5-21 時間停止モノはキライだった
ニケの魔法で網膜をやられた俺が地面でゴロゴロもだえ苦しんでいるあいだに、二人はとっとと前進していた。なんで平気なの?
慌てて一緒にゴロゴロしていたシータを向かわせる。そして俺はラボへ。
巨人は……まだ余裕で生きている。
俺たちの攻撃に飲み込まれる直前、その太い腕で身を守ったところまでは見えた。
でもあんだけの攻撃だったし、上手くしたら死んでるんじゃないかと思ったのに。
さすがに無傷ではないけど。
ルチアのストーンブレットで左前腕は折れて曲がり、青白かった肌は焼けただれ全身から煙を上げている。
それでも絶命には程遠い。
ハッ! ズボンは……ズボンは無事か!?
…………ぶ、無事だ! 無事です! 健在です! 太ももの半ばから上に、短パンみたいになってちゃんと残っています!
助かった……大惨事になるところだった。
それと急所を守っている骨鎧も、表面が焦げた程度に見える。
なんの骨かはわからないがかなり頑丈そうだし、急所狙いは得策ではないかもしれない。
原型をとどめていない椅子から、傷ついた巨人が立ち上がる。
そこにまずは、容赦なくルチアが最大火力技で襲いかかった。
「バッシュ!」
叩きつけられる盾を、巨人が折れている左腕で防ぐ。
腕がさらにひん曲がり、開放された傷口から鮮血が吹き出す。血の色は俺たちと同じ赤だ。
その様子とヤツの強靭さをかんがみて、ニケは左腕に狙いを定めたようだ。
飛び上がって剣を振りかぶりつつ、限界まで体を反らす。
「
振り下ろされる剣の軌跡は、天から地まで縦にまっすぐ。
威力に振り切ったアーツが、折れた箇所を断ち切った。皮一枚残してぶら下がったあと、左前腕の半ばから先は地に落ちた。
このまま一気呵成に──しかし、そうは問屋がおろさなかった。
巨人がオオと短くうなり、右腕を無造作に振るう。
大技を出して隙をさらすニケに、巨大な右手が迫る。
無論それは承知済みであり、ルチアがあいだに入って止めたが……その威力に目をむいた。
軽く振られたように見えた張り手が、ランドドラゴンの大振りの一撃と同じくらいの音を響き渡らせたからだ。
飛びのいた二人も、警戒感をあらわにしている。
「気をつけてくれニケ殿、この攻撃力……私ならまだしも」
「私がまともにもらえば、ただでは済みそうにないですね」
そして攻撃能力だけではなく、その治癒能力にも驚きを禁じえなかった。
全身のただれは残っているが、明らかに赤みが薄れている。
左腕の切断面も、わずかだが肉が盛り上がってきている。もう出血が止まってしまいそうだ。
さすがに新しい腕が生えてくるようなことはなさそうだが……初めに悠々と座る設定になっていたのは、この防御能力があるがゆえか。
俺たちの攻撃が想定以上だったから、痛打を与えられたようだが。
「──────!」
今度は大きく吠えた巨人が、ルチアに飛びかかった。
固く握り締められた拳。浮き上がった血管ですら鉄を削りそうだ。
それが体の回転に遅れて、大きな弧を描いて振られる。
なんつう迫力。
体を引いてかわしたルチアの髪やウサギ耳が、暴風に踊り狂う。その風はこちらにまで届いているのではないかと思わせる。
巨人は止まらずそのままルチアを追うが……速いな。対応できない程ではないが、あんな体のくせに想像を超えた機敏さだ。
痛みなど感じていないのか、切断された左腕も組み合わせて腕を振り回している。
雑な大振りではあるが、当たったときのことを考えるとタマがヒュッとなる。
見た目どおり、物理主体のパワー系か。
ならば初っぱなで左腕を奪えたことは、大きなアドバンテージになっただろう。
相手の動きを先読みできる魔眼〈先見眼〉も使っているとは思うが、実際ルチアは無理なくさばけている。
しばらく経って慣れてきたら、攻撃の切れ目には反撃も入れられるようになってきた。
ニケのほうはセオリーどおりの足狙いに移行している。さっきのように飛び上がって高い位置を攻撃するのは、リスクが高いのだ。
ちなみにニケは敵の動きを鈍くする〈竜の威光〉は使っていない。あれはMP消費が激しいし、下手に使うとルチアのリズムが崩れてしまうからだ。
俺もシータのピアッサーアームで足をプスプスしているのだが、なにせ硬いし太いし回復も早い。穴がすぐにふさがってしまう。
左腕はインパクターアームを装着しているが、使うほどの隙はない。
知能が高い相手は、挑発アーツの効きも悪いのでたまに蹴りが飛んでくるし。
それでも時間はかかるだろうが、このまま押し込める──というほど甘くはないんだろうなあ。
やはり気になるのは……。
そのとき、まさに気になっているもう一対の腕が動きを見せた。
顎下で交差し、肩を掴むようにして組んでいた右腕が上に伸ばされる。
指の三本のうちニ本がピースサインのように天を向く。
右腕の入れ墨かと思っていた模様が、根本から赤く染まっていく。
それはまるで魔血留路のよう。
その赤が頂点まで達した次の瞬間──
「おおっ、なんだぁ!?」
現界させていたラボの玄関ドアが、濁ったのだ。透きとおらせていたのが、曇りガラスに戻ったというべきか。
それだけではなく、脳天側にあったもう一つの視界も消え、シータとの繋がりが消えたのを感じる。
これは……憑依眼と人形繰りが強制的に解除されたのか!? 二人は!?
……良かった、無事だ。
シータは糸の切れた操り人形状態で床に倒れていたが、警戒して巨人から離れていた二人はしっかり立って…………?
奇妙だ。
それはまるで時が止まったような感覚。二人が、ピクリとも動かないのだ。
なぜか激しく明滅する魔血留路の光だけが、そうではないことを教えてくれる。
同じく動きを止めていた巨人がルチアに向け大きく一歩を踏み出したが、それでも二人は動かない。
その太い右腕が、背中の向こうに隠れても。
「おいルチアぁ!?」
アダマンキャスラーのときの恐怖がよみがえる。
「くぅっ!」
すんでのところで盾が持ち上げられる。
体ごとたたきつけてくるような、スケールの大きすぎる正拳突きを受け止めた。
しかし踏ん張りの効いていない足は地面から離れ、大きく弾かれたルチアは後方に何回転も転がった。
「ルチア!」
「大丈夫だ! ヒーリングタッチ」
意識などははっきりしているようで、すぐに立ち上がる。盾に打ちつけた額から血を流していたが、回復魔術でそれも止まった。
手も痛めたようだが、ポーションも飲んで心配ないとこちらに合図した。
ニケの方も、そのあいだに動き出している。
取りあえず安心したが、今のは一体……。
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