3-12 ラッキーセットだった
『リースの明け星』に勧誘してきたジョルジが、湿気の多い笑顔をルチアに向けた。
「ゴドーというのはあれでいて優秀な男だったのですよ。とは言え五番手のパーティーですがね。そんな彼を一撃で昏倒せしめたあなたを私は高く評価しています。ぜひ我々のクランに入り、その力を振るっていただきたい。そして共に高みを目指そうではありませんか」
暗にゴドーは大したことないとほのめかしつつもルチアを称賛してから、その顔をこちらに向ける。
「もちろん後ろのお二人も加入していただいて構いません。ただその際は、各々の実力に合わせたパーティーに割り振らさせていただきますが」
どうやらジョルジは俺たちを、ルチアのワンマンパーティーだと思っているようだ。
俺はお坊っちゃま崩れだし、ニケは令嬢スタイルだ。ルチアが凛々しいパンツルックで護衛じみた動きをしていれば、そう思うのも当然か。
「どうでしょう、悪い話ではないと思いませんか。どのみち皆様の現状は八方ふさがりなのでは?」
ニヤリと笑うジョルジに、どの口で言うのかとは思うが、どうせ非難したところで無駄だろう。のらりくらりとかわされるのが目に見えてる。
それにそもそも、はっきり言って全くふさがっていないし。
たしかに普通のダイバーであれば、武器の手入れもままならないようでは早々に干上がるだろう。
だが、俺には錬金術がある。
もちろん同じ素材であれば錬金術で作るより、専門職が作った方が質がいいものができる。それでも俺たちが武器を他者に頼まない……いや、頼めないのには理由がある。
レッサーダマスカスゴーレムの素材で〈アップグレード〉してよくわかった。たぶん俺たちのステータスは、これからガンガン伸びていく。
そしてステータスが大きく変わってしまえば、武器も重さなどをステータスに適した物に変えなければならない。
そんなの他人に明かすわけにはいかないし、武器をコロコロ変えていかなければいけないから結局は俺が作るしかないのだ。
今日武具屋とかに足を運んだのはデザインなどの参考にするためが半分、残り半分はただの冷やかしだ。
しかしどうだろう。
例えばこいつらのクランに入って、中から引っかき回すとか……うん、回りくどすぎるな。
こんなやつらにかかずらうよりも、俺はセレーラさんと親睦を深めたい。
次に六十階層を越えて帰ってきたら、ダダをこねてディナーを共にするというのはどうだろう。そのあとお洒落なバーとかでお酒でも飲んで、それでそれで……むふふ。
「マスターの見た目でお酒を出してくれる店があるとは思えませんが」
「ぐふぅ、そういえばそうだった……」
「主殿、女性を酔わせてどうこうしようというのはよくないぞ」
二人してテレパスすんのやめてもらえませんか……。
「お酒、ですか……? 我々のクランに入れば、高価な酒も浴びるように飲めますよ。資金の豊富さは他とは桁違いですから」
無理に俺たちの話に入ってこなくていいからね、ジョルジくん。もうさっさとお断りして帰ってもらおう。
そう考えていたところに響いたのは、よく通る女性の声。
「さっすが汚いことやってるクランは言うことが違うねえ」
ニケが振り向けばそこには、二十代後半くらいに見えるステキな赤髪のお姉さんがいた。
なにがステキってドレスから覗く深い谷間様ですよ。ニケには及ばないが、ルチアといい勝負であろう。
お姉さんは黒い三角帽子に黒いドレスという格好で、後ろにはジョルジと同じように何人かのダイバーを連れていた。
「……旗の『魔女』が我々になんのご用でしょう」
声を一段低くしたジョルジの言う『旗』とは、今一番深くまで水晶ダンジョンに潜っているという『マリアルシアの旗』のことだろう。
んで『魔女』が二つ名か。まんまだな。
二大クランのメンバーに挟まれたままなのはまずいので、俺たちは通りのはしっこに移動。
野次馬もいっぱい集まってきたし、このまま紛れて逃げ出してもいいんだけど……魔女さんとはお近づきになりたいかもしれぬ。
「別にアンタらに用はないさ。アタシらが用があるのは、アンタらがつまんない嫌がらせをしてるっていうこっちの子たち」
魔女さんは俺たちがいた場所を埋めるように進んできて一度ジョルジに睨み飛ばすと、こちらに向き直った。
「初めまして、坊っちゃんとお嬢ちゃん方。アタシは『マリアルシアの旗』の『魔女』、ギネビア」
ドレスを摘まんで、ギネビアさんはカーテシーのようにして優雅に頭を下げた。おおう、絶景。
おっと、そんなものには惑わされないぜ。クールにいこうじゃないか。
「どうも初めまして! 僕はタチャーナと言います!」
クールに無邪気な男の子を演じると、ギネビアさんが微笑んだ。
「ふふっ、元気がいい子だね。本当にキミみたいな子が三十九階層まで行ったのかい?」
どういう訳かギネビアさんは俺たちが三十九まで潜ったことを知っていた。
まあどういう訳もなにもないか。ギルド職員から情報を得たとしか思えない。そのへんはさすが大手クランだけあって、コネやらなにやらあるのだろう。
セレーラさんが俺たちの情報を漏らしたのではないと思うのだが。
「なっ、三十九だと!?」
ジョルジの方は知らなかったようだ。
ピンク髪のアホ女から聞いてるかとも思ったが、よく考えたら個人情報を閲覧できるような地位を、セレーラさんがあのアホに与えるはずがなかった。
「ちっ、知らなかったのかい。余計なこと言うんじゃなかった」
「どうやら本当のようですね……彼らは二週間ほど前に登録したばかりのはずですが」
「だからわざわざアタシがスカウトに来たのさ」
ほほう、『マリアルシアの旗』も俺たちに興味があると。
俺としても『リースの明け星』なんかよりもよっぽどギネビアさんに興味が痛い! ニケ首噛まないで!
「あなた方もですか……ですが今は我々が彼らと交渉している最中です。あなた方の出る幕ではありません」
「あら、アンタらもそうなの。プライドばっか高いアンタらのことだから、てっきり狂犬をぶっ飛ばしたこの子らを潰しにでも来たのかと思ってたけど。それに……交渉、ねえ。どうせ追い詰めて無理やり入れようって腹じゃないのかい」
「人聞きの悪いことを言うのはやめてもらいましょうか」
どうやら二人は犬猿の仲のようで、言い争いを始めてしまった。
お付きの人たちがやれやれと首を振っているのを見るに、毎度のことなのだろう。
「まあまあ、お二人とも落ち着いてください」
とりあえず仲裁してみれば、二人は我に返ってフンとお互いそっぽを向いた。
そうしてからギネビアさんは、気まずそうに頬をかきながら歩み寄ってくる。
「ごめんね坊や、変なところを見せちゃったね」
「いえいえ、トップ争いをしてる二大クランの方々ですから、ライバル視するのも当然ですよね。それとすみません。僕はまだこの街に来たばかりなのでよく知らないのですが、ギネビアお姉さんは有名な方なのですか?」
後ろのクランメンバーは若干ムッとしているようだが、ギネビアさんはなぜか頬を緩め、恍惚とした顔になった。
「も、もう一回。もう一回アタシを呼んでみて」
キュピーン! ショタ好きの気配!
ならばここはさらに攻める!
「ギネビアお姉ちゃんっ」
「ぶっは…………やだなにこの子かわいい!」
きゃーと黄色い声を上げながらギネビアさんが迫ってくる。
よっしゃこいと俺は手を広げて受け止めようとして……ひょいっ、とニケがギネビアさんを避けた。
「ねえ、ちょっと」ひょい「少しだけ」ひょい「アタシにも抱っこ」ひょい。
華麗なステップワークで、ニケは見事に避けきってしまった。
「えっとニケさんや、ちょっとくらいなら」
「駄目です。マスターの抱っこ権はそう容易く渡せるようなものではありませんので」
ピシャリと打ち切るニケにギネビアさんは口を尖らせていたが、ずれた三角帽子を整えて気を取り直したようだ。
「坊やを是が非でもうちに欲しくなっちゃったよ。で、アタシのこと? まあそれなりに有名よ? 一応リーダーパーティーのメンバーだし」
「じゃあ六十五階層まで行ってるんですね! すごいなー。ってことは後ろの方々はパーティーメンバーの方々ですか?」
その割には全然前に出てこないが。
「ああ、違う違う。アタシは今日はお休みなのよ。他のメンバーは素材を取りに行っててね」
「そんなことを言って、本当は第二パーティーに降格でもしたのでは」
イヤミったらしいジョルジの呟きを、ギネビアさんが笑い飛ばす。
「ハン、そんなわけないでしょ。アタシはどっかの万年第二とは違うのよ。アンタはまだ五十八だっけ? 副クランリーダーのくせにねえ」
ジョルジ的に痛いところなのだろう。歯が折れるのではないかと心配になるくらい、歯ぎしりの音を響かせている。
また言い合いになられても面倒だが……この関係性は使えるかもな。
「五十八ですか! それでもすごいじゃないですか! 五十一階層からは雪原地帯ですよね? 防寒対策はどのようなことをやっているんですか? 敵はどんなのが出るんでしょうか?」
ニケから軽く聞いてはいるが、それは剣のときの体験だ。
そこまで行っている人なんてほとんどいないし、貴重な現在攻略している人の生の声は聞いておきたい。
しかし褒められて少し気を良くした様子のジョルジは、それでもフンッと鼻を鳴らした。
「それを知りたければ我々のクランに入りたまえ」
「そうですか……残念ですが仕方ないです。ギネビアお姉ちゃんたちに負けているようですし、他人に教えてるような余裕はありませんよね」
「ぐっ……」
言葉を詰まらせるジョルジから向き直ると、ギネビアさんがジョルジに見せつけるようにニヤリと笑う。
「アタシはなんだって教えてあげるよ。あんなケチ臭い男とは違うからね」
「わあっ、ギネビアお姉ちゃんは優しいんですね。やっぱり入れさせてもらうなら余裕があるクランの方がいいのかなあ」
「……いいでしょう。少しくらいならこちらも教えて差し上げます」
それから煽りつつおだてつつ根掘り葉掘り聞いてみれば、二人は競うように情報を吐き出してくれた。
きっと単独じゃこうはいかなかっただろう。ややこしいのに挟まれたかと思ったが、案外お得なセットだったな。
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