7-18 もう少しだけあきらめずにがんばらせようと思った
裏切りのニケに信長イン本能寺くらいのショックを受けていると、ルチアに抱え上げられた。
「ほら、勝手に裏切られてないでもうやめておくんだ」
抱っこされる俺に浴びせられるのは、地球人や獣人からの責める視線と言葉。
違うのに……これはみんながハッピーになるための通過儀礼なのに。
「いいの、みんな。私はそうされるだけのことをしたの」
だよねだよね? 俺がされたことを考えればこれくらいいいよね?
なんだ美紗緒……お前結構いいヤツじゃないか。ちょっ、チョロくねぇし。
「シンイチさん、当事者ではない私が口出しするのは気が進みませんけれど、もう許してさしあげてもいいのではありません? ニケさんも」
実のところは俺が憎くてやったわけではないことがわかっているのだろう。セラは困った子を見ているかのように、半笑いで眉を寄せている。
「私は別に許すもなにもありません。全てはマスター次第です」
意訳すれば、許してもいいよということだ。
まるでもとから自分の意志はないようなことを言っているが、どうしてもイヤなら絶対そうは言わないからな。
ニケも許したことだし、ルチアもうながしてくるし……ま、これがベストな結果か。
「仕方ないですね。美紗緒さん、今はあなたの言葉を信じておきます」
「許して……くれるの?」
見上げてくる美紗緒にうなずいてやると、瞳を潤ませ、顔をクシャッとさせてまた頭を下げた。
「ありがとう……ありがとう」
これでイジメられたことについては一区切り。
そして──
「──これならあっちのほうも取りあえず合格ということでいいよな?」
確認すると、三人は揃ってうなずいた。
家族審査もひとまず合格、ということだ。
「合格って一体どういう……」
顔を上げた美紗緒が不思議そうにしているが、それについてここで話す気はない。
「すぐにわかる──〈
「えっ?」
土下座する美紗緒の尻のすぐ後ろ、地球人たちとのあいだに現れた玄関ドアを見て驚く美紗緒を、俺は指差した。
「連行せよ」
「はい」
すかさずドアを開き、ニケが美紗緒の襟首を掴んで中に引きずっていった。
「えっ? えっ?」
戸惑う美紗緒はなされるがまま。
彼女の仲間たちも裏側にいて玄関ドアが見えていないこともあり、とっさのことに動けずにいる。
「……こんなやり方しなくてもいいのではありませんかしら?」
「もうめんどくさくなっちゃった。早く入ってー」
やれやれという感じでセラとルチアも入ったので、すぐに玄関ドアを消す。
リビングに入って振り返ると、美紗緒の仲間がドアの前に来たのが見えた。しかしもう彼らに手は出せない。
「みっ、ミサオ!? ミサオ! ミサオを返してっ、ミサオ!」
ただ、特に獣人の男がミサオミサオ騒いでうるさい。
そこで外からの音を遮断すると、リビングからその獣人を眺める美紗緒がつぶやいた。
「……許してくれるんじゃないの?」
やたら悲しげなのは、殺されるとでも思ってるからだろうか。
「勘違いすんな、ウソついたわけじゃない。お前とは別の話をしなきゃならないから連れこんだだけだ」
腹を割って話をしなきゃならないし、もう丁寧語もやめておく。
「別の話? なんで私だけ……それはみんなには聞かせられないことなの?」
「結果誰かが死ぬことになっていいなら聞かせてもいいぞ」
「……わかった」
一人で聞く気になったようで、美紗緒は大人しく立ち上がった。
「そこのソファーにでも座ってくれ。いろいろややこしいから、落ち着いて話をしよう」
「音楽でも流しますわね」
音楽鑑賞にハマっているセラが、レコードプレーヤーの針を円盤に乗せた。レコードならこちらでも問題なく使えるのだ。
流れ出すのは、弾むようでありながらも
「こんな素晴らしい音楽を好きなときに聴けるだなんて、あちらの世界はぜいたくですわよね」
「ラ・カンパネラ!? ……そっか、お取り寄せで」
レコードに面食らいつつ、美紗緒が腰を下ろす。
その目の前に、お茶を入れたニケがおしぼりと湯のみを置いた。
「どうぞ」
「あ、ありがとう……今度は緑茶? ここ大樹海だよね……まるで現実感が」
逆に落ち着かなさそうに、玄関ドアを何度も振り返っている。ここに美紗緒が入ったことはあるが、当時とはだいぶ様変わりしているからな。
当時の富士山ではなく、無数の仏像の絵をバックに、俺もニケの膝の上に腰を下ろす。
「それで、話ってなに」
手やおでこの泥を拭き、お茶を一口飲んだ美紗緒は懐かしさに感動していたが、それでも急かすように身を乗り出した。仲間になるべく心配をかけたくないのだろう。
こちらも意味なく時間をかける気はない。重要な部分だけをかい摘んで、手早く済まそう。
「簡潔に説明するから、一度で理解できるようにちゃんと聞いとけよ」
「わかった」
前に母さんに俺の失踪について説明したときは抽象的にまとめすぎたせいで伝わらなかったようだが、同じ失敗をする俺ではない。わかりやすい表現を心がけるのだ。
……しかし美紗緒は気もそぞろのようだし、冒頭にインパクトのある話を持ってきて、ぐっと引きつけるべきだろう。
「実はな……この前日本に帰ったらお前の親父の晴彦さんが家にいて、殴り殺しそうになったんだ」
「わからない。もうわからない」
む、そうか。大事なことを伝えてなかったか。
「あー、そうだな。家って言っても俺の家じゃなくて、それはお前が住んでたマンションの部屋だったんだけど。でも俺も前は同じマンション住んでて、今は俺の家族もお前の部屋に住んでるから俺の家なんだけど」
「聞けば聞くほどわからないけど、聞きたいのはそんな細かいところじゃない」
「わかるわかる、混乱するのは。俺だって知らない男が家にいて驚いたしな。それで殴り殺しそうになったんだ。ぐっとこらえたが」
「……主殿、本当にこらえたか」
「全然わからないけど、人の親を殴り殺そうとしないでほしい」
しょうがないだろう、てっきり千冬の恋人かと思ってしまったのだから。っていうか、その前に千冬が結婚してるかも、などという話をしたルチアも悪いと思うのだ。
あっ、そうそう。
「千冬といえば、あいつ俺をモデルに小説書いて投稿してるんだけど、伸び悩んでるみたいなんだ。俺としては書いてほしい気持ちもあるが、千冬のためを思えばやっぱりあきらめて新しい物語でも始めさせたほうがいいんだろうか?」
「誰なの……突然出てきた新しい登場人物についての相談を、ごく普通に始めないでほしい」
千冬の小説について悩んでいると、セラとニケが美紗緒をバカにしていた。
「この人はたまにすごく頭が悪く見えますわよね」
「自分の頭の中だけで、いろいろと完結していってしまいますからね。その思考も、自分の興味関心が優先ですし」
たしかに美紗緒は話を理解するのが苦手なのかもしれないが、今は混乱しているだけかもしれない。あまり簡単に決めつけて人をバカにしてはいけないぞ。
当の本人はこめかみを押さえて悩んでいて、聞こえてなさそうだからいいんだけど。
「待って、本当に待って。橘くんは…………日本に帰れるの? レコードとかお茶もスキルのお取り寄せじゃなくて、帰って買ったということ?」
「だからそうだって。で、帰ったら俺の母さんと晴彦さんが再婚してて、千冬が俺の小説を書いてくれてたんだよ」
「ダメ、一番重要な帰れるところが軽すぎてなにも入ってこない。それとたぶん、千冬さんの話は今いらない……って再婚!? なにそれ……」
重要な部分だけを教えてあげているのだが、これだと美紗緒の頭では情報を整理しきれないようだ……かわいそうに。
「仕方ない、初めから詳しく説明してやるか。そう、あれはお前や剣聖をダンジョンで捨てたあとのことだ。俺は無我夢中で走った。聖国から逃げ出すためにな……だが! 走り続けて疲労困憊の俺の前に、恐ろしい相手が立ちふさがったのだ! なんと! それは!」
「誰か他の人が説明してくださいどうかお願いします」
……なぜだ?
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