2-13 ショた
〈
「反対です! 絶対に反対です!」
珍しく声を荒げ、感情をあらわにしているのはニケだ。
こんなことになってるのは俺のせいなんだけど。
「なぜマスターが錬成人になる必要があるのですか!」
『俺は人間をやめるぞ! ニケ、ルチアーーー!』って言ったらこうなった。
ニケは反対するだろうな、とは思っていたけど。
「ルクレツィア、貴女からもなんとか言ってください!」
押し黙っていたルチアが、困惑した表情を俺に向けた。
「主殿は、私たちを信じられないから錬成人になるのだろうか?」
「そんなわけないぞ。ルチアだって言ってたろ? 俺はただのお荷物になりたくないんだ。今回だってほとんど隠れてるだけしかできなかったし、俺も強くなれるなら強くなって戦いたい。二人に並び立てるとまではいかないだろうが、せめて自分の身は自分で守れるくらいにはなりたいんだ」
完璧な受け答えだと思ったが、ルチアはどこか表情を曇らせたままだった。
それでも、俺の望む言葉を口にしてくれた。
「そうか……わかった。ならば反対はしない」
「ルクレツィア!」
ニケは信じられないものを見るように目を見開いた。ルラギッタンディスカーって言ってもいいのよ?
「主殿は戦士としての資質がないわけではない。それはニケ殿もわかっているだろう? 今までは能力が低かっただけだ。主殿が戦いたいと言うのであれば、それを補助することに
どうやらオクラくんとの戦いを、ルチアは高く評価してくれているようだ。我ながら熱い勝負だったからな。
「それにステータス値が上がれば、ニケ殿としても安心ではないのか?」
「それは……ですが、危険です。マスター、錬金のブレはあるのでしょう?」
「あるけど、それはルチアのときだってあったわけだし」
「ルクレツィアのときとでは全く話が違います。マスターは体も健全であり、充足しているはずです。錬成人となる必要などないではないですか」
「足りないんだニケ。足りないんだよ、今の俺には」
強さだけじゃなくて、いろいろとね。
「それにあれだ。俺のステータスが上がれば、夜に思い切りしがみつけるぞ? いつも二人が俺を絞め殺さないようにガマンしてることくらい知ってるんだからな」
「マスター! 今はふざけないでください!」
火に油を注いでしまったようで、ニケが激昂して立ち上がる。俺としてはその理由もでかいんだけどなー。
「とにかくこれは決定事項だ。ニケをラボから〈排出〉してでも絶対に錬金するぞ」
「素材を渡しませんよ」
「足りなくってもやる。ひどいことになるかもしれんが」
こういうふうに言ってしまえば、ニケは折れるしかないだろう。優しさにつけこむようで悪いが、俺は引くわけにはいかないのだ。
ニケが唇を噛み締め、トスンとおっきなお尻をイスに落とす。
俺はテーブルに投げ出されたその手を握り締めた。
「ニケだって俺がどんな姿になっても愛してくれるだろう?」
またしてもルチアの二番煎じではあるが、やられた経験からこれは効くとわかってる。
「当然です。それでも心配なものは心配です。私は反対します」
……あんまり効いてないかも。
結局、三日かけてなだめすかしたり脅したりして、渋々ではあったがニケは頷いてくれた。
服を脱ぎ捨て、培養槽に体を沈める。
大きく息を吐いて、思い切り水を吸い込む。めちゃくちゃむせた。肺にまで水を取り込むことは、想像以上に怖かった。
ガボガボ言いながらも必死で水を飲みまくったら、徐々に楽になってきた。
培養層の外では、ニケがガラスに張りついている。そんなに心配するな、大丈夫だから。
ガラス越しに手を重ねると、潤んだ瞳で微笑んでくれた。
その後ろにいるルチアは、どこか切なそうにこちらを見ている。
なんだか最近、思い悩んでいるような表情をしていることがある気がするな。
やっぱりルチアも俺の錬金が不安なのだろうか……それとはちょっと違う気もするんだけど。錬金が終わったらしっかり話を聞こう。
……さて、始めよっか。
培養槽のガラスに触れたまま、〈錬金術〉を発動させる。
ぐんぐんMPが吸い取られていき、ここからでも見える素材投入層の縁が赤い紋様を輝かせた。
──これで俺は人をやめるのか。
こんなこと知ったら、母さんは泣くかもしれない。妹は……笑うかな? 天国の父さんは褒めてくれるだろうか。
怖くないと言えば嘘になる。
でも、今の俺が生きている場所はここなのだ。
ここで俺は彼女たちと生きていく。
そのために、これは絶対に必要なことなのだ。
本当にこれが進化だというなら、どうか俺の望みが叶いますように。
少し、眠くなってきた。
最後に二人に笑いかけておこうかな………………
………………甘い香りが鼻をくすぐる。
これ知ってるぞ。
俺を安心させたり興奮させたりする匂いだ。
その匂いに誘われ、自然とゆっくりまぶたが上がる。
ぼやけた視界に映るのは、触れなくてもわかる柔らかさを持った丸み。
そして連なった丸みのあいだから俺を覗きこんでいる、逆さになった銀髪美女の顔。
新しい生で一番に俺の網膜に届いた光は、俺の大好きなものを形どっていた。
おっぱいじゃないよ。きっと誰も気づいてないと思うけど本当は俺おっぱい大好きなんだけど、おっぱいだけじゃないよ。
──錬金は終わったんだな。
どうやら俺はニケに膝枕されてるようだ。
まだ目が霞んでいてよく見えないが、ニケは微笑んでいるような気がする。
「マスター……」
俺を呼ぶ、少し震えた声。
「おはよう、ございます」
ぽたりと、俺の
心配かけてごめんな。
「……おは、よう。ニケ、大丈夫だ」
初めだけちょっと喉が詰まったが、すぐに戻った……戻ってるかな?
なんか妙に声が高い気がする。きっとずっと水に浸かってたせいだろう。
ようやく視界が安定してきた。これでニケの顔がちゃんと見える。
………………ねえ、なんでニケは鼻血出してるの?
おでこに落ちたのって鼻血なの?
「おはようあるぢとの、く合はどーだ? ニケとの、また鼻ぢが」
視界の外からルチアの声が聞こえる。
横を向けば、ニケにハンカチを差し出している褐色美女の姿があった。
ニケの次に見たのがルチアとか幸せ過ぎる錬成人生の始まりなんだが、なぜかルチアは鼻にハンカチを詰めていた。
それと、左腕がなかった。
………………………………は?
「るっ、ルチア! どうしたんだその腕!」
がばっと体を起こしたら、妙に視点が低い。いや、今はそんなことはどうでもいい。
「これは気にするなあるぢとの。あとで話す」
いったいぜんたい何があったのか、ルチアは気まずそうに笑った。
「気にするなと言われても……大丈夫なのか?」
「ああ、平気だ」
そう言ってルチアは、俺のどこを見たらいいかわからないといった風に視線をさまよわせた。
なぜか恥ずかしそうに頬が染まり、ハンカチも鼻血で染まっていく。
うわーーん!
なんなの!
このとっ散らかった状況!
ルチアはまた左腕ないし二人して鼻血出してるし俺は視点が低いし声は高いし手とかこんなちっちゃいし!
「…………手がちっちゃい!? 手ぇちっちゃ!」
「まふたー。かかみを見てくらさい」
鼻ハンカチのせいで不明瞭ではあったが、ニケの言うとおり俺は鏡に振り向いた。
そこに映っていたのは裸の子供だった。
五回瞬きしてみたけど、やっぱりベッドに座る子供だった。多分十歳くらいかな? どこかで見たことある気がする。んー……ああ、実家に飾ってある写真で見たんだ。父さんと母さんとまだちっちゃい妹とこの男の子が一緒に写ってる写真うん俺だね。
「
俺はテーブルに肘をつき、口の前で手を組んだ。
椅子の高さを上げているせいで、足が床に届かずブラブラしている。服もダブダブである。
テーブルを挟んで対面している二人は、俺と視線を合わせようとしない。
「残念だよ……まさか君たちに児童愛好家の
ショタショックから立ち直った俺を待っていたのは、新たなショタショックだった。
二人が鼻血を出していたのは、いたいけな少年ボディとなった俺に興奮したせいだとわかってしまったのだ。
「待って欲しい。別に私は子供だからといって特別欲情するような嗜好は持っていない」
被告人Lが右手を挙げて異議を申し立てるが、俺はそれを一蹴する。
ちなみにまだ、なぜ左腕を失ったのか教えてもらってない。
問い詰めようとすることを、なぜかニケが止めるのだ。もう少し落ち着いてからにしましょう、と言って。
「黙らぬか! 犯罪者はみなそう言うのだよ。これは間違いだ、こんなはずじゃなかった、つい魔が差した、とな」
「主殿も私を買った初日に言っていたな」
「陳謝いたします」
そういえば俺もセクハラ犯罪者だった。
ある意味での逆転有罪を追い風と見たか、被告人Nが手を挙げた。
「私もルクレツィアと同じです。マスターだからこそ、というのがもちろん一番の理由です。ただ……マスターに一つ聞かせて欲しいことがあります」
まるで犯人を追い詰める名探偵のような鋭い眼光を俺に向け、ポツリとこぼした。
「……オークキング」
俺は動揺を隠しきれず、ガタリと椅子を揺らしてしまった。
「やはり……貴方は使いましたね」
「な、なんのことかな?」
「やはりそうだったか。おかしいと思ったのだ。こんなに主殿の体躯は縮んだのに、その……アレがもとの姿のときと変わらない、いやむしろ凶悪化しているくらいに見えるのはなぜだろうと」
脂汗が止まらない。まさかこんなに早く露見してしまうとは。
「そのせいなのだ主殿。そのアンバランスさのせいで、我々は妙な背徳感に囚われてしまったのだ」
驚愕の事実! 被告人二人は被害者だった!
「マスター……なぜそのようなことをしてしまったのですか。私たちは今までのマスターのお持ち物で、十分満足させてもらっていたのに……」
責めるのではなく諭すような人情派刑事ニケの言葉に、カツ丼は出なかったけど被疑者Sは罪を認めた。
嗚咽混じりに心境を吐露するその言葉には、悔恨の念がにじむ。
「すいやせん、刑事さん……ウッウッ、あっしはただ、もっと二人に満足してもらいたくて……で、でもまさか大きさにまで影響が出るなんて、これっぽっちも思っていやせんでした。ほんとなんです」
まあぶっちゃけると精力の超越者であるオークキングの睾丸を、自分を錬金するときに加えたのだ。二匹の性獣を打ち倒すために。
やられっぱなしは俺の性に合わないのだ。
わざわざ自分たちでオークキングを狩りに行ったのは、オーキン玉は王族御用達の精力剤に使われるため、売りに出されることなどほぼないからだ。
サイズまでアップしてしまったのは全くの誤算である。嬉しい誤算である。
今はパッと見だともとのサイズと大差ないが、ここから成長していくのだろうか? だとしたら、いったらどうなってしまうのだろう。彼女たちをどうしてしまうのだろう。夢が広がるばかりである。
「いや、でもほら、まだ俺の息子が怒ったときの凶悪さはわからないわけだし……というか、この体で怒れるのか!? 怒りを吐き出せるかどうかも微妙な年齢の気がするぞ……」
「心配はいりません。上手に怒りを吐き出すことは眠っている間に確認しました。それと、やはり凶悪でした」
「にっ、ニケ殿それはっ」
「あっ」
みんな犯人だった。
「それで、いい加減教えてもらえるか」
変化したステータスをちらりと見たところ、いろいろと確認すべき部分はあった。
しかしそんなことよりも、今はルチアの左腕だ。
なぜ治したばかりの左腕を、再び失ってしまうようなことになったのか。
「……わかりました。マスターも落ち着いたようですし、もういいでしょう。ルクレツィア、話して結構です。それとも私がマスターに伝えますか?」
「いや、自分の口で伝える」
どうやらニケはオレのために教えさせなかったようだ。一体なんなの? そんなに俺がショック受けるようなことなの?
ルチアは今までと表情を一転させ、ぎゅっと口を引き結んだ。悲痛な面持ちの瞳が、潤いを増す。
「すまない、主殿」
そう前置きして、ルチアはとつとつと語り出した。
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