5-22 明晰な頭脳で解明したが意味はなかった
巨人は二人を無闇に追うことはやめたようだ。
悠然と歩いて追ってくる巨人に対し、混乱が収まらない二人は回りながら距離を取っている。
「二人とも、なにがあった?」
ラボの玄関ドアの見た目がおかしくなっていたのはわずかなあいだで、すぐにもとに戻った。
音もドアが存在しないかのようにクリアに届いている。
「わかりません。物理的な衝撃ではありませんでしたが、なにか体内が揺さぶられるような感覚で……」
「ああ、そうしたら力が入らなくなって、盾を持っているだけで精一杯になった。ヤツは一瞬動きが速くなるし……ニケ殿、今のは魔法なのか?」
巨人が速くなった? こっちからはそうは見えなかったが……近くで戦っていれば感じるものがあったのだろうか。
そしてたしかに魔術のような詠唱はなく、魔法かとも思われた。
しかし、巨人の背後に回り込みつつニケは首を振る。
「このような魔法もスキルも知りません。それよりは魔物が使うような、より原始的な技能に感じました。飛翔斬」
小さい腕を狙ったニケのアーツは、振り向きざまに巨腕で打ち消されてしまう。
機敏な上に勘もいいのか。
しかし原始的な技能ね……。
「ステータス外スキルってやつか」
魔物などの中にはステータスに表記されないが、特有の現象を引き起こす力を持つものがいる。
スキルというこの世界のシステムを介さない、種族に根ざした本能的な力と言っていいかもしれない。
ステータス外スキルと呼ばれるその力は、原理や効果がシンプルなものが多い。
百戦錬磨のニケの言うことだ、それらと同類と考えてもいいだろう。
そうなると……ほとんど答えは出ている。
俺の人形繰りと憑依眼の、強制的な解除のされかた。あれには覚えがある。
『リースの明け星』を潰したときだ。
土属性の魔石爆弾が起動した瞬間、同じようなことが起こった。
暴走した魔石の魔力が形になる前、魔力そのものの奔流で、俺の魔力が人形繰りなどを維持できないほど乱されたのではないか。
そう考えていたが……今回もそれと同じではないだろうか。
「ニケ、無限収納は!」
わずかな間を置き、ニケが首を振る。
「……駄目です、使えません」
それを聞いて、ルチアも腰に手を回した。
「一発でか!? ……マジックバッグも駄目だ!」
ルチアが驚くのは当然で、いくら強力な魔法などでも、普通は一発で使えなくなったりしない。
だが俺は逆に納得した。
「やっぱそうか……たぶんあいつは、純粋に近い魔力の波を放ったんだ」
巨人は自分のMPそのものを放ったと言ってもいいのかもしれない。
MPが土や雷に変換されてから放たれるのと、MPそのものが放たれるのとでは、周囲に残る魔力の
もちろん後者のほうが濃く残り、そのせいでデリケートな空間系の力が一発で使えなくなったと考えられる。
「そんなことが、くっ、可能なのか!?」
巨人のパンチを後ろに飛んでかわしたルチアがまた驚くが、それもまた当然。
アダマントのように魔力伝導率が極端に低くなければ、触れていればその物体に魔力を通すことはできる。
でも空気ほど密度が低く、物質が自由に動いている中を魔力そのものを通すなんてこと普通はできないのだから。
しかしその普通じゃないことが起っていると考えれば、巨人の技に説明がつく。
あれは妨害電波のように自分の魔力を周囲に放ち、他の魔力全般に悪影響を与える技ではないだろうか。
そして、それによって二人に起こったのは──
「絶対に追撃を食らうな。俺の考えどおりなら、あの技を浴びると、一時的にステータスが弱体化する」
ステータスと魔力。
そこには密接な関係があると感じていた。死んだ対象でも、〈人形繰り〉で魔力を流せば生前のステータスで操れたりするし。
巨人の技で二人の魔力の働きが阻害され、ステータスにまで影響が出たとすれば、初めのルチアの言葉とつじつまが合ってしまう。
力が入らなくなったというより、力が弱くなったのだ。
ヤツが速くなったのではなく、二人の感覚と動きが遅くなったのだ。
「ステータスを……だから私はあんなに転がされたのか!」
防いだ巨人の正拳突きでルチアがあそこまでふっ飛ばされたのは、ステータスが戻りきっていなかったからなのだろう。
VITが下げられてしまうというのは、本当に危険極まりない。
「それが事実であれば、初撃で解明してもらえたのはありがたいのですが……」
せっかく解明したのに、二人の表情は険しさを増す。
そりゃそうだ。それがわかったところで、どうすればいいのかという話なのだから。
なにかのスキルで動きを止められたとかなら、まだ対策もあったのかもしれない。
でもステータス自体を下げる魔力の波動なんて、どうすればいいかわからない。
「弱体させられたときに追撃を食らわないように、距離を取るくらいしか俺には思いつかん」
「あとはなるべく自分の魔力を張り巡らせて、軽減できるようにつとめるしかありませんね」
そうは言っても、アダマント装備と二人の高ステータスで軽減できているはずでもあれだからな……あるいはもしかして、俺ならレジストが……。
ともかく今は、シータを再起動させないと。
カラーガードをシータ回収に向かわせる。
そこでちょうどルチアがバッシュで受け流すように右腕を弾き、巨人が体勢を崩した。
見逃せないチャンスにニケと一緒に脚を攻撃したが、すぐに巨体でゴロンと床を転がり大きく逃げられてしまう。
しかも、また小さな右腕──魔導腕と命名──が動き、入れ墨のような模様が根本から赤く染まり始めた。
右の魔導腕にだけ入っているあの模様は、体内の魔力経路が表皮にまで影響を浮かび上がらせているのだと推測できる。
それだけ高出力の魔力経路が通っているのだろう。
「くるぞ!」
一応声はかけたが、二人ともその前に離れて……あん? さっきと違う。
魔導腕は上にではなく、前に伸ばされた。こちらに向けて、三本指が大きく開かれている。
なんか危険な香りだ。
俺たちの警戒と緊張が満ちる中、魔導腕の先になにかが生まれ始めた。
あっという間に増殖したそれは、ピンポン玉ほどの大きさの白い球体。
それが手の前に無数に広がっている。
ヤバイ、絶対ヤバイ。
即座にニケが雷撃を放つが、溜めの少なさもあり一部を削っただけだ。
その空いた空間もまた、すぐに白い球体が埋め尽くしてしまう。
「ニケ殿!」
ルチアが移動しようとしたが、俺のカラーガードの方がニケに近い。
「ルチアは自分! ニケ!」
「はいっ」
間一髪!
ニケがカラーガードの影に隠れた瞬間、球体が一斉に射出。
散弾銃なんかよりもはるかに広角に、巨人の前面に死角なく放たれ、床や壁でけたたましい音を奏でた。
「くそうるっせえ! ……大丈夫か二人とも!?」
カラカラと転がる白い球。それらを蹴飛ばし、盾とカラーガードの後ろから二人が顔を出す。
「助かりました。ありがとうございます」
「私も問題ない。しかし、こんな広範囲攻撃まで……」
範囲だけでなく、威力も脅威だ。
盾になったカラーガードはアダマント製にもかかわらず、当たった場所が少しへこんでしまっている。
ニケが食らえば、青あざだけでは済まないかもしれない。
流れ弾がラボの玄関ドアにも当たったものの、こっちは耐えきれた。
でもおっかないから、必要なとき以外はドアを消しておきたいが……空間系の力が使えない現状では、一度消すと現界させられなくなるおそれがある。ここに出しておくしかない。
あたりに散らばる球体は、しばらく経つと蒸発するように消えていく。
球体は巨人の鎧の素材に似ていた。骨素材だと思っていた鎧は、巨人の能力で形作られているのかもしれない。
とにかく念のためルチアに新しい盾を投げて交換させ、無事だったシータの回収も完了した。
戻ってきたカラーガードは関節部に破損が出ていて使えなくなったので、他のカラーガードをシータとともに投入する。
散弾攻撃からニケやシータを守るものは必要だ。
予備の一体と合わせて残り三体。
盾を持たせたり修復して回すとしても、足りるのだろうか……。
そして戦闘が続く中、その不安は現実のものとなってしまう。
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