5-12 愛情、努力、勝利だった



 ドラゴン──


 誰しもがおそれ敬う、最強生物の一角。

 人族と魔族の大陸のあいだに存在する、ヘラ諸島を主な生息域としている。

 言葉を理解し操るほど知能は高いが、人と関わることはほとんどない。ゆえに未だに詳しい生態はわかっていない。


 そのドラゴンと必ずお目にかかれる場所がある。

 水晶ダンジョン七十階層。

 俺たちの現在地だ。


 辺りを見回せば、少し離れた場所に噴煙上がる大きな火山が見える。

 その噴煙の中から現れ出てくる真紅の巨体。

 これまで数多の戦士の行く手を阻んできた、七十階層代への番人──ルビードラゴンである。


「あれがルビードラゴン……ここを抜ければ私もドラゴンキラーか。さすがに気がはやるな」


 ルビードラゴンはゆったりと翼をはためかせ、戦場となるこの場所に向かってくる。

 ルチアはそれを見上げ、入りすぎた体の力を抜くためにトントンと軽くジャンプしている。


 武人であるがゆえに強者への畏敬の念が強く、それを超えたいという思いも強いのだ。

 相手は強者の代名詞ドラゴン。昨日夕飯食べながら、この戦いへの思いを熱弁された。


 アダマンキャスラー討伐の方がとんでもないことだと思うが、ドラゴンキラーという響きはまた特別なのだろう。


 ちなみに鎧に輝く魔血留路の光は、さきほど灯されたばかりだ。

 今日は六十九階層の途中からスタートしたのだが、今の俺たちには余裕だったので使わなかったのである。


「気持ちはわかりますが冷静に。さきほど伝えたとおり、多彩な攻撃方法と足場には十分注意してください。いくらステータスが外界の竜より低いとはいえ、事故は起こりえます」


 ルビードラゴンというのは中位のドラゴンであり、そもそも通常は一つのパーティーだけで対峙するような存在ではない。

 なのでここで戦うルビードラゴンは、外界ではほぼあり得ないレベル一に調整されていると言われている。おそらく外界にいる下位のドラゴンより、ステータス値は低いだろう。


 しかし腐ってもドラゴン。

 気を抜いていい相手ではない。


 それに、ニケも言っていた注意すべき足場。それはこの戦場自体のことだ。

 俺たちがいるのは、溶岩の湖に浮かぶ小島なのである。


 広さとしては学校のグラウンド三つ四つ分ほどはある。

 だがこの小島は本当に浮いているようで、ドラゴンの位置次第で傾き、溶岩に没する場所もあるらしい。


 つまりこの一戦は、位置取りが非常に重要なポイントとなる。


「わかっている。基本としてはあまり動かさないように、右回りに旋回していくということでいいな?」

「ええ。ですが全周囲への攻撃も持っていたはずです。それは無理せず後退して──」

「守護者の大盾という手も一応は──」


 ルビードラゴンは島の直上まで来たあと、ゆっくりと下降している。

 俺たちの姿を認めているだろうが、その瞳は王が下賤の者を見下ろしているかのごとく。俺たちなど相手にもならんと言わんばかりだ。


 ……それにしてもゆっくりだな。おかげでルチアとニケは最後の確認ができているけど。

 うーん……俺も今の内にやれることをやっておこうか。


 ということで扉をウィーンと開いてラボから出た。歩いて島の中央に向かう。

 俺の新装備は二人に準じた物だが、パンツは七分丈だ。それと陣羽織は常に着てる。

 色をもっとたくさん使いたかったのに、なんでか二人にダメ出しされて控え目になってしまった。それでもなんとか半分近くは黒くなくなったし、我慢する。


 さて、中央に到着したが……二人は俺の真上にいるルビードラゴンを見上げてまだ相談してるし、一人でやろうか。

 えっと、この辺りかな?


 マジックバッグからいろいろ取り出して準備していたら、ルビードラゴンがだいぶ近くなってきた。

 そろそろいいだろう。


 最後の仕上げをしていると、二人が俺に気づいて引っくり返った声を上げた。


「まっ、マスター!?」

「なにをしている主殿!?」

「はーい、今戻るー」


 二人からお叱りの言葉を投げかけられつつ、ピューッとラボに逃げ帰って扉を閉める。

 それと同時に、ルビードラゴンが島に降り立った。


 その姿はただのトカゲだなんて、とても言えない。

 四つ足で翼の生えた真紅のティラノサウルスとでも言うべきか。頭身はもっと高いが。

 それでもなお巨大な口をこちらに向け、炎をあふれさせながら開く。


 威嚇の咆哮が上がる──より先に周囲に響いたのは、幾重にも重なる鈴の音。


 上がるはずの咆哮は、悲痛な叫び声に転じた。


 何度も使ってるから、タイミングドンピシャだったな。

 氷魔石あんだけ必死になって貯めたのに、半分も使わなかったのだ。ほとんど高ステータスによるゴリ押しで行けてしまったから。

 いっぱい余ってるし、氷魔石爆弾十個近く地面に貼りつけて使っちゃった。


 全ての魔石爆弾が終わり、幻想的な氷の霞が晴れる。

 付近の黒かった島の表面は、霜が降りてすっかり白くなっていた。

 効果は抜群なようで、ルビードラゴンはその上で哭きながら体をよじっている。やはり冷気には弱いと見える。


 ならばここが勝機! 突撃だシータ!


 一気に駆け寄り、首に飛びつく。

 魔血留路ほどではないが真紅に輝いていた鱗は、紫に濁り、ひび割れて血をにじませている。

 こちらに構う余裕のないルビードラゴンの首にシータをまたがらせ、後頭部に左腕をピッタリとあてがう。

 その肘から先は、四本の太い棒で構成されている。


 アダマント入手により完成した新武装、インパクターアーム。


 前腕部が回転すると同時に、棒がそれぞれバラバラに高速でピストンする破砕兵器だ。

 扱いづらいが威力は満点。

 ジャジャ馬左腕の二の腕を、右腕のノーマルハンドで掴んで固定しながら押し込んでいく。


 脆くなっていたこともあり、けたたましい音を上げるインパクターアームは鱗を簡単に突破し、頭蓋をも砕く。

 そのまま腕を脳に突き入れ、これで終わり……かと思いきや、必死の抵抗で振り落とされてしまった。


 くう、でかいだけあって、小さな傷では致命傷になりにくいのか……。

 しかし動きは怪しくなっているし、息も絶え絶えという様子だ。

 あとはどうトドメを刺すかというところだろう。


 で──


「二人はなにしてるん?」


 なんかぽけーっと突っ立ってるんだけど。


「あ、うん…………位置取りとかは……」

「……行きましょう」


 二人が参戦したことで、すぐにルビードラゴンは悲しげな悲鳴を上げて絶命した。


「やったなルチア! これでドラゴンキラーだぞ!」


 物言わぬ巨体の上でシータが右腕を上げる姿に、ルチアも笑顔でうなずいている。


「……うん……うん……違うんだ……こういうことではないんだ……」


 どこか遠い目をしているのは気のせいだろう。

 喜んでもらえてよかった!


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