2-12 ぶっぱなせをパクられた




 木々の合間を縫うように、するするとニケが駆け抜ける。

 俺はそんなニケに必死になってしがみついている。ちょーこわい。ジェットコースターなんて目じゃない。

 時折徘徊しているオークを始末しつつ、その密度が濃くなっている方へ向かっている。


 ニケがびたりと足を止め、俺を下ろした。


「います。数は四。リーダーつきです。リーダーは私が魔法で」

「了解した。行く。ストーンブレット」


 短い言葉での会話が終わり、魔法と魔術が放たれる。二匹が地面に倒れる前に、二人はオークに肉薄していた。


 ちなみに魔法とは術者の意思次第で自在に操れるものであり、ニケの〈神雷〉はこれにあたる。

 一方で魔術は、ストーンブレットのように定型でしか発動できない。もちろん魔術が定型とは言っても術者のINTによって威力や規模は変わってくるのだが、魔法のアレンジの利き方には到底及ばない。


「どうやら巣は大分近いようですね」


 脂肪に守られたオークの分厚い土手っ腹に風穴を開け、ニケが戻ってきた。


「そのようだ。上位種も増えてきたしな。ところでニケ殿」

「なんでしょう」

「ニケ殿は剣は使わないのだろうか」


 獣人ルチアもすでにオークの喉を貫き殺し、血を払っている。

 ルチアの言うとおり、ニケはここまで殴るか蹴るかでオークを蹴散らしてきた。


 ニケの装備は、ミスリルと魔物素材を混ぜた籠手とすね当てである。デザインに日本の具足要素を取り入れつつ、なるべく頑丈な物を俺が作った。

 ルチアはデザインは和の要素を入れているが、剣にカイトシールドという騎士スタイルである。胸当てや太ももを守る佩楯はいだてもつけているが、籠手やすね当てはニケほどがっちりとした物にはしていない。


 錬金で作った装備品なんて、強度的には鋳造品と変わらない。だから質は高くないが、もとの素材がいいのでそうそう壊れたりはしないだろう。


「そうですね。剣で在っただけで、剣を使っていたわけではない私が言うのもなんですが、正直飽きました」

「え……そ、そうなのか」


 ルチアが絶句しているが、俺も初めに聞いたときは驚いた。職業雷帝剣神なのに。

 いちおう細身の剣を作って渡してはいる。

 本当は刀とか持たせたいが、刀の作り方なんて知らんのよ。錬金だけでできるとも思えないし。


「ま、お婆だから新しいことを始めるのはボケ予防になっていいんじゃないかとああああごめんなさいごめんなさいニケさんはピチピチの生後五ヶ月ですから低周波で股間をビクンビクンさせるのはやめてください」

「マスター、敵がきてしまうのでお静かに。もちろん強敵と相対したときに剣を使うことをいと気はありませんが、今はマスターに作ってもらったこの体を目一杯使うことが楽しいのです」


 そう言ってもらえるのは嬉しいけど、その前に電流解除してもらえませんかね?


「それに剣はもうスキルレベルも上がりませんしね」

「なるほど、そういうことだったか。すまない、つまらないことを聞いたな」

「いえ、共に戦う者として疑問は当然でしょうし不満にも思うかもしれませんが、少しだけ私のわがままを許してもらえるとありがたく思います」

「不満になど思っていないさ。ニケ殿にすべて狩られる心配がなくなって安心しているくらいだ」

「ふふ、そう言われると一人で狩り尽くしたくなってしまいますね」


 戦士たちはわかり合ったようで、二人して不敵に笑っている。地面に這いつくばってビクンビクンしている俺をほったらかして。




 そこからオークの砦はすぐ近くにあった。

 砦と言っても、丸太を雑に立てて並べた防壁の隙間から、中の粗末な家屋が覗けるほど完成度は低い。それでも規模としてはなかなかのものだ。

 見張りに見つからないように、茂みに隠れて様子をうかがうことにした。


「五百匹くらいは入れそうですね」

「半数が狩猟に出ていたとしても二百五十か。上位種も多いだろうし、この規模ならキングクラスが間違いなくいるな。主殿は隠れているのだな?」

「ああ。さすがにあれじゃあ俺を守りながらはしんどいだろ? 砦の中に入ったとこでラボにこもって、観戦させてもらうことにする。あ、さっきも言ったが、くれぐれもキングは滅茶苦茶に壊さないように頼む」


 キングの素材を得るために来たんだから、素材として使えなくなってしまっては困るのだ。

 念を押す俺に対し、いかにも不審そうにニケはジト目をしている。


「マスター、オークキングの素材などなにに使うつもりですか」

「それはな、ほら、あれだ……錬金術の深奥を覗くためにだな」

「ろくでもないことを考えていそうなので、ついうっかりちりにしてしまうかもしれません」

「ダメダメ絶対ダメ! ちゃんと見張ってるからな!」

「ハァ……わかりました。では行きましょう」


 やれやれと肩をすくめたニケが顔を向けると、ルチアは頷いた。

 二人はタイミングを合わせて、矢のように飛び出していく。


 俺は二人が見張りを倒したのを見て、入り口まで走った。近くの家屋の上によじ登ってラボに潜り込む。ここから二人の戦いを見守ることにしよう。

 二人はそのあいだにすでに目につくオークをほふりつつ、近場の家屋を家捜ししている。捕らわれた女性がいるか調べているのだ。


「この辺りにはいないようです。もう少し先を調べてもいなければ、そこで思う存分暴れることにしましょう」

「了解した!」


 普通のオークなど一殴り一振り一殺だが、数が多い。ドタドタと足音を響かせながらオークが群がってくる。

 だが、それでも二人の歩みを止めることはできない。


「地竜勁。爆裂翔拳」


 ニケが大地を強く踏みしめると、地面がクレーター状に陥没し、周囲のオークは家屋よりも高く跳ね上げられた。

 続けざまに放たれた淡く輝くエネルギー体によって、離れていたオークの一団がまるでボーリングのピンのように吹き飛ぶ。

 どちらも格闘術スキルによって使えるアーツである。


「サークルエッジ! シールドスロウ! ストーンブレット!」


 剣術のアーツで近場のオークたちを斬り伏せたルチアが、間隙を縫って盾術アーツと土魔術でオークアーチャー二体を仕留めた。

 早くも魔術を使いこなしているのは流石としか言えない。


「んほー! すげえ! 二人とも頑張れー!」


 俺はラボ内で、玄関ドアの前に座って絶賛応援中である。声は届いてないだろうけど、俺の気持ちは届いている……といいな。

 向こうの声? 耳を澄ませば聞こえてくるよ。きっと愛の力だね。


「きりがないですね。ルクレツィア、敵を集めてください。大技を使います」

「任せておけ。タウントオール!」


 放たれた光によって、オークたちの敵意が全てルチアに向かう。盾術の挑発アーツだ。

 狂ったようにオークが殺到しているのに、ルチアはなに一つ恐れることなく剣で斬りつけ、盾で殴りつけている……っていうか笑ってないか、あれ。やっぱり戦闘民族だったか。


 ニケはそんなルチアを尻目に、オークの合間を抜けていく。

 そして離れたところで、家屋の上に軽やかに飛び上がった。こんなときでもめくれないように、膝下丈のスカートを押さえる淑女っぷりは見事である。


 家屋の上で横身に美しく立ち、ニケは掌を突き出した。

 その先に生まれる眩い光が、オークや粗末な家屋に色濃い影を作る。


「ルクレツィア、離れなさい!」

「了解だ!」


 ルチアが盾を前に押し出し、オークを弾き飛ばしながら離脱する。

 残されたのはすし詰め状態のオークたち。


「ぶっぱなします」


 ニケらしからぬ掛け声とともに、凝縮された光の塊が打ち出される。


 ──それはごった返すオークの上空で花開いた。


 塊から触手のように幾筋も伸びた雷撃が、大気を切り裂き大地をえぐり、縦横無尽に走り回る。

 集まりすぎて逃げることもままならない豚たちにできるのは、耳障りな悲鳴を上げることだけだ。

 やがて、その悲鳴も聞こえなくなった。


「なんともすさまじいな……」


 焼け焦げ千切れ飛んだオークの亡骸を目にし、感嘆のため息をつくルチアの横にニケが降り立つ。


ほうけている暇はありませんよ。来ました」


 ニケが顔を向けた方向から、巨大な体躯を持つ四体のオークが向かってきている。

 鎧を着て武器を手にし、強者の空気を纏ってゆっくりと歩む。

 その中でもひときわ大きい一匹が、ここのボスであるオークキングかなんかだろう。


 俺はワクワクしながら、自家製ポテチを口に放り込んだ。

 ちょっと塩が多すぎたかもしれない。


 蜂蜜レモン水で口直ししていたら、入り口の方からフゴフゴ鳴き声が聞こえてきた。どうやら外に出ていたオークが戻ってきたようだ。


 三体のオークは、中に入ったところでフゴフゴフゴフゴフ言っている。

 砦がえらいことになっているから、「やばくね? 逃げようぜ」「いやそれもやべーよ」とか言ってるのもしれない。とにかくうるさい。ここからが戦いのクライマックスなのに。


 うーん、ぱっと見普通のオークだし、ニケのおかげでだいぶレベルアップしてるから俺でもなんとかなるか。

 たまには俺だっていいとこ見せるぜ!


 ということで、マジックバッグから武器を取り出す。

 前にケーンを使おうとして思ったが、やはり刃物は扱いが難しい。なので俺の得物は、雑に使えるとげとげしい金属バットである。


 ラボから出て、タイミングを見計らい──屋根の上から急襲だ!


「おんどりゃああ!」


 重量のある金属バットが、見事に剣を持つオークの脳天を捉えた。ぐしゃっと頭が潰れて首が埋没。


「ふんぬぅ!」


 隣で慌てふためくオークに、すぐさまバットを振る。

 オークは手にしたその槍で防ごうとしたが叶わず、右手が潰れ逆に曲がった。うるさい悲鳴を上げる豚面をホームランしたら静かになった。


 ラスト一匹。

 武器すら持っておらず、体も小さい雑魚オークにバットを振り下ろす。

 これで……な、なに!? 防がれただと!


 バットを弾いた拳から血を流しながらも、オークが俺に殴り返してきた。驚いたがなんとかバットで受け止める。

 オークは脂肪を揺らしつつ、軽やかなステップで距離を取った。そしてボクサーのようなファイティングポーズで体をくねらせている。

 もしやこいつ…………オークグラップラーか! まさか上位種だったとは!


 ……こういうときはあれだ。


「ニケちゃん助けてー」


 すでにオークキングと拳を交えているニケと目が合った。目を逸らされた。


「ニケ殿、いいのか?」

「鑑定眼で見ましたが、あれくらいであればマスターでも十分倒せます。たまにはマスターにも運動させなければなりません」


 いやいやいや、オークキングなんかが来ても俺に指一本触らせませんって言ってたじゃん!

 もしかして、まだお婆呼ばわりされたの怒ってる!?


「あっ、やべっ!」


 うろたえていたら、オークグラップラーにバットを弾き飛ばされてしまった。

 しかも武器を失った俺にオークはニヤリと笑い、『かかってこい』とばかりに四本指の内の一本をちょいちょいしやがったのだ……!


 ぶちっ。


「やってやらぁこの豚風情があ!」






 左拳と右拳が互いの頬にめり込む。

 膝の震えを押し殺し、今度は俺は右手を、オークグラップラーのオクラくんは左手を振りかぶる。


 ──またしても相討ちクロスカウンター。

 ついにこらえきれなくなり、同時に膝をついた。


「へへ、やるじゃねえか」

「プギー、プギプギギ」


 土ぼこりと傷にまみれた俺たちは、互いの健闘をたたえるように拳を突き出した。


 激闘に心地よく痺れる拳と拳が触れ合う──直前、オクラくんにバリバリバリーッと比喩ではない雷が落ちた。


「うあぁあ、オクラくーん!」

「誰ですか、それは」


 振り向けば、ニケとルチアが建物の陰に座って休んでいた。いつの間にオークキング倒したの?

 二人の服は所々破けていたりするが、怪我はなさそうなのでよかった。


「オーク一匹にどれだけ時間をかける気ですか。武器を拾えばそれほど苦労することもなかったでしょうに」

「男には引けない闘いがあるのだ」

「主殿、素晴らしい闘志だったぞ!」


 ルチアはハンカチで目元を拭っていた。やはりわかる人にはわかるのだ。おのれ、血も涙もない神剣め。

 中位ポーションを飲み、俺は煙を上げるオクラくんに手を合わせた。


「安らかに眠れ、強敵ともよ」


 肉の焦げる匂いで、猛烈に腹が減ってきた。


「オークって食えるよね?」


 オクラくんは今日の夕飯になることが決まった。


「マスター、さきほどハンターらしき人影を確認しました。おそらく斥候が偵察にきたのかと」

「ああ、それでオクラくんを仕留めたのね。見つかったん?」

「すぐに引いていったので不明です。ですが私たちを見られていたとしても、かなり距離があったので人相まではわからないでしょう」

「討伐隊でも来てんのかな? じゃあこのあと本隊が来るかもしれないな」


 来てるとすれば俺たちが来た方向の逆、リース側から来てるのだろう。行きには遭遇しなかったし。

 もしそうなら紙一重だった。先んずることができてよかった。


「ややこしいことになる前にずらかるか。捕まってた女の人たちはいたのか?」


 問いかけると、ルチアが表情を曇らせた。


「いるにはいたが……楽にしてやった」


 もういろいろ手遅れだったようだ。ポーションや俺の錬金術なんかでも、体は治せても精神まで癒やすことはできない。

 騎士としてこういったことを経験してきたルチアだし、その判断に間違いはないだろう。


「そうか……残念だったが仕方がないな。それでオークキングは?」

「ちゃんと壊さずに終わらせましたよ。見ますか?」

「いや、いいや。さっさと引き上げよう」




 どうやら中々の団体でハンターたちはオーク討伐に来ていたようだ。

 帰り際にいくつかのパーティーとニアミスしたが、すごいスピードで駆け抜けたから、こっちに気づいていたとしても判別は不可能だろう。








 さて……これで全てのピースが揃った。


 ──俺が人間をやめるための。



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