2-11 ケモった
十日間たっぷりルチアと楽しんだ俺は、快く錬金を引き受けた。
ジルバルさんのところに行って、奴隷紋の解除もしてもらった。
解放するわけではなく、これからも仕えてもらうことをちゃんと話したら安心していた。この状態のルチアを放り出したら苦労するのは目に見えているのだから、ジルバルさんの心配も当然だろう。
捨てられるのが怖いのはこっちの方なんだが。
もちろん錬金のブレも心配ないわけではない。だが本人も望んでいるし、俺もルチアの頭からキノコが生えたら余計に興奮できる可能性があると考えた。キノコむしゃむしゃプレイとかどうだろう。
そんな未来を語ったら、苦笑いしながらルチアは培養層に潜っていった。
ちなみに培養層の水は『上位生命水』と『上位魔力水』のミックスであり、空気を送り込んでいる限りその中で呼吸する必要すらない。
初めはむせたり怖がっていたルチアも、培養層の中で笑顔で右手を振っていた。
そしてやはりルチアの錬金にはニケのときと同様に、ばく大なMPが必要だった。〈
錬成人というのは新規の種族であり、そのせいでニケのステータスが最初バグっていたに違いない。
錬金が完成するまでの間は、これまでルチアに比重が偏っていたこともあり、ニケに限界まで絞り尽くされることになった。改めてニケは最高だと思い知らされた。
え? ルチアだって最高に決まってるじゃないですか。
そして三日後、ルチアの錬金が終了した。
「私の腕……私の目……本当にもとに戻ったんだな」
目覚めたルチアが、裸のままベッドの上から降りた。
握りしめた左手を両の目で見て、その手で左のまぶたに触る。
ニケのときとは違い、最初から動くのに支障はないようだ。
西洋彫刻に通ずるような美しく引き締まった体には傷一つなく、褐色の肌に染み一つもない。
ルチアは本来の姿を取り戻した実感が染み込み、それがあふれ出すように涙をこぼした。
「ありがとう、主殿……本当に、本当に……」
感極まっているルチアに礼を言われるが……俺は頭上のソレから目を離せないでいた。
「お、おう。よかったなルチア」
今俺は、上手に笑えているだろうか。自信がない。
「よ、よかったですね。ルクレツィア」
ちらっと見てみれば、ニケもまた目を離せずにいる。
ニケはアレを見ているようだ。下に向けた視線が、右に行ったり左に行ったりしている。
「ありがとう、ニケ殿。まさかこんな日がくるなんて夢にも……と言うか、どこを見ているのだ? 主殿は頭の上を見ているし…………頭の上? まさかキノコっ!?」
慌てて頭を押さえたルチアの手で、ソレがペタリと潰れた。
初めはビクッと驚いたルチアは、ソレを伸ばしたり縮めたりして存在を確かめている。
「…………? キノコではない……これはなんだ!?」
「鏡を見ればすぐにわかると思います」
今は壁だけだが、寝室の壁とか天井とか床は鏡張りに設定していることが多いのだ。理由は言わない。
ニケに促され、ルチアが振り返る。
「な」
硬直することタップリ五秒。
「なんだとぉぉおぉお!」
頭上についている『耳』と、こちらに向けた高弾力プリップリお尻の上についている『尻尾』が、ピンと立った。
「はぁっ!」
掛け声と共に振られた剣が、頭が豚の人型魔物であるオークを斬り伏せる。
袈裟懸けに斬られた傷は深い。即死だろう。
オークを一振りで仕留めた『ウサギ耳』の美女は、離れているもう一体に剣を突き出した。
「ストーンブレット」
剣を介した魔力が形となり、拳大の岩が剣先から放たれる。岩は狙いを外すことなくオークの顔面を捉え、頭を爆散させた。
「すごいな。このINTだと、初歩の魔術でもオークが一発か」
こちらに歩きながら、『キツネ尾』の美女は自分の魔術の結果に驚いている。
「いいなー魔術。せっかく異世界来たのに使えないとか……」
「神雷をあれほど使ったではないですか」
「あれはどちらかと言えばニケの力だったろ。で、どんな感じだ?」
俺を見て獣人もどきの美女──ルチアは微妙な顔をしている。
「体の具合は申し分ないが……戦闘中でもそうしているのか?」
どうやら俺がニケにお姫様抱っこされているのがお気に召さないらしい。
「どうせすぐ移動するし、オーク三体くらい余裕かと思って。特に今のルチアなら」
ここは俺が街の外を移動するときの定位置なのだ。これが一番速いし、優秀なエアバッグが二つついてるから事故っても安心。
いい魔石が大量に手に入れば昔作った車を使ってもいいが、ニケに財布の紐を握られちゃってるから買うこともできないのだ。
「それはそうなのだが、一応は気をつけていてもらいたい」
「ほいほい」
「絶対変える気ないだろう……ニケ殿の能力があれば心配するだけ無駄かもしれないが。〈人化〉」
スキルを口にすると、耳と尻尾が光の粒子となって霧散する。ズボンの上から腰に巻いている尻尾穴隠しが、フワリと垂れ下がった。
「ふう、魔術を使うのにいちいち〈獣化〉しなければならないのは面倒だな」
「常に獣人状態であればいいだけだと思いますが」
「う……それはそうなのだが」
どうやらまだルチアは、精神的には人間をやめる気がないようだ。
現在水晶ダンジョンがある街、リースに移動中である。
これまでの道のりでも狼の魔物とかが単体で出てきたが、ルチアが一瞬で片づけていた。今回は三体のオークが相手だったものの、それもあっという間に終わってしまってルチアは物足りなさそうに肩を回している。
でも今のルチアが物足りる相手なんて、そうは出ることがないと思う。
少し移動したら陽が落ちたので、ラボで夕飯を食って風呂に入った。
ちょっと使う予定があるので、ニケと残ってる素材について確認をした。そのあと寝室に入ったら、先に入っていたルチアがベッドの上でニヨニヨしていた。
「ステータス見てるのか」
「ん? あ、ああ。変なところを見られたな」
ルチアは恥ずかしそうに指先でくるくると、短めに切られた毛先を弄んでいる。
錬金した際、火傷していた場所の髪の毛もキレイに生え揃ったのだが、長さは健在だった髪の毛に及ばなかった。なので長かった髪の毛を切り揃え、現在では長めのショートボブになっている。癖っ毛もあって、ゆるふわ系でオシャレである。
「気持ちはわかります。私も今のステータスを得たときは嬉しかったですから」
「ニケ殿もそうだったか。私などでは、ニケ殿とは重みが違うかもしれないが」
「で、なんか変化あった? 土魔術上がったりとか」
「いや、〈開示〉。レベル一でもさすがに何度か使っただけで上がるようなものではないよ」
ルチアの前に半透明のディスプレイが浮かび上がった。
レベル ーー
種族 錬成人 Fake Beast
職業 獣騎士
MP 1350/1350
STR 1289
VIT 2159
INT 1361
MND 2037
AGI 1263
DEX 1670
〈盾術4〉〈剣術3〉〈槍術3〉(〈土魔術1〉〈手負いの獣〉)〈直感(第六感)〉〈先見眼〉〈人化〉〈獣化〉〈アップグレード〉
思っていたとおり錬成人は、〈アップグレード〉が基本としてついているのだろう。その内容も、錬金によって素材を合成しての強化と治療というニケと変わらないものだった。
総じて見れば、錬金は上手くいったと言える。
だが、いくつかよくわからんことになってしまった。
ルチアを錬金した素材は、ニケのときと基本は変わっていない。
瞳はルチアの望みで、相手の動きを先読みできるという〈先見眼〉を持つ魔物素材を使った。これは両目揃って発動する魔眼だったので、両目とも素材として使った。
だからてっきりルチアの両目とも変化するものだと思っていたのだが、右目は元の目と見た目の変化はなかった。
したがって今のルチアは右が茶色、左が燃えるような赤というヘテロクロミアである。ニケは右金と左青のヘテロクロミアなので、廚二コンビが爆誕したことになる。コミケとか行ったら人気出そう。
まあ目はいいのだ。よくわからないのはその他色々である。
「フェイクビーストってなんじゃい」
「主殿はまだ言っているのか」
「だって普通は錬成獣人とかになるんじゃね? なんでこんなややこしいことになってるのか」
「私としては助かっているのだがな」
「たしかによかったにはよかったんだけどね」
初めはどうしようかと思った。
錬金が終わってみれば、ルチアに獣耳と尻尾が生えていたのだから。
ステータスを見て、〈人化〉スキルと〈獣化〉スキルによってルチアが人間の姿と獣人の姿を切り替えられることがわかり、俺は胸を撫で下ろした。
ルチアが獣人になろうが俺個人としては問題はなかったが、ルチアはいきなり獣人になってしまえば戸惑っただろうから。
実際、必要がないときはルチアは常に人化している。もともと人間だったんだし、気持ちはわかる。
しかし──
「人化しても弱体化するだけだと思うのですが」
「その、常に獣人というのは……まだ踏ん切りがつかなくてな」
夕方と同じように、ニケの冷静な突っ込みにルチアが言葉を詰まらせる。
事実ニケの言うとおりなのだ。
スキル欄の()の内側は、獣人状態でないと発現しないスキルだ。
〈手負いの獣〉は傷を負えば負うほどに攻撃力が上がるという、ルチアの攻撃力の低さを補える強力なスキル。
もともと持っていた〈直感〉は色々な場面で勘が冴える良スキルであり、ルチアの場合は特に戦闘においてその恩恵を受けている。敵に囲まれたときなどに視界外からの攻撃がなんとなくわかったり、相対する敵の攻撃方法がわかったりするのだという。
それが獣人のときは〈第六感〉に格上げされ、より勘が冴え渡るようになる。〈先見眼〉と合わさればすごいことになりそうだ。
〈手負いの獣〉と〈第六感〉、そして〈土魔術〉の合わせて三つのスキルが獣人時専用である。
獣人要素が加わった大きな原因はわかっている。ニケと基本の素材はほぼ変えていないが、プラスして素材を加えたせいだ。
錬金前ルチアに要望を聞いたところ、「AGIの基礎値が上がれば嬉しい」「可能であれば魔術を使ってみたい」とのことだったので、そうなることを期待して安全な範囲で素材を追加したのだ。
素早いと
AGIは確かに上がった。だが脚を使ったのに、なぜか獣人時にウサギ耳が生えた。
土魔術はキツネ尾が生える獣人時しか使えなかった。
なんともよくわからない結果である。
というか重騎士から獣騎士ってダジャレかよ。地味に獣騎士なんて聞いたことないらしいが。
そもそもなぜ切り替えられる仕様になったのかがわからん。ニケの言うとおり、人化時は弱くなるだけだし。
とはいえルチアが無事であり、彼女が喜んでいるのだからそれだけで十分か。
それに、俺としては美味しい話なのだ。
「〈ステータス〉。それで、今日はどちらの姿がお好みだ?」
ステータスを閉じたルチアが、蠱惑的な笑みを浮かべてにじり寄ってくる。
錬金でもとの姿を取り戻したルチアは、びっくりするほど美人だった。ぱっちりお目々にぽってりリップのエロかわ美人である。
初めのうち俺は敬語になってしまい、不審がられたくらいだ。
そんなルチアは錬金後、ものすごく積極的になった。
恩を体で返そうという姿勢は、まさに武人の
しかも一粒で二度美味しいのだ。恩を体で返させてあげることに異存などあるはずもない。錬金したらバリアーがまたしても復活したことも、今ではいい思い出である。
まさに飛びかからんとした俺は、後ろから引き寄せられて後頭部が幸せに挟まれた。
「マスター、今日は私からでしょう?」
もちろんニケを忘れることなどない。
彼女は溶かしても溶かし尽くせぬ氷床に埋もれる秘宝なのだ。本能が求め続けろと命じてくる。
こんな二人に精神的物理的に挟まれて幸せ絶頂ではあるのだが……問題がひとつ。
二人ともタフで、とても貪欲なのだ。俺は毎晩精力が尽き果ててしまう。このままではいつか悟りを開いてしまうのではないかという不安がある。
それでも俺は今日も果敢に挑み、飢えた彼女たちに骨までしゃぶり尽くされる。
なんて可哀想な俺……むふふ。
「やはりこれはおかしいな」
オークの斬殺死体を前に、ルチアが呟いた。
「そうですね。本来オークは賢い上に臆病ですから、人の臭いがする街道などに滅多に出てくるようなことはありません。それがこうも立て続けにというのは……」
ニケの言うとおり昨日三体のオークと出くわしたのも含めれば、今回で四度目である。今日は一匹ずつではあるが。
大概の人が通る他の街を経由する大きな街道ではなく、リースへと最速でいける道を通っているとはいえちょっと異常である。
「この辺りに多くのオークがいるみたいだな……ププッ」
「恐らくこの森の
「えっと……すまない、なにも思い浮かばない」
真面目か。
「でもほっといていいんじゃね? じきにハンターズギルドがどうにかするだろ。もしかしたらもう動いてるかも」
「うーん、私としては見て見ぬふりをしたくはないが……」
真面目か。
ルチアは
「私も他種族の
それ遠回しに言ってるけど、潰しに行きたいってことだよね。
ニケもこの体になってから、強い相手と戦ったりはしていない。だから思い切り体を動かしたいのかもしれない。
でもオークキングとか怖いんだけど……オークキングねえ…………オークキングか………………オークキングだ!
「行くぞ。絶対行くぞ。ハンターなんかに先を越されてたまるか。すぐ行くぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます