5-11 読唇術なんて簡単だった



 眼下には、リースの南門まで真っ直ぐ伸びる大通り。

 その大通りには押し寄せた人々の熱狂が渦巻いている。


 しかし、馬上で歓声と花びらを浴びる救国の英雄たちが、なぜ誰も笑っていないのかを彼らは知らない。


「侯爵様も酷いことしますねえ」


 ギルドマスター部屋の窓から、俺たちは凱旋パレードを眺めていた。


 当然のことだが、ギルドの面々はアダマンキャスラーと戦ってなどいない。なにも知らない民衆にもてはやされる居心地の悪さは半端ないだろう。

 一番人が集まる南門から入場させるとは、侯爵も意地が悪いものだ。


「それは閣下はギルドとよく衝突してるから、鬱憤うっぷんも溜まってるだろうけど……キミだよね!? 閣下にパレード出てくれって言われたとき、自分たちじゃなくて彼らを盛大に迎え入れてあげてって言ったの」

「僕たちは散歩に行ってたまたまヤツと出くわしただけですから。彼らはみんなのために命懸けの戦いに赴いたのでしょう? その気高い精神に報いてあげるべきだと、あのときは思ったんです」

「えっと……」


 またゼキルくんは二人を見て、二人はふるふるしている。


 まあ今回の道化役に免じて、以前ギルドで俺たちへの攻撃を黙認したことは許してあげることにしよう。

 俺の寛大かんだいさに感謝して欲しいものである。


 そうこうするうちにパレードは進み、ダイバーズギルド前に特設された壇上に、まばゆく光るダンドン統括が上らされた。

 そこで待ち構えていた侯爵を、射殺しそうな視線でにらむ。


 まるで意に介さずニヤニヤしていた侯爵だったが、表情を正して民衆に手を広げた。


「皆も知っているだろう。この度、アダマンキャスラーという未曾有みぞうの危機がこの国に近づいていたことを。そして、見事撃退されたことを。皆も同じ気持ちだろうが、まずはその危機に立ち向かおう勇気ある者たちに、心からの賛辞を呈したい。特に冒険者ギルドをまとめる立場でありながら、自ら前線へと赴いたダンドン統括に盛大な拍手を──」


 ダンドンを暗になじる賛辞が、周囲に大きく響く。

 風魔術の中に、拡声に使える魔術があるのでそれを使っているのだろうが……。


「もしかして、セレーラさんって風魔術も使えたりするんです?」


 演説が始まる前に、壇の下にいるセレーラさんが魔術を使う仕草を見せていたのだ。


「うん、氷魔術ほど得意ではないみたいだけどね」

「すごいですねー」

「魔術に長けているエルフとはいえ、上位魔術を含む二種を使えるのですか」

「本当に優秀なのだな」


 感心する俺たちに、ゼキルくんはなにか言いたげだ。


「どうしました?」

「そのさ……やっぱりキミたちはセレーラを仲間にしたいのかい?」

「もちろんです。そちらとしては困るでしょうけど」

「それはね、困っちゃうけど……でも彼女は、ずっとここで働いて終わらせてしまうにはもったいない人だとも思うんだ。あ、いや、副ギルドマスターがすごい仕事だとはわかってるけど。でも、彼女ならもっと……」


 そこでゼキルくんは、イタズラっぽく笑った。


「といっても、キミたちと行くのが正解だとは限らないけど」

「む、言いますね」

「あはは。とにかく僕は、もしセレーラが他の道を選ぶというのであれば、その意志を尊重したいと思うよ」

「じゃあゼキル様は、それまでに立派なギルドマスターになってくださいね」

「ふふ、任せてよ」

「ならば将棋も取り上げた方がよいのではないか?」

「セレーラにも叱られていましたしね」

「ま、待って、それはちょっと待って」


 そんな話をしていれば、結構すぐに催しは終わってしまった。大通りやダイバーズギルド周囲の道の封鎖は長いことできないしな。

 ダンドンは終始仏頂面だったが、真実を暴露するようなことはなかった。面子もあるだろうし、これほど大勢の前では言えないか。


 侯爵たちは壇上から降りようとしているし、俺たちもそろそろ行こう。そう思っていると、下にいるセレーラさんと目が合った。

 思い切り手を振ったら、思い切りプイッとしてギルドに入っていった。


 その代わり、ダンドンがこちらに熱烈な視線を送ってきている。見る見るうちに、まばゆい頭部が赤黒く染まっていく。

 壇上から飛び降りたダンドンは周囲に立たされていた冒険者を押しのけ、大股でダイバーズギルドのアーチをくぐった。


 アダマンキャスラーについて問い詰めるために、ここへ来る気だろう。


「おっ、やべ。さっさと行くとするか。ではゼキル様、僕たちはこれで」

「ちょっ、僕一人で怒ってる統括の相手しろってこと!?」

「僕たちを守るのも立派なギルドマスターの仕事でしょう」

「うう、いきなりは無理だよ……」


 荷が重すぎると、まだお飾りのギルマスは顔を青くしている。仕方がないな。


「僕たちはこのままダンジョン潜るんで、僕たちが戻ってきたら連絡をさせるって言って追い返せばいいんですよ」

「そっ、それでいけるかな? でもいいのかい? そんなこと言ったら、連絡しないわけにはいかなくなるけど」

「ええ、構いませんよ」


 快く返事する俺の後ろで、ルチアとニケがつぶやいている。


「戻ってきたら、か。いつになるのやら」

「本当に悪い人ですね」


 聞こえなーい。


「ではゼキル様、これで失礼します」

「うん、気をつけて。キミたちに水晶の輝きがあらんことを……ってそっちから!?」


 ダンドンと出くわしたくないので、俺を抱えたニケに指示して窓から飛び降りた。

 そしてすぐさまギルド内に。


 まだギルドには街の人や一般のダイバーは近寄れないので、暇そうにしてたピージに即行で手続きしてもらう。

 このところセレーラさんはやってくれないんだもの。


「セレーラさん、行ってきまーす!」


 奥にいるセレーラさんに挨拶したが、これまたプイッと無視されてしまった。ふふふ、俺の思うツボである。


 しかし、そのあといつものようにセレーラさんはなんかつぶやいている。

 読唇術を試みるに、『をステテ』か『ヲつけて』だと思うんだが……。


 どっちだ……いや、違う。

 わかったぞ!

 『火を捨てて』だ!


 しかし読唇できたのはいいけど意味がわからないな……なにかの暗号だろうか。


「だからさー、もう副ギルマスはあきらめなってば。でもほら、アタシは逃げたこととか気にしてないしー……ねえタチャーナくん、聞いてる? ねえってば!」


 こんなノーヒントでは、暗号解読は難しそうだ。

 まあいいだろう、戻ってきてから聞けば。どうせそのころには、セレーラさんも真実を知って改心しているだろうし。


 気持ちを切り替え、なんか言ってるピージを無視してギルドを越えた先に入った。


「もう! 皆さんに水晶の輝きがあらんことを! 気をつけてね!」

「はーい、どうも」


 天を衝く屹立きつりつを見上げながら、小さな手を背中越しに振る。

 その手はそのまま、俺たちの姿を写す水晶に当てられた。


 その外観ほど冷たくはない水晶だが、今日はやけに冷たく感じる。

 俺の手が孕んでいる熱のせいだろうか。


 今の俺たちは、果たしてどこまで行けるのか。


「いよいよだな」

「ようやくですね」


 二人の短い言葉にも、隠しきれない熱が籠もっている。間違いなく俺以上に。

 セレーラさんとの恋の駆け引きのためだけでなく、爆上がりしたステータスで一気に進みたいというのは、二人の願いでもあるのだ。


「今からそんな気を張ってたら、すぐバテちゃうぞ」


 ちゃんと二人に休養させるのに苦労しそうだと思いながら言ったのだが、自分のことを棚上げしているのはバレているようで、ハイハイと流された。


 ま、今はこのテンションで行けるとこまで行っちゃいますかね。


「じゃあ行くとするか。エントリー、六十五階層!」


 攻略再開だ!


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