5-20 そして俺は網膜をやられた



 三人で黙って、ゲートである黒いモヤを眺めている。


 装備と携行品は念入りにチェック済みだ。

 魔法などが激しく飛び交ったりする戦闘だと、デリケートな空間系の力──マジックバッグや無限収納が使えなくなることがある。魔力の残滓ざんしのせいなのだろう。


 そのためいつもアダマント製の容器に入れて腰や太ももにポーションを備えているが、今回はそれも増量している。

 それでも使い切ったときや装備が壊れたときは、俺が直接渡しにいくしかないだろう。


 それにしてもなんか複雑だ。


 両隣に立つニケとルチアにもそれぞれ考えていることはあるだろうが、俺の中に渦巻いているのは『やってやらぁ』とか『イヤだなぁ』とかグチャグチャである。


 そもそも俺は、ボス戦というのが嫌いなのだ。

 こんなものただの賭けみたいなもんだから。

 基本的にここに入れば、勝つか負けるか、生きるか死ぬかしかない。状況によって逃げたりなどができない。

 そういう選択肢が少ないのはどうにも苦手だ。

 果たして俺たち三人で倒せるのだろうか……。


 水晶ダンジョンのやり方に頭きてるのは事実だし、気持ち的には絶対攻略してやりたい。

 とはいえあれはニケとルチアを落ち着かせるための面もあったので、本っ当に無理だったらあきらめていただろう。


 しかし二人は一体なぜそこまで攻略したがっているのか……でも二人のやることだ。きっと俺たちの未来をバラ色に輝かせるために必要なのだろう。

 そこは信じているので、結局最後まで無理に聞くこともなかった。


 まあ俺自身としても、大事を成し遂げることへのワクワクもある。

 自他共に認める穏健慎重派の俺だが、ここまで前人未踏の地を進んでくるのも、正直楽しかったな。終わるとなると少し寂しさも感じる。


 ……と、様々な思考や感情が入り混じって、どうにも落ち着かないままここに立っているのだ。

 あれこれ考えたところで、もう進むしかないんだけど。


「よし、帰るか」


 いつもの冗談だったのに、俺は捕まったエイリアンのようにして二人に連行された。




 モヤの中に突入すると……また不愉快にさせられる。

 九十階層台に入ってから、階層を移動するとき気持ちの悪い感覚に襲われるようになったのだ。

 

 何者かの魔力が体をまさぐって調べているような……鑑定眼をかけられたときに似ているかもしれない。それよりもっと強烈だが。

 どういうことなのかわからないが、一度本気で抵抗してレジストできたら階層を移動できなかったので、我慢するしかない。


 気持ち悪さに耐えながら、やたらと長く感じる階層移動が終わるのを待つ。

 暗黒を抜け、ようやく視界に色が灯り始める。


 ──大きな部屋。


 飾り気などまったくない。窓すらない。

 壁も床も天井も切り出したままの岩でできていて、松明だけがかけられている。

 まるで巨大な牢屋のようにも思えたが、そうではなかった。


 ここは謁見の間だ。


 いたのだ──王が。

 部屋の奥、幅の広い三段の階段。その上に。


 それは朽ちかけた玉座に座る、異形の巨人。


 立ち上がれば身長はニケの倍ほどだろうか。

 だがその体を包むのは筋肉の鎧。

 異様なほどの筋肉がその体表に山と谷を形作り、身長以上に巨大な圧力として存在している。

 血色が悪いように見える青白い肌との対比が不気味だ。


 黒い髪は無造作に伸ばされ、その合間に見え隠れするひたいには、生意気にも俺と同じように三つ目の目がある。


 なにより異常なのは腕だろう。

 神社にある百年杉を思い浮かべるような太い一対の腕は、直立しても地に届きそうなほど。


 そして

 成人男性ほどの大きさの三本指の腕が、首のつけ根から生えているのだ。

 入れ墨なのか、右腕には黒い模様が入れられており、その両腕を首の下で組んでいる。


 今までいろんな魔物などを見てきて、気持ち悪いのとかおっかないのとかも多かった。

 だがこれほど人に近いフォルムでありながら大きく違う部分持っているというのは、不気味の谷現象? とはまたちょっと違うかもしれないが……非常に禍々まがまがしく感じる。


 しかしそれら全てを差し置いて、俺にはどうしても気になることがあった。

 それは──


「なんでズボンだけは履いてるんだ」

「まずそこが気になるのか……ふふっ」


 ルチアは「相変わらずだな」と言って笑うのだが、だって他にまともな服はなにも着てないんだよ? 靴も履いてないし。


 頭と首と胸を最低限守る骨製っぽい白い鎧はつけているが、それも素肌の上だ。

 それなのに裾が破けた、麻に見える生成きなりのズボンだけは履いている。


 これはあれだろうか、優しさだろうか。

 この巨体であれば、アレもきっとすごいんだろう。戦闘前に心を折らないよう気を使ってくれてるのかもしれない。


「おそらく、巨人族……なのでしょうね」

「かもなあ」


 とりあえずラボの玄関ドアを設置したりしているが、まだ巨人は座ったまま動きを見せない。

 観察していたニケの言葉に、ルチアが驚く。


「ニケ殿でも知らないのか?」

「ええ。似た種族は知っていますが、その種族の特徴がありません。巨人族というのも、マスターの推測に基づくものでしかありません」

「どういうことだ?」


 そうか、ルチアは知らないのか。

 今はいない種族のようだし、熱心な信者でもなければ知らなくて当然か。


「遠い遠い神代の昔、人族と魔族はそれぞれに神を奉じ争っていた。って言われてるのは知ってるよな? そのころの魔族を率いてたのが、巨人族という種族だったって言われてるんだよ。もう絶滅したみたいだけど」


 俺はこれでも、死んだら聖者入り確実と言われていた男だ。そのあたりのことは詳しい。


 ちにみにリグリス教では、魔族側の神は邪神などと呼ばれてる。


「そうだったのか……最後の最後にそんな相手とは、やはり水晶ダンジョンは対魔族を意識しているのだろうか」

「どうだかなあ。裏切ったし」

「まったく、またそんなことを言って」

「それかアイツ、ダンジョン産じゃなくて外界産の生き残りで、ここにずっと閉じ込められてるとか。ここも牢屋っぽいし」

「いえ、それはないでしょう。これまでの魔物同様、目に意思を感じられません」


 たしかに巨人はこちらに視線だけは向けているが、その目は虚ろに感じる。


「ま、相手がなんであれ、やることは同じか」

「そうだな」

「始めましょう」


 力強くうなずくと、二人は剣の切っ先を巨人に向けた。


「あらあら、二人ともなんて卑怯なんでしょう」


 この神聖なるファイナルバトルを、魔法と魔術の先制攻撃でけがすつもりだ。

 まさに卑怯千万な二人は、揃って歯を見せる。


「ふふっ、せっかく動かないのですから。これがマスターのやり方でしょう?」

「お前だってあれはなんだ。初めて見たぞ」


 ルチアの視線の先には、ラボから出てきたカラーガード隊。

 彼女たちは全員で一つの赤黒い大筒を抱えている。


 魔導砲火属性スペシャルの、筒を長くして収束率を上げたバージョンセカンドである。

 隙があったら使えないかと思って作っておいたが、初っ端で使えるとは。

 ついでに魔石爆弾も……投げて爆発前にヤツが動き出したら困るからやめとこうか。


「勝たなきゃなんないしな」

「ええ」

「必ず」


 ニケとルチアの剣の先、溜まりに溜まっていた魔力が具現化を始める。


 光を放つような吸い込むような球体は、俺が初めて助けてもらったときのものより遥かに濃密だ。


 高硬度により光沢を持つ、荒く削り出した超巨大なライフル弾のような岩塊。その胴は俺の手では回り切らないほど。


 魔導砲の口からも、暴走した魔力が赤い光となって漏れ出した。


「ではマスター、叫んでください」


 くく、懐かしいな。


「二人とも──」


 俺はまっすぐに巨人を指差す。


「ぶっぱなせ!」


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