2-06 噴かせたった
「んー、ルチアは客の前に通されたのって、俺が初めてだったんじゃない?」
「その通りだ。あそこには二ヶ月ほどいたが、私の体では求める者もいないのだろうと思っていた」
「やっぱそうか。こういうことを言うのはあれだけど、ルチアの体の状態で売られたら、普通どういうことになるかわかるよね?」
「よくて使い潰されて終わりだろうな。その覚悟はできている」
キリッとした……むしろ自信満々くらいの顔でそんなことを言って俺を見るのはやめなさい。
「いや、しないからねそんなこと……っていうか、ジルバルさんがそういう相手を探してくれたんだよ。ルチアを欲しがって、かつちゃんと扱ってくれる相手を」
ジルバルさんが商売のことだけを考えていたならば、ルチアのような状態の奴隷を店に置いておくこと自体がおかしい。
儲けは少ないうえに、高級店としてのイメージも壊れかねないのだから。
「だからこれまで客前に出すことはなかったんだろうし、今日もルチアが値切り出したとき奴隷紋を使えば止められたのに止めなかった」
奴隷紋は任意で奴隷に苦痛を与えることもできるのだ。
ちなみに契約奴隷と生涯奴隷の奴隷紋は別の種類なので、契約奴隷にはそういうことはできない。
「きっとルチアの評価を俺が上げると思ったからだろうな。さすがにあれには本気で驚いてはいたみたいだけど。でもルチアが値切らなくても、なんだかんだで安くしてくれたかもしれない。ジルバルさんも俺に売りたかっただろうから」
「それをマスターが言い値以上にお金を出したので、あの金額になってしまいましたが」
「……ま、まああの人にはたっぷり感謝しとくといいと思うよ」
ジルバルさんは別に、誰も彼も救っているわけではないだろう。ルチアの気質を評価する買い手が必ず現れると信じたから、ルチアをあの店に置いたのだと思う。
ある意味では、ルチアは自分で自分を救ったと言える。
それでもあの人がルチアの未来のために骨を折ったのは、間違いようのない事実だ。
「……そうだったのか。このような体となって、一度は絶望もしたが……生きていればこのような出会いもあるのだな」
そうだな、俺も驚いているよ。俺というひねくれ者が、尊敬できるような相手と一日に二人も出会えるとは思わなかった。
ジルバルさんに関しては、慈善事業ステキー! というわけではなく、信念を持って行動しているのがかっこいいと思うのだ。
「俺もジルバルさんの期待に応えられるよう頑張るから、これからよろしくな」
今はルチアにしてみれば、身も蓋もなく言えば買われただけだろう。でもいつの日かこれが、巡り合いだったと思ってもらえるように。
うつむいて肩を震わせるルチアの頭をわしゃわしゃ撫でると、迷惑そうにしながらも笑顔を見せてくれた。
傷でひきつっているけれど、とても綺麗な笑顔だった。
「すまない、みっともないところを見せた。こちらこそよろしく頼む」
「ああ。とりあえず、お茶でも飲んで落ち着いたらどうだ」
ニケに渡されたハンカチで目元を拭い、ルチアが紅茶に口をつける。
その動きは凛々しい雰囲気とは少しギャップを感じさせる、上品で洗練されたものだった。
「しかしよかったよ。俺はてっきりジルバルさんに、俺が聖国の勇者だってバレたのかと思ってた。だから俺の相手をしようとしたのかと」
ぶふぉっ、とルチアがむせて紅茶を噴き出した。
勇者の存在を知っていてくれてよかった。タイミングを見計らった甲斐があるというものだ。
「さすがにジルバルもそこまでは考えていないでしょう。黒髪というのもそこまで珍しいものではないですし」
ゲホゲホとむせていたルチアは、今度は口元を拭ったハンカチを持ったままの右手を突き出した。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。主殿は聖国の勇者なのか!?」
「元だけどな。逃げ出してきたから」
「そんなにさらっと……逃げ出して? まさかとは思うが、錬金術師だったりは……」
「よく知ってるな」
雷に打たれた演技でもしてるのかっていうくらい、ルチアはビクーンとなった。残されている右の眼球まで飛び出そうなほど、目も見開いている。
「じゃあししし神剣! 神剣シュバルニケーンは!」
「ああ、ここに
しばらくフリーズしたあと、ルチアはゆっくりと天を仰いだ。
「まさか噂が本当だったなんて……」
「もうこの国にも、そんな詳しく広まってるのか」
「いや、それはどうだろうか。私は帝国の騎士だったのだが、そのときに聞きかじっただけだ。神剣を強奪して逃げた錬金術師の勇者を、聖国が血眼になって探していると」
ルチアは今いるマリアルシア王国のお隣の国である、帝国の騎士だったのか。どうりで軍人っぽいと思った。
喋り方もそうだが、腰かけてる姿とかもカッチリとしていて、背筋が伸びててすごく綺麗だ。
そんなことを考えていたら、ルチアがモジモジと体を揺すりだした。
「あの、もしよかったら神剣を見せてはもらえないだろうか……いや、すまない忘れてくれ。私のような新参者に、おいそれと見せられるようなものではないことはわかっている。ただ剣を持つ者として、子供のころから憧れていたものだから、つい」
「もうルチアは見てるぞ。今も見えるし」
「えっ、どっどこ!」
ルチアは慌てて首を動かし、部屋の中を探しだした。実にいいリアクションを取ってくれる人だ。
……でも傷の痛みを我慢までして、そんな機敏に首を動かす必要はないと思うよ?
しかしニケはどう思っているのだろうか。シュバルニケーンという剣に憧れるルチアを前にして、うれしいと感じているのか悲しいと感じているのか。つらく思っていないといいのだが。
表情を崩さないニケの様子を窺ってみると、目があって微笑みかけられた。心配するなということか。
そして、まだキョロキョロしてるルチアに話しかけた。
「ルクレツィア、私です」
「えっ?」
「私がシュバルニケーンと呼ばれていた剣でした」
「すまない、なにを言っているのかわからないのだが」
わからないのも当然だろう。いきなり私は元剣です、と言われても。
「ルチア、俺の錬金術のスキルレベルいくつだと思う?」
「主殿の? そうだな……勇者は色々と成長に補正がかかっていると聞く。ならば四……いや、まさか五なんてことは」
変に気を使って低く言ってるわけではなく、本気で当てにきてるようだ。素晴らしい。
年齢当てとかで大げさに低く言うあれ、本当は絶対そんな風に思ってないことがバレバレのやつは見てて痛々しいからな。ちゃんと本気っぽく見えたり、ギャグとかならいいんだけど。
「八だ。スキルレベル八」
「はっ、八!? 本当か!? そんな若さで……しかも錬金術で八なんて聞いたことがない」
「本当だ。こっち来るとき身についてたスキルのおかげでな。で、だ。そこまで高レベルの錬金術となると、色んなことができると思わないか。そうだな……例えば剣を人にしてしまうとか」
「まさか……いやいや、さすがにそんなことは無理だろう」
「だよねー」
あははと二人して笑い合う。
「ところでルチアは、シュバルニケーンの能力って知ってるか?」
「もちろんだ。主の危機を未然に察知し、いかに多くの荷であろうとやすやすと運ぶことができ、例え折れたとしても不死鳥のように元の姿を取り戻す。そしてなによりも、神の怒りを自在に操り山をも穿つ、唯一無二と言われる〈神雷〉。その力で邪竜ディズリンドを撃退したのはあまりに有名な話だ。私は特に剣の主であるヒブラスが、街を守るために単身邪竜のねぐらに向かう場面が好きで──」
本当にシュバルニケーンに憧れているのだろう。凛々しい雰囲気を取り払い、子供のようにキラキラした目でルチアは語る。
でもヒブラスくんの話は今度にしてもらいたい。
今はもっと衝撃的な話をしてあげねばならないから。
「うん落ち着け。まあ紅茶でも飲みなさい」
「す、すまない。少し興奮したようだ」
ルチアが紅茶に口をつけたのを見計らい、俺はニケにアイコンタクトを取った。
(わかっているな)
(ハァ……わかりました)
「〈ステータス〉〈開示〉」
ニケのステータスを見たルチアのスプラッシュは、一度目よりも盛大だった。
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