5-32 水晶大回転で出ちゃった



「それで水晶殿、なぜ共にいかないのだ? わかっているだろうが、我々の力は異端だ。一人で行動することはとても勧められないが」

「そうそうそのとーり! 一緒に行こうよ、絶対楽しいから!」


 俺の心からの叫びに、水晶さんは無情にも右左と回って否定を示した……。


『我はただ知りたいのだ』

「知りたいってなにを? ぐすん」

『遥かな過去、我は天上より人を見下ろしていた。使命に従い、なに一つ感じぬままに、なに一つ真に知ろうともせず』


 使命って、人に力を与えるというやつか。


『今はおおよそ使命から解き放たれたが、所詮はこの迷宮の一部のようなもの。我に叶うのはここから盗み見ることのみ。なれど……我は知りたい。真実の人の営みとはいかなるものなのか、世界とはいかなるものなのか、そして……魔族とはいかなるものなのか』

「貴方は……後悔しているのですか? 人族と魔族の争いの火に、油を注いだことを」

 

 言葉からあふれていた、色濃い悔恨の念。

 水晶さんはそれを隠すことなく、一度うなずくように沈んだ。


 セレーラさんとの恋の駆け引きも好きだが、水晶さんの駆け引きのなさというか、素直さは結構好きだ。え? セレーラさんとの関係は一人相撲? なにをバカな。そんなはずない……よね?


『そう、なのであろうな。いずれにせよ我は、汝の言ったとおり世界を己の目で見、己の足で歩みたいだけだ。何人なんぴとにもくみするつもりはない。従って汝らと共に行くこともない』


 それは、ただ使命に動かされて人に与してしまっていた後悔からくるものなのだろう。

 なるほど、水晶さんの気持ちはわかった。わかったが……。


「うーん……一緒に行かないとなると、練成人にするのもちょっと考えさせてもらう必要があるな」

「主殿、自分から言い出したことだろう。自分のものにならないからといって、それはどうかと思うのだが」


 俺を膝に乗せているルチアが異議を唱えるが、これはそういうことではないのだ。


「違う違う、そうじゃなくてさ……水晶さんに自由に動かれて、結果として敵に回っちゃったらと思うと怖いんだよ。最初に殴ったときの話じゃないけどさ、神が敵とかラスボスすぎるじゃん?」


 そうなりかねない存在を自分で作るというのは、さすがにためらわれる。

 ハーレムに入らなくても、一緒に行動してくれるというならよかったんだけど。


 ルチアは一定の理解をしてくれたようで、アゴを俺の頭に乗せてむむうとうなっている。

 水晶さんは納得いかないようだが。


『言ったであろう、我は世界を見て回りたいだけだ。かかる火の粉は払うとしても、自ずから何者かにあだすることなどない』


 そう言い切る水晶さんを、意外にもあと押ししたのはニケだった。


「マスター、これを練成人にしてあげてください」


 同情……ではないな。

 ニケが視線を俺から水晶さんに移す。


「やってみればいいのです。人として、人の中に生きて、それでもなお本物の神のごとくただ眺めていられると思うのであれば」


 その顔には挑発的というか、むしろ小馬鹿にしたような笑みが浮かんでいる。


「断言しましょう。そのようなことは不可能だと。なにせただの剣であったころの私にすら不可能でしたから」


 ニケはケーンのころから、主を選り好みしてたみたいだしなあ。


『剣……そうか、その力……汝は……』


 もしょもしょと呟くような思念に構わずに、ニケは続けた。


「必ず貴方は昔のような使命などではなく、己の感情で動くことになるでしょう。そして己自身でそれを認められた際は、一度合流することを約束なさい。それでどうでしょうかマスター」


 なるほど……悪くないな。

 水晶さんはクールに見えるが、その奥には全てに対して慈愛の心を持ってるような印象だ。

 でも人として生きるのであれば、好きとか嫌いとかという感情からは逃れられないと俺も思う。


 それを水晶さんが理解したとき、俺という存在は好きと嫌いどちらに属するか……きっと嫌いということはないだろう。人にしてもらった恩があるわけだし。


 つまり俺は水晶さんの人としての感情が熟すのを待ち、そのときに改めて口説けばいい……そういうことだね。


 素晴らしいキラーパスに俺が親指を立てると、ニケは満足そうにうなずいた。


「貴方はいかがですか?」

『よかろう。今の我には想像がつかぬが……汝の言うとおりになった折には、一度は合流すると誓おう』


 水晶さんはかわいくきゅるんと回って誓った。

 人となってどう変わっていくかはわからないが、よほど闇堕ちでもしない限り、人柄的に約束を違えるようなことはないだろう。


「よし、決まりだな。まあ敵になっちゃったらそのときは」

「任せろ、そのときは情けをかけるようなことはない」


 ルチアの言葉に、ニケもしっかりとうなずいた。


「うん、よろしく。あとは練成人になれば外に出れるといいんだけど……もし出れなかったらごめんね」

『仔細なし』


 確証があるのか、それともなにか案でもあるのか、水晶さんは自信満々に縦回転した。


「それじゃあこれから体作るけど、女性の体でいいよね? ほら、俺は女体しか一から作ったことないし、安全面を考慮してさ。いや別に男性がいいというなら? 俺は構わないんだけど? でもでも人の完全体は女性だという学説もあるし、神様だった水晶さんは女性がふさわしいんじゃないかなって。それに水晶さんの柔らかな物腰とかを考えるとやっぱり女性かなあ?」

『なにゆえ言い訳のようにまくし立てているのか知らぬが、我はどちらでも構わぬ』

「もちろん俺もどっちでもいいけど、じゃあ女性を作るということで」

「必死だな主殿……」


 そりゃあ必死にもなるよ。男なんて作ってもしょうがないし。

 さーて、どんな美人になるのかな。


 あ、でもその前に。


「水晶さん……体作る前に一つだけ、どうしてもお願いしたいことがあるんだけど」

『なんだ?』


 水晶さんをひと目見たときから、やってみたくてたまらなかったのだ。


「乗っていい?」






「うはーーーい、たっのしーい!」


 快諾してくれた水晶さんにしがみついての空中散歩、超楽しい。

 振動とかまるでなく、滑るようについーっと空を自由自在。これは抱っこでは味わえない爽快さである。


「くっ、なぜ私は褒美で空を舞えるようにしてもらわなかったのでしょうか。あんなにマスターを喜ばせられたなんて」

「はは、私も思いつかなかったな」


 なんかニケとルチアがうらやましそうに見上げてる中、だんだん水晶さんもノッてきた。

 動きがアクロバティックになってきている。

 部屋はそんなに広くないが、水晶さんは小回りが効くのでスリリングでかえって楽しい。


 今度は空中にピタリと静止して、水晶さんお得意のスピンが始まった。遠心力に負けないようにがっしりしがみつく。

 俺だって英雄クラスのステータスなのだ。まだまだぬるいわぁ!


「水晶さんもっと速く回ってー!」

『こうか?』

「もっとー!」

『これでどうだ』

「もっともっと……あっ、やばい急にきた」

『きた? なにが……待て、よせ、やめよ、やめ──』


 水晶さんのてっぺんに、お昼のサンドイッチ全部出ちゃった。てへっ。


「ニケ殿……出会い頭には殴って、今度は上に嘔吐して……これで仲間になると思うか?」

「……彼女はあきらめましょうか」




 このあと、お風呂一緒に入ってピカピカに磨いたら許してもらえました。






 水晶さんの体作りは二日ですんだ。ニケを作ったころとは、経験もMPも桁違いなのだ。


 完成したら待ってましたとばかりに、水晶さんは自ら素材投入用槽に飛び込んだ。

 俺は水晶さんに急かされて、赤い大きなスイッチをポチッとな。


 ニケとルチアは体作り初日こそ休んでいたが、二日目には狩りに出かけていった。

 ゲートに入るときに階層を指定して飛べるアイテムを、水晶さんが作ってくれたからだ。


 水晶さんを練成人にする際は、ラボは玄関ドアを閉められないので動かすことができない。

 それではヒマだろうと、水晶さんが気を利かせて気軽な移動手段を用意してしまったのである。


 巨人素材でのアップグレードで上がったSTRを試すだけ──そう言っていた二人は、こっそり巨人まで倒していた。

 そりゃあ失敗して死んでも復活できるし、初めに盾になる障害物を置いたりで対策もしたらしいけど……バカなのかな? 戦闘バカなのは間違いない。


 二人だけで行かせると無茶するし俺もヒマなので、結局みんなで九十階層代を素材集めしながらブラブラした。

 ラボを使えないのは心細かったけど、なんとか死なずにすんだ。


 そんなこんなで数日後、水晶さんの錬金が終わった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る