8-04 体型が変わっても愛は揺るがないが、やっぱり細すぎたり太すぎたりするより健康的なのが一番安心できると思った



 振り向くとそこには、丸っこい耳を頭上につけた恰幅かっぷくのいい中年女性がいた。


 ここに来てからずっと、獣人たちにうとましがられているのは感じていた。

 今までは遠巻きに見られているだけだったが、この重要そうな場所に近づいたせいでついに直接きたか。


 そう思ったのだが、俺たちと目を合わせた濃い茶髪の女性はニカッと笑みを見せた。


「アタシなんかにとっちゃただの集会所だし、近くで見せてやりたいんだけどねえ。ここを神聖視してるやつらもいるからさ。今はみんなピリピリしてるし……アンタたちも揉め事を起こしたいわけじゃないだろ?」


 どうやらこの人は、善意で忠告してくれているようだ。それを踏みにじる必要などない。


「もちろんです。初めてここに来て物珍しさで興奮しちゃってましたが、皆さんのしきたりを破るつもりはありません。教えてくれてありがとうございます、お姉さん」


 ペコリと頭を下げると、女性は豪快に笑いながら俺を抱っこするセラの前まで歩いてきた。


「こんなオバチャンをお姉さんだなんて、変なおべっか使うんじゃないよ。ませた子だねえ」


 たぶんかわいがっているつもりなのだろう。俺の頭をでかい手で叩いたり撫でたりしてくる。

 ただそれはポンポンというよりズドンズドンだし、ワシャワシャというよりゴリゴリである。首への負荷が強すぎるよ……ステータス高くて助かった。


 そしてそのまま女性がごく自然に、セラから俺をふんだくる。

 三人とも無警戒というわけではなかったが、中年女性特有の邪気の無さにより反応できなかったようだ。


「それで、アンタらが聖国の連中を追い払ってくれたっていう客人かい?」


 片腕の上に俺を座らせるように抱っこした女性にも、すでに俺たちのことは伝わっていた。

 そしてどうやら女性の頭には俺が戦ったという考えはないらしく、完全に顔を三人に向けている。


 ちなみに俺の身長が少し伸びたので、最近では三人も歩くときはだいたいこの片腕お姫様抱っこになっている。

 三人のステータスなら俺の体重なんて、オフィスレディーの持つハンドバッグ程度にしか感じないだろうし、負担にはなっていないようだ。


 しかしこの女性のふくよかでどっしりとした体型が生み出す安定感と安心感は、セラたちでは味わえない。

 正直いきなり馴れ馴れしく接してこられるのはあまり好きではないが、この抱っこはなかなか悪くないな。


 ……とはいえどちらに抱っこされたいかといえば当然三人なので、ニケちゃんは女性と比べるように自分のお腹を摘むのはやめなさい。

 自然にこうなっていくなら別にいいんだけど、無理にこうなることを目指されても困るのよ。


「あなた方のために聖国と戦ったわけではないが、そうなるな」

「そうかい……理由はどうあれ、味方してくれるのはありがたいことさね」


 答えたルチアに礼を告げた女性は、「だけど」と続ける。


「こんなかわいい子をこんなところまで連れてくるのは感心しないね。森歩きは大変だったろう? 慣れてなかったら特に」


 俺を気遣いながら、ジロリとセラたちを見やる女性。

 やはりいい人のようだが、三人が責められるのを黙って見ていては未来の夫として失格である。しっかりかばってあげないと。


「ほんと大変でしたよー。代わり映えしない森の中を何日も抱っこされるのは退屈で退屈で。だから僕は何度も帰ろうって言ったんですけど、血に飢えたこの野蛮な人たちが、聖国を血祭りにあげるまでは帰らないって言って無理やり」


 ふむ、かばうどころか本音が出てしまったようだ。


「いい加減なことを言うのはやめなさいマスター」

「御婦人、だまされてはいけない。それがかわいいのは見た目だけなのだ」

「……なんとな〜くわかったよ。自分では森を歩いてもなかったみたいだし……大変そうだね、アンタたち」


 三人に向けられた女性の視線が、ねぎらいのものに変わった……け、計算どおりである。


 それから軽く立ち話していると誘いを受けた。


「いろいろでさぞ疲れてるだろうし、うちで休んでおいきよ」


 そこまでみんな疲れているということはなかったが、暮らしぶりに興味があったのでお邪魔させてもらうことになった。


 女性はクマ系獣人のポーラさん。

 今は旦那さんと息子さんが戦いに赴いていて、留守を預かっているそうだ。

 こちらも自己紹介しつつ、ポーラさんのテントに向かう。


 その道すがら、小さな泉のほとりで子供たちが騒いでいるのを見つけた。

 それを目にして、ルチアがつぶやいた。


「ここまで来るあいだにもかなり見かけたが、あの年頃の子供が多く連れこられているようだな」


 そこにいるのはいずれも、大人への階段を上り始めた中学生くらいの子供たちだ。

 ただ獣人は早熟なようだし、見た目よりもさらに若いのかもしれない。


「他種族との交流や社会勉強のためといったところかしら」

「そうでしょうね。しかしあれは……交流というのとは、少し違うように見えますが」


 ポーラさんから俺を取り返したニケの言うように、仲良く遊んでいるのとは少し様子が違いそうだ。

 立っているのは五人の少年だけ。その周りには倍ほどの人数が土にまみれている。


 そしてその二つのグループは、種族がハッキリわかれていた。

 転がって肩で息をしている少年たちは、ティルと同じヒツジ系獣人やその仲間の種族だ。

 それを見下ろす獣人には、イヌっぽい三角耳が頭についている。


「ほらどうした、さっさと立ってかかってこい」

「もっ、もうイヤだよ……やめてよ……」

「なっさけねぇヤツら。そんなだから人間なんかにいいようにやられるんだよ」


 怯える少年たちを口々にののしり、五人は笑いあっている。

 彼らの会話を聞くまでもなく察していたが、イジメかな? 少なくとも合意の上の行いではないらしい。


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