2-17 でもやっぱり足りてない気がしたので夜にいっぱいお仕置きした




 目が覚めて朝飯食いながら、再びルチアから事の顛末を聞いた。


 聞き終える前から、まずやらなければいけないことはわかっていた。

 テーブルに飛び乗り、俺はニケに抱きつく。


「ニケ、よくぞ脱走兵を捕獲してくれた! 褒美を取らす!」


 ニケの顔のそこかしこに、これでもかとちゅっちゅする。

 一番の功労者だから、ちゃんと感謝しないとね。

 大人がやったら気持ち悪いが、今ならお姉さんにじゃれつく子供のだから大丈夫。

 ほら、ニケの顔もこんなにとろけているよ。


「ありがとうございます。期待に応えられたようで何よりです」

「うん。まずはヨダレ拭こうね」


 ニケの顔をキュッキュしてから、俺はテーブルの上でルチアに向き直った。

 ずっと立って頭を下げられてたのだが、落ち着かなかったので無理にイスに座らせている。


 その姿は相変わらず凛々しくてキレイだけど、顔は少しうつむき気味だ。

 でも、決して俺から背けたりはしない。

 その瞳から感じる思いの強さは、錬成人になることを希望したとき以上に見える。


 しかし……はっきり言ってしまうと、昨日の俺にはルチアの気持ちがよくわからなかった。

 というか、今もよくわかっていない。

 復讐心で自分が醜いとかなんとか……意味がわからなすぎる。そこを悩んでたら、知恵熱を出して昨日は途中で眠ってしまった。


 それでも今日、どういうことか俺なりに推理できた。これについては、ルチアを問い詰めなければならない。


 だけど今回のこと自体は、そこまで気にしてない。

 なぜなら寝てる間に始まって、寝てる間に終わっちゃってたからだ。

 正直そこが一番でかい。この置いてけぼり感よ。


 もしリアルタイムで起こってたらまた違ったのだろうが、終わって反省してるルチアしか見てないからなあ……。

 しかもすでに腕斬りというお仕置きまでされてるし。


 それに俺のことが嫌いで逃げようとしたわけじゃないというのは、信じてもいいのかもしれないと思えたから。ニケも信じてあげなさいと言ってたし。

 そこが無理だったら、もうどうしようもなかったけど。ふふ、俺も成長したもんだぜ。


 まだ少しモヤッとはしているが、それはこれから話をして晴らそうと思う。

 というかケモケモルチアを早く見たい。でも見せてくれないからそっちにキレそうである。なぜか起きたら妙にスッキリしてたので我慢できているが。


 まあともかく、まずはちゃんと釘を刺しておかなければならない。


「ルチア、本当に俺のことを大切に思ってくれてるなら、ニケに感謝しておいて。俺はルチアが離れてたら間違いなく許さなかった」


 腕なら〈アップグレード〉で治せる。

 でも離れていたら、俺とルチアの間に生まれたであろう溝は直せなかった可能性が高い。


 ちゃんと言ってくれていたならまだしも、ルチアの心情もわからないままいなくなられてたら、俺はアホほど泣いただろう。そしてルチアを嫌いになっただろう。


 たとえあとで戻ってきたところで、口ではなんとでも言えるし、と思ったに違いない。

 一度嫌いになったものをもとに戻すのは難しいのだ。特に俺の場合。


「すまない……私は──」


 なにか言おうとしたルチアの頭をガッと掴んで、震える唇に吸いつく。舌を絡め取って思い切り吸い出した。


「いひゃいいひゃいいひゃい!」


 一度ベッドで燃え上がり過ぎたニケにやられたことがあるが、思いのほか痛いのだ。

 しばらく噛んだり舐めたりしてから、舌を解放してやった。


「これを貴女への仕置きとしましょう」


 羨ましそうな顔をしている被虐嗜好者ニケのセリフをパクってみた。


「ルチア、俺は他人を自分の内側に入れるのが苦手みたいだ。でも入れた以上、そう簡単に軽蔑したり嫌いになったりはしないと思う。いきなりいなくなるようなことでもなければ」

「う……」


 チクリとやられて気まずそうなルチアを堪能してから続けた。


「むしろ俺はルチアのいろんな顔を見てみたい。だからルチアも我慢なんてしないで、もっと自分をさらけ出してくれ」


 真面目すぎるというか自制がききすぎてるというか……こういうのは強い自立心の弊害なんだろうか。

 今までルチアがハメられたときのことを詳しく聞かなかった俺も悪いが、抱え込んでいたものをおくびにも出さなかったルチアも悪いと思うのだ。すごいことではあるけど。


 舌吸いのせいで垂れたヨダレをキュッキュしてあげると、ルチアは頷いた。


「よし、わかってくれたなら、今回のことはこれですっぱりさっぱり全部チャラにしよう。お互いにだ。いいな?」


 至近距離で見つめあったまま、再びルチアは頷く──力のある瞳で。


「恩に着る。主殿」


 前に敬語やめてくれって言ったときとかもそうだったけど、打てば響くというか、こっちの要望を正しく理解して応えてくれるルチアが大好きである。

 ここで、「でも……」「だって……」とかやられてもめんどくさい。

 俺が本当に気にしてないことがわかれば、引きずらずにすぐにもとに戻ってくれるだろう。


「良かったですね。ルクレツィア」

「ああ、ありがとう。ニケ殿のおかげだ」


 一度そこで一息ついて、これから頑張るぞーみたいな雰囲気を出したルチアについて、ニケが貴重なタレコミをくれた。


「そういえば……ルクレツィアは、あのときマスターをシンイチと呼んでいた気がしますが」

「に、ニケ殿それは」


 一転して、片手をバタバタさせてうろたえている。


「そうなん? 別に無理して主殿なんて呼ばなくても、名前で呼んでいいんだぞ?」

「むっ、無理だ。それこそ無理だ」

「なんで?」


 なぜかルチアが、褐色肌でも一発でわかるくらいに顔を赤らめた。耳まで真っ赤だ。


「その、主殿を名前で呼ぶのは……恥ずかしいんだ。心の内だけでひっそり呼ばさせてくれ」


 なにこれかわいい!

 今襲いかからなかった俺を誉めるべきだ。俺だって真面目な話をするときは、我慢することができるのだ。


「まあ今日の夜は絶対二人にオレの名前を叫ばせてやることにして、だな」

「そっそんなの無理だ」

「別に構いませんが、なぜ私まで」


 たまにはニケにも名前で呼ばれたくなったからだよ。ケーンのころは貴方とか名前とかだったなあ、懐かしい。


「今回のことでわかったと思います。ルチアくん、そしてニケくん。いいですか、円滑なコミュニケーションに必要なもの、それはほうれんそう──報告、連絡、相談です。一人で結論を出さず、独断で行動しない。仲間と思いを分かち合うこと。これが肝要なのです。二人ともしっかりと心にとどめておくように」


 むふふん、いいこと言った。


 ……なのになんでニケくんはそんな目つき悪いのかな? ルチアくんも苦笑いしてるのはなんでかな?


「マスターに言われたくはありません。今までも、それに今回だって」

「もうオーキン玉のことは忘れようじゃないか」

「違います。ハァ、もういいです」


 うーん、何をそんな怒ってるんだろう。あれかな? 更年期障害ごめんなさいごめんなさい!


「お、おほん。それで、どうやって復讐する?」

「え?」

「ルチアくん、ほうれんそうのそう。つまり相談をしようということだ。どのように我々で仇を地獄に落とすか決めようじゃないか」


 なぜかびっくりしてぱっちりお目々を更に見開いている。しばらくしてふっと優しい目になった。


「……ありがとう、主殿。私のためにそう言ってくれるのはとてもうれしい。だが、あなたの手を汚させるわけにはいかない」

「何を言ってるんだルチア。俺の手が汚れるわけないだろう。お前の敵は俺の敵だ。敵をほふることは汚れることじゃない」


 大玉メロンを抑えて、ジーンと感動しているように見えるのはなんでだろう。


「私のためにそんなことまで言ってくれるなんて……これ以上ないほどうれしいことだが、そこまで気を使ってくれなくてもいいんだ」

「気を使ってなんてないんだけど。そうじゃなくて復讐をしようよ」

「いや、本当に大丈夫だ、今は焦ってなどいないからな。いつの日か必ずこの手で復讐は果たしたいと思うが、こんな私を嫌わないでいてくれるだけで、今の私にはじゅうぶん幸せなことなんだ」


 頑ななまでに首を縦に振らないルチアに、大きなため息が漏れてしまった。

 ここまで拒絶するだなんて、やはりそういうことか……俺の推理が当たっていたようだ。

 全部まるっとつるっとお見通しだ!


「ルチア、お前の思いはわかっているし、俺はお前を嫌いになったりなんかしない」

「主殿……」

「本当はお前は独り占めしたいんだな?」

「……………………え?」


 ふふん、図星すぎて声も出まい。


「いいんだいいんだ、言わなくても。俺はルチアの気持ちはわかってる。よーくわかってる。正当性のある破壊行為というのは楽しいからな。ざまぁとかってそういうことだもんな。怨みを晴らすために一人でじっくり楽しみたいと思うのも当然だ。本当はそれが理由で俺のもとを離れようとしたしたんだろ? もっと自分をさらけ出していいんだよ、ルチア。怨みが醜いとか、そんな意味わかんない理由で逃げるわけないもんな」

「あの、主殿」

「そりゃあね、苦痛を味わったルチアからしてみれば、俺が飛び入りするのは許せないかもしれない。でもこっちにも一枚噛まさせてくれたっていいじゃん! ちょっとでいいのにさ! ひどいよルチア……俺だって役に立つんだよ? 強くなったし。騎士の一人くらいなら地面に顔を擦りつけさせて、歯でこびりついた馬のフンをこそぎ取らせるくらいのことはできるさ。だからいいだろう? わかってる、簡単に殺したりはしない。ルチアが味わった苦痛の何倍も苦しめてから殺すよ。しょうがないよね、ルチアは悪いことしてないのに向こうが害してきたんだから。同じ苦しみを与えるとかじゃ全然足りないよね。あ、もしかしてルチアは殺さないでずっと苦しみ続けさせる系が好きな人?」

「ニケ殿助けてくれ!」

「無理です。私も引いています」

「あ、錬金で痛覚十倍薬とか作れないかな? あとで試しに作ってみるよ。それと上級ポーションもたっぷり用意しとかないと。復讐相手は何人くらい? 一人三十本くらい使うとするとかなり必要になりそうだな。素材買い漁るけどいいよねニケ。あ、それとどうする? 実家も潰しとく? それとも帝国ごと潰す? それだとだいぶ時間かかりそうだけど──」


 ああん、楽しくなってきた!







「ニケ殿の言うとおりだった……ある意味素直だが、全然純朴とかそういうんじゃない」


 まるで癒やしを求めるように、テーブルに座る俺のほっぺをルチアが人差し指でつんつんしている。


「いえ、私もここまでひどいとは思っていませんでした」


 ニケは俺のふくらはぎとか太ももを、指で挟んでぷにぷにしている。


「私を創るためとはいえ、山賊を殺して回っていたのは伊達ではありませんでしたね」

「……その話は聞いたことがないのだが」

「なんの話?」


 二人揃って力無く首を振るだけだった。


「のけ者さみしい……それにしても復讐の話してたら、俺も聖国に復讐するの足りてないんじゃないかって気がしてきたな」

「復讐してきたのか!?」


 なんか二人ともやたら驚いていたが特にニケの驚きはひどく、しばらく口を半開きにしていた。


「あの……私も知らないのですが…………」

「聞かれたことなかったし」


 そりゃわざわざ自分から、俺はこんな復讐したんだぜ! とか言わんよね恥ずかしい。元ヤンの武勇伝じゃあるまいし。


「……あとで詳しく聞かせなさい。それと今日の夜は、貴方の体中にほうれんそうと書き込もうと思うのですがいいですね。少しでも染みつくように」

「釈迦に説法だと思うけど、響きがお経みたいだし書くなら耳にもちゃんと書いてね」


 全身を筆が這い回ることを想像して興奮していたら、ルチアが思い切り吹き出した。


「ぷっ……はははははっ。本当に……考えすぎていた私が馬鹿だったのだな」


 笑っているルチアを見て、ニケがやれやれとため息をつく。


「ハァ……笑い事ではないのですが」

「まあまあ。ふふ、なんだか私も楽しみになってきてしまったな」

「あまり変な影響は受けないでもらいたいものです」

「ニケ殿とてずいぶん影響を受けているのではないか? ぶっぱなしますーとか」

「……そんなことはありません」


 よくわからんが、なんかこの二人仲良しさんになってない? いいことだけど。


「さて、ではお楽しみのためにも、ちゃんと俺の能力を把握しとかないとな。〈ステータス〉〈開示〉」


 ショタボディをつんつんぷにぷにされつつ、俺はステータスを開いた。




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