2-10 猶予をもらえた



 試しに錬成人にできるかシミュレートしたらできてしまったのでつい話してしまったが、言わなければ良かった。


 ルチアはなぜかこの方法にやたら食いついてくるのだ。


「正直にわかには信じられない思いもあるが、ニケ殿という存在がいるのだから可能なのだろうな……それで、錬成人になればニケ殿に近い強さを得られるのだろう? 率直に言って武に全力を傾けてきた身として、強くなることに憧れはある」

「人間やめてでも?」


 人間と錬成人では色々と違うのだ。それはちゃんと説明してある。

 ルチアは目を閉じ、心の内でなにかを噛み締めているようだったが、少ししてはっきりと頷いた。


「そうだな」


 ルチアは戦闘民族だったか。別にそれは悪いとは思わないんだが……。


「でも言ったろ? 危険性があるって」


 ルチアを錬成人にするシミュレーションは、確かに可能という結果を出した。


 けれどこんなことは今まで錬金してきて初めてなのだが、『ブレる』のだ。


 普段錬金するとき、まずは素材を決める。そしてその素材で作った完成形を想像しながら、「錬金してやんぜ!」と考える。

 それが作成可能な場合は、ラボの支援効果を受けて俺の想像がクリアになる。まるで古ぼけた白黒写真が、最新カメラで撮ったカラー写真に変わるように。

 スキルレベルが足りなかったり、素材が不適合で作れない場合は白黒写真のままだ。


 しかし今回は、脳内に浮かぶ錬成人となったルチアの姿にノイズが走るのだ。

 カラー写真でありながら。


 そんなことはかつてなかったので、理由はわからない。

 今になって思い出したが、実は聖国にいた当初、生きたゴキブリを錬金素材にしたことがある。そのときは上手くいってノイズなど走らなかった。

 元気にしてるかな、ブラック三郎丸。太郎丸と次郎丸と花子丸のことは聞いてはいけない。


 そのあとネズミを錬金しようとしたが、どうともできなかったのですっかりそのことを忘れていた。今思えばスキルレベル不足だったのだろう。


 ノイズについて、ルチアという個人に問題があるわけではないと思う。

 人というものを特別視したいわけではないが、錬金素材としては他の生物となにかが違うのかもしれない。ニケのときだってブレたりしなかったし。


 いずれにせよ、ルチアの錬金は成功する感触はあるものの、不確定要素が存在しているのは間違いない。

 なにが起こるかわからない以上、俺としてはルチアを錬金するのは避けたいのだが……。


「しかし成功はするのだろう? 私としては是非お願いしたい。強さへの憧れということ以上に、私が強くなれば主殿の安全性は増すし、私自身二人の荷物になりたくはないのだ」


 とにかくルチアがグイグイくるのである。


「その気持ちはありがたいけど……」

「主殿、私はうれしかったのだ。こんな私を普通に扱ってくれること、私のためにエリクシルを作ると言ってくれたこと。本当にうれしく思っている。だからこそ役に立ちたいと思うし、それに──」


 ルチアは一度ニケに目を向けてから、俺に向き直った。


「正直ニケ殿に劣等感も感じている。戦士としてだけではなく、女としても。別に自分を美しいなどとは思わないが、叶うことならばあなたに私のもとの姿を見てもらいたい」


 美しさを競いたいというわけではなく、本来の、生まれたままの自分を見せられないことを残念に思っているのだろう。

 でも今も片鱗は見えるし、騎士時代は男にかなり声をかけられてたみたいだし、すごい美人なのではないだろうか。


「むろん主殿が私の見た目を気になどしていないことはわかっている。単にこれは私のわがままだ」


 うーん……そういう風に言われるとなぁ。


 少し話は違うが、ルチアは俺が街の中でいちゃつこうとするのを嫌がる。俺が周りから奇特な目で見られるのが嫌らしい。

 俺もルチアに肩身の狭い思いはさせたくないのだが……。


「でも錬金したら逆に変な見た目になっちゃうかもしれないぞ? 脳天からキノコ生えたりとか」

「それは困るが……私がそんな姿になったら主殿は私を愛せないか?」


 挑戦的に口角を上げるルチアに対し、俺は首を振る以外の選択肢を持たない。


「それなら失敗しても、女としての私のわがままが叶わないだけだ。大きな問題ではない。強さともとの体、両方を得る可能性があるのであれば、私は賭けたい。主殿、私の欲張りを許してはもらえないだろうか」


 ルチアの瞳の奥に強い想いを感じる。なぜこれほどに、と疑問に感じるくらい。

 これはもう説得は難しいような気がしてしまう。


「むぐぐぐぐ……ニケはどう思う? 反対だろ?」


 こういうときはニケに助けを求めるに限る。冷静に判断してくれるはずだ。


「私は賛成です」


 まさかの裏切りだと!?


「ヌゥィゲザァン! ルラギッタンディスカー!」

「何を言っているのかわかりませんが、私はマスターのことを第一に考えていますから」

「んー、それってつまり、ルチアが戦力になるからか?」


 どうやら正解したようで、ニケは頷いた。


「その通りです。ルクレツィアの錬金は、彼女だけに限らず私の強化にも直接繋がります。二人で戦った方が、より強い魔物を狩ることができますから。そうなればよりよい素材を得て、一段飛ばしで強化されることになります」

「それはそうなんだけど」


 錬成人の強みはそこだろう。

 錬成人はレベルがない替わりに、〈アップグレード〉で強くなっていく種族だ。

 レベルがないので格下をいくら倒しても強くはならないが、格上を倒せればその素材で一気に強くなれる。


 魔物にはステータス数値が高いものが数多くいる。だから人はパーティーを組んで魔物と戦うわけだが、そのステータスを丸々とはいかないかもしれないが、錬成人は自分のものにできる。

 ニケは戦術と優秀なスキルで格上と戦うつもりだったろうが、二人で戦った方が効率がいいのは間違いない。


「それに、これはある種の進化なのではないかと思うのです」

「進化?」

「はい。マスター、〈アップグレード〉ではなく、私を素材としてもう一度錬金することはできないのですよね?」

「うん。もう全然いじれないから見た目も変えられないし、機能の追加みたいなこともできない」


 錬成人をもう一度作り直すようなことができるなら、錬金のブレについてここまで心配してはいない。

 ウィザードリ◯みたいに良い結果が出るまで繰り返すことはできない。一発勝負なのだ。

 スキルレベルが上がればできる可能性もあるが、不確定な未来任せにするわけにはいかない。


「人間は素材として錬成人にできるのに、錬成人は素材にできない。それは錬成人というのが、より高位の存在だからではないでしょうか。であれば器と中身を融合させただけの私とは違い、ルクレツィアは人間から錬成人に進化すると言えるのでは?」

「ふむふむ、なかなか面白い考察だな。続けてくれ」


 簡単に進化や退化という言葉を使いたくはないが、たしかに生物単体としては進化すると言っていいのかもしれない。


「人からの進化。だからこそマスターの言う『ブレ』というのが生まれるのではないでしょうか。ルクレツィアが進化の先に何を掴み取るのか──それはマスターが決められることではないのかもしれません」


 ストンと、ニケの言葉が腹の内に納まった。


 俺はおごっていたのだ。

 なんでもかんでも思い通りにしようとしたのだ。

 だから思い通りにならない錬金を恐れ、拒絶した。本来錬金術なんて、結果が見えないものなのに。


「ですから錬金の結果がはっきりしていなくとも、私は悪い結末にはならないのではないかと思っています。それと最後に……ルクレツィアを錬金するとなれば、奴隷紋は外さなければならないのでしょう? どのような影響があるかわかりませんし」


 そして、本当は気づいていた。

 不確定だからと言ってルチアの願いを押さえつけ──


「マスター。貴方が本当に恐れているのは、ルクレツィアが自由になってしまうことなのでは?」


 ──ルチア自身を俺の思い通りにしようとしたことを。








 だから開き直ることにした。


「だってだって! 出会って一週間も経ってないじゃないか! ほんとは俺のことがへどが出そうなくらい嫌いで、逃げられちゃったらどうすんだよ。ルチアはそんな人じゃないって思いたいけど、まだそこまで信じ込めてないんだよ。ルチアに逃げられたら俺泣くよ? 街の中心で大泣きするよ? 世界の中心でギャン泣きするよ? どうかお願い、逃げないでください! それにそれに…………隻腕隻眼の硬派で凛々しいルチアを組み敷くのって、なんだか妙に興奮したんだよ! 歴戦の武士もののふを好きにしちゃってる感があってゾクゾクしたんだよ! 下半身にティンときちゃったんだよ! エリクシルを作るって言ったのも錬金のブレが怖いのもウソじゃないけど、もう少し今のルチアを味わっていたいんだ! それでもルチアが片腕なのはやっぱり大変そうだなと思って今日治す方法を話したけど、本当はもうちょっとあとにしたかったんだ最低でごめんね!」

「「えぇ…………」」




 十日間だけ猶予をもらえました。いやっほう!


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