5-23 必殺技だった
巨人の攻撃はとてもシンプルだ。
殴り。魔力を放つ魔力波。白い球体の散弾。ほぼこの三つしかない。
だがそれら全てが危険であり、状況に合わせた使い方と組み合わせ方で、さらに危険性が増す。
散弾で動きが鈍っていたカラーガードが、巨人の近くで魔力波を浴びた。糸が切れたように床に崩れ落ちる。
魔力波を使ったあとは巨人も少し動きを止めることはわかったが、二人の方が止まっている時間は長い。シータやカラーガードは言うに及ばず。
無惨にも踏み潰され、
もう残るのは急ごしらえで新しく作った一体のみ。これが壊されれば、シータを回収するのにも自分で行かなければならない。
なによりニケが盾を持ち歩くか、ルチアに守ってもらうためにそばにいなければならなくなってしまう。
そうしてしまえば、攻撃力がガタ落ちになる。
二人はよくやっている。
鬼気迫るというのがピッタリ当てはまるような異様なほどの集中力で、あの筋肉の塊とミスなく対峙し続けている。
それでも……。
「もう少しっ、もう少しなんだっ」
荒い息のルチアが剣で右脚を狙うが、巨腕に阻まれる。
巨人は右脚を引きずるようになっていて、完全に壊れるまであと一息だとは思える。そうなってしまえば、
しかしここにきて脚をかばう動きを見せているのと、魔力波攻撃のせいで決めきれない。
やはり一番危険なのは、ステータスを下げられ巨腕に殴られることだ。
そのため巨人の魔導腕のクールタイムが終わり、魔力波を放てそうであればうかつには近寄れない。
そうして攻撃をためらっているあいだに回復されるし、魔力波ではなく散弾で削られたりしてしまっている。
魔力波と散弾が、せめてもう少し発動に時間がかかればやりようはあるのだが……かなり早いせいで、技を出されるのを潰すのも難しい。
今のままでは脚を壊す前に、決定的な危機が訪れかねない。
ここで決断するべきだろう。
「いったん切り上げるぞ!」
ラボに戻り仕切り直す。
巨人の魔力が影響して玄関ドアを今は消せないかもしれないが、消せるようになるまで破壊されないことを祈る。
それがうまくいっても、もちろん巨人は回復してしまう。
腕こそ生えてきそうにはないが、ダメージは完全に抜けてしまうだろう。
それでもカラーガードの修理や、他の対策を練るべきだ。
それは二人にもわかって──
「いや……ここまできたんだ!」
「このまま押し切るべきです」
あ…………。
また、これか。
こちらに背中を向けたまま巨人と対峙する二人の中から顔を覗かせたもの。
それは今までも感じていた、悲痛なまでの攻略への意思。落ち着いたようには見えていたが、消えてなどいないのだ。
それが二人の判断を狂わせているように思えてならない。
それとも、俺がビビりすぎてるだけなのだろうか?
「押し切るってどうやって!」
「
夢幻──剣術スキル最高位のアーツだ。
発動したときには、すでに斬っている。
過程を省いて結果だけを押しつける、わけのわからんインチキ技。やってる本人的には違うらしいが、見てるぶんにはそうとしか思えない。
ノーマルももともと威力はそんなに高くないが、必中に近い性能はさすが最高レベルのアーツといえる。
そしてその分、代償も高い。
まず発動の直後は、ほとんど動けなくなる。
なにより両手両足全てにクールタイムが発生するのだが、それがとてつもなく長いのだ。
もし夢幻で勝負の行方を決めきれなかったとき、アーツという攻撃の要を失ったまま戦わなければならなくなる。
そういうピーキーなアーツだから、めったなことでは使われないのだが……。
「あの小さな腕さえっ、奪えれば」
低く脚を斬りながら抜け、ニケは巨人の真裏に位置した。
たしかに魔導腕がなければ、巨人はただのブンブン丸になる。ニケがアーツを使えなくなっても押し込めるかもしれない。
しかし硬直の問題もあるし、魔導腕は普段首の下でがっちりと組まれていて狙いづらい。
本当に夢幻の威力で奪いきれるのかという心配もある。
ただ、失敗しても二人さえ無事であれば、そこで改めて仕切り直せばいい話でもある。
「……わかった。で、どうするんだ?」
「魔力波の発動前を狙います」
魔力波を使う前は、魔導腕が上に伸びて狙いやすい。誘発するために、巨人をルチアと挟む位置に行ったのか。
片方だけしか狙えない散弾攻撃より、全周囲へ放つ魔力波を巨人が選択する確率は上がるだろう。
しかしもし魔導腕を奪いそこねれば、魔力波を近距離で食らってしまうことになる。
そうなれば──
「あの腕が、見た目通りの強度であればやれます……信じてください。ルクレツィアも」
信じたい。
信じたいけど……普段のクールさが鳴りを潜めた、懇願するようなニケの表情にどうしても危うさを感じてしまう。
でも、もはや止められそうにない。
「ニケ殿っ、任せたぞ!」
ルチアには止める気などない。
もう巨人のクールタイムは終わっているだろう。それでも巨人の正面、太い両腕の暴風圏で攻撃をしのいでいる。
それも魔力波を誘うためだ。
俺はなんとも言ってやれなかった。
ただラボの中でなら使えるマジックバッグからあるモノを取り出し、握りしめていた。
そして、そのときがくる。
巨人の魔導腕が、高く掲げられる。
模様の根本が赤く染まる。
──夢幻。
一体どこから聞こえたのか。
ニケがいたところか、それともいるところか。
それはわからないが────ニケは成した。
巨人の後ろにいたはずのニケは、気づけば宙にいた。
巨人の前でヤツに背を向け、剣を振り抜いた姿勢で。
宙に浮いているのが、ニケの他にもう一つ。
魔導腕が、ここは月かと錯覚させるほどゆったりふわり。
まだ斬られたことに気づいてもいないように、二本の指はしっかと伸ばされたままだ。
やがて巻きスカートを
その音で
標的となっているニケは、まだ技の硬直で動けない。
目をつぶりたくなったが見届けた。
拳とニケのあいだに、ルチアが飛び込むのを。
「バッシュ!」
もはや見切ったとばかりに、一歩もよろめくことなく弾くその姿は、まさに鉄壁。
「いよぉっし!」
手に持つモノがチャプンと揺れる。ガッツポーズって、自然と出るもんなんだよな。
やっぱりニケはすごいのだ。ルチアもよく信じて待っていた。
俺なんかが心配する必要など、なにも──
──強烈な違和感。
なにが…………あ、あれ?
なんでだ。
おかしい。おかしい。おかしい。
斬ったのはたしかに右の魔導腕。
それなのになぜ、地に転がるその腕に……黒い模様が入っていない。
「おい! なんか変だ──」
目線を上げて巨人を見たとき、体の芯から凍りついた。
きっとそれはルチアも、背中越しに顔だけ向けているニケも同じ。
巨人の小さな左腕。
指を二本伸ばして高く掲げられたそれに、今までなかった黒い模様が──いや、それはもう半分以上赤く染まっていた。
ダブルキャスターのように、どちらの小さな腕でも自在に使えたはずはない。
そうだったら、意思などもたないこいつは温存などせずにとっくに使っていたはずだ。
片方がダメになったときの予備? 切り替えた?
──電車のレールの分岐器が頭に浮かんだのは一瞬。
「守護者の大盾っ!」
ニケを背にした、ルチアの叫び。
至近距離で魔力波を受け、ひび割れ、砕けた淡い緑の障壁が、宙に溶けて消える。
そして、先に動いたのは──
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