ひあっ、な、なにをするんだいきなり」


 すぐに体を引いて逃げられてしまった。ニケが忘れてしまった(もとからなかった)初心うぶさが新鮮である。


 温もりを失った指先が寒い思いをしていると、ニケがボタンを三つ外して胸元を見せつけてきた。そんな初心じゃない子も大好きです。

 でもここはスルーしておく。不服そうに頬を膨らますニケがまた可愛い。


「だってなあ、三つ目はおすすめじゃないし。それやると──」


 三つ目は、ルチアを丸ごと錬金してしまう方法だ。

 不足している体組成を他の素材で補ってルチア本体と混ぜるか、今ある体組成すら取り替えてしまうか……程度の差はあれ、それをやってしまうと──


「私と同じ種族になるのですね」


 そう。ニケと同じ『錬成人』になるのだ。



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