6-04 一日一善だった



 水晶ダンジョンが大穴だけを残して消えてから、五日が経過した。

 フェルティス侯爵は住人の動揺を鎮めるために奔走しつつ水晶ダンジョンの経過を見ていたようだが、ついに俺たちを召喚した。


「事実無根です。水晶ダンジョンがなくなったのは僕たちのせいではありません」

「まだなにも言っておらぬ……」


 面会した侯爵の顔色はすこぶる悪い。

 この街の核であり、この国を大国たらしめている一因である水晶ダンジョンが突然消えたのだから当然だろう。


「一体どういうことなのだ。水晶ダンジョンがなくなるのはずっと先ではなかったのか」

「一体どういうことなのでしょうね。たしかにそう聞いたのですが」

「まるで他人事だな……」


 やっぱり侯爵は俺たちのせいだと思っているようで、恨みがましい視線を隠そうともしない。

 もし俺たちが原因であるなら、心当たりとしてはリリスを錬成人にしたことくらいだ。

 しかしそこに不都合があったのなら、錬成人にした時点で問題が生じていたはずだ。よって俺たちのせいではないのである。ないのである。


 ちなみに講演の場では水晶ダンジョンがなくなる理由はウヤムヤにしたが、そのあと侯爵などにはちゃんと話した。

 神本体がもういないということに、みんなそれぞれ少なからずショックを受けていた。


 熱心に神を崇めているわけではない侯爵たちでそれなので、そのことは広めるべきではないと決定している。


「兄さんを同席させなかったのは正解でしたね」


 そう言って力無く笑ったのは、ギルド側からただ一人参加のゼキルくんである。セレーラさんは現場指揮で忙しいのだ。

 一応侯爵はダンドン統括とも連絡は取っているようだが、そっち側の関係者はこの場にいない。よほど反りが合わないのだろう。


 ゼキルくんのお兄さんのシグルさんとは一度会った。

 直情的な感じの人で、なぜか俺たち……というか俺はちょっと敵視されているようだった。今回いたら突っかかってこられただろうから、いないのは助かる。


「タチャーナ殿。分かたれし神は、意図して水晶ダンジョンを消したのでしょうか」


 グリーグさんは俺たちを責める気はないようだが、そんなことを聞かれても困ってしまう。


「僕に神のお考えはわかりませんが……状況から考えればその可能性が高そうですね」


 異変の最初は消えた前日の夜半。

 突如としてダンジョンに潜ることができなくなったそうだ。

 それを皮切りに、下の階層に潜っていた者たちから順次強制的にダンジョン外に吐き出されていった。


 そして早朝、全ての冒険者を吐き出した水晶の塔は、光の粒となって消えた。朝露のようにはかなく。


 消えるまでに段階を踏んでいることから、突発的なアクシデントによるものではないと推測できる。

 なのでリリスになにかが起こったわけではないとは思うが……ご褒美スキルの〈新世界への扉〉でリリスがいた空間に転移を試みても、飛ぶことができないのだ。

 いくらもともと神様的存在だったとはいえ、今は人なわけだし少し心配だ。


「本当になにも知らぬのだな? 実は神を打ち倒したなどということはないのだな?」

「ははは、まさか。神に剣を向けるような恐れ多いことをするはずがないじゃないですか」

「……本当か?」


 なぜか俺を飛び越えて、侯爵はニケとルチアに確認を取る。

 なぜか俺の後頭部にじっとりとした視線を突き刺していた二人だったが、ルチアが代表して答えた。


「はい、倒すようなことは誓ってしていません」

「そうか……わかった」


 よほど弱っているようで、これまで常に芯が通っていた侯爵の背筋から力が抜ける。そして曲がった上体を背もたれに預けた。

 このまましおれてポックリ逝ったりしないだろうな。


 しなしな侯爵に代わり、ゼキルくんが口を開く。


「もう水晶ダンジョンが元に戻るとは、考えない方がいいのかな?」


 だからね、俺に聞かれても困るんだよ。

 リリスに会ったことあるのは俺たちだけだから仕方ないけどさ。


「そうですね。今回のことはきっと深いお考えがあってのことでしょう。神がいたずらに水晶ダンジョンを消したり戻したりといったことをするとは僕には思えません」

「みんな困ってしまうね……」

「それ以上に喜ぶ人も多いかもしれませんが」

「我が国は帝国などとは比べ物にならんほど、各国と手を携えてやってはいるがな……」


 侯爵の言葉にキレがないのはわかっているからだ。

 それでも周りの国は、王国の顔色をうかがってきたはずだということを。


 ──繁栄をもたらしてきた水晶ダンジョン。

 消えたのはここだけではなく、五晶国が抱える全ての水晶ダンジョンではないかと思われる。


 このことが伝われば、五晶国に大きな顔をされてきた周辺国はさぞ喜ぶだろう。

 勢いづいてしまえば、喜ぶだけでは済まない可能性もある。


 対して水晶ダンジョンを失ってしまった五晶国は、その補填をどこに求めるのか。

 なんというか──


「荒れそうですねー」

「本当にそなたは他人事だな!?」


 半ばキレ気味に声を張った侯爵は、大きく息をはいた。ちょっと元気が出たようだ。


「とにかく、今は各国の動向を推測なぞしている場合ではない。リースは位置的に重要な流通拠点ゆえ早々とさびれることはないが、将来的な衰退は免れぬ。なにより今この街に住む者のためにも、速やかに手を打たねばならん」


 街はこれから一気に失業者であふれかえる。いずれ各々で道を見つけるとしても、それまで大混乱するのは間違いない。

 だが行政側が迅速に今後の指針だけでも示せれば、混乱の度合いも変わるだろう。


「そこで、だ」


 なんとか己を奮い立たせて背筋を伸ばした侯爵は、咳払いを一つついた。


「まずはもう少し農業に力を入れてみようと思うのだ。今までは商人の行き来が盛んであったゆえに問題にならなかったが、リース周辺は食物の自給率が低過ぎるからな」

「なるほど。ひとまず開墾かいこんで職を捻出して、住民の不安感を抑えようと。もうどうせなら多種多様な作物を生産して、食のみやこを目指したらいいんじゃないですか」

「食の都……か、良い響きではないか。そこまでは考えていなかったが……いや、本当に良いかもしれんな。余力が十分にある今のうちに、より大々的に挑戦してみるべきか……」


 アゴヒゲを撫でつつ、侯爵は考え込んでしまった。

 まさか真に受けるとは思わなかったが……侯爵もどこかに希望や展望を見いだしたいのだろう。


 しかし、それには騎士団長のヴォードフさんが首を振る。

 すごく残念そうなところを見るに、なんとなくこの人はルチアくいしんぼうと同類な気がする。


「戦力、足りない」

「そうであったな……街の拡張を取りやめ兵を開墾に回すとしても、冒険者には相当数逃げられるであろうからな」


 ダイバーはもちろんだが、マーセナリーあたりもだいぶリースから減ってしまうだろう。護衛などの仕事も少なくなってしまうのだから。


 それが予測できる以上、一気に農地を広げるのは難しいようだ。

 魔物から縄張りを奪おうと思えば、長期に渡って魔物を追いはらい続けなければならない。殺して終わり、とはならないのだ。


 クリーグさんも肩を落として残念そうにしている。戦闘民族は基本くいしんぼうなんだろう。


「力ある冒険者ほど、街には残らないでしょうからね……」

「うむ……やはり一歩づつ進んでいくしかないということか」


 再び憂鬱に支配されそうな己を振り切るように、侯爵は軽く頭を振ってにこやかな笑みを浮かべた。かなり無理してる感はあるが。


「それでだな、最初の一歩として、そなたが言っていたことを試してみるつもりでおるのだ。無論、他にも手をつけるつもりではあるが」

「僕が言っていたことというと……米ですか?」

「うむ。どうだ、うれしかろう」

「え? あー……そうですね」


 そう返事したら侯爵はなんだかフリーズしてしまったので、そのあいだに紅茶をズズズ。

 執事紅茶の美味っぷりを堪能していると再起動した。


「おい…………なんだその反応は! あれほど望んでいた米作りだぞ!?」

「いやぁそれが、僕たちの問題は解決してしまったので」


 もう日本に帰れるので、金さえ工面できれば米は好きなだけ買えるのである。


「なので無理して米作りに挑戦しなくても構いませんよ。やるなら止めませんけど。まあ失敗して傷口がさらに広がらないことを神に祈ってますね。あ、神本体はもういないので意味ないですかね。あはははは」


 ほがらかに笑ったら、侯爵が突然勢いよく立ち上がる。そこをクリーグさんが羽交い締めにした。


「離せクリーグ!」

「閣下、落ち着いてください」

「離すのだ! 一度でいい、一度でいいから殴らせろ!」


 視線からすると、突然乱心した侯爵が殴りたいのはどうやら俺らしい。

 なごませようと思って冗談言っただけなのに……。


「主殿……この状況であんな冗談でなごむはずないだろう」

「マスターは一度しっかり殴られたほうがいいかもしれませんね」

「ちゃんと俺を守ろう? というか俺を殴っても侯爵様が怪我するだけだと思うけど」

「それでもいい! とにかく殴らせろぉ!」


 結局しばらくジタバタしたあと、侯爵は今日はもう寝ると言い放って寝室に行ってしまったのでお開きとなった。

 執事さんによると、どうやらここのところ侯爵はほとんど眠れていなかったようだ。ふて寝でも眠ってくれるならありがたいと感謝された。

 いいことしたあとは気分がいいね!


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