3-11 街ブラした



 セレーラさんに罰を言い渡された翌日、俺たちは街に買い物に出かけることにした。

 罰の執行は三日後なので暇になったのと、買い出しをするためだ。


 まずは仕立て屋に俺の服と、二人に着せるために俺が頼んでいた服を受け取りに行った。

 その場で俺は任せるままに着せられたのだが……鏡の前に立って顔がひきつった。

 サスペンダーつきの短パンに銀糸で刺繍された白シャツ、その上からジャケット的な上着。蝶ネクタイをつけられ頭もピッチリ固められていたからである。


「……無理」

「ああっ、マスターなにをっ」


 頭をぐしゃぐしゃにして蝶ネクタイを取っ払ったら、ニケが悲鳴を上げた。

 いや、こんなお坊っちゃまみたいな格好してられるかい! こんな子供とすれ違ったら、俺だったらシッペして逃げるね、絶対。


「たまには綺羅きらを飾ったマスターを見てみたかったのですが……」

「俺にそんなの似合わないだろ……」

「悪くなかったと思うのだが……」


 ルチア、お前もか。

 というか戦うための丈夫な服を注文したんじゃなかったっけ……?

 全員テンションだだ下がりで仕立て屋をあとにした。このモヤモヤは受け取った二人用の服を夜に着せて晴らそうと思う。


 それから店を巡り、食材や料理なんかをたんまりと買い込んだ。大きな商会に行ってダンジョンで狩った魔物を売ったりもした。

 値段交渉はルチアが大活躍。貴族の娘だったのに……さすが苦労人である。

 そのあと靴もようやく買ってもらえたよ。抱っこは続行されているけど。

 

 途中で小洒落こじゃれた雑貨屋を見つけたので入ってみることにした。

 可愛い髪飾りが何種類も置いてあったので、二人のために選んだのだが……。


「……ありがとうございます。もちろんマスターが私のために選んでくれたことはうれしいのです。うれしいのですが……」

「な、なかなか素敵だと思う。あ、でもこっちなんかも悪くないんじゃないか、主殿」


 坊っちゃん衣装しかり、やっぱり現代日本に生きていたハイセンスな俺とは感性が違うのだろう。赤と緑の原色使いが目に映える、イボイノシシをモチーフとした可愛らしい髪飾りなのに。


 結局二人が選んだ髪飾りを買って、雑貨屋を出た。

 このあとは水晶ダンジョンの東側、ダイバー関連の店がのきを連ねている地区に行く予定だ。


 その道すがら、ニケがポツリと呟く。


「やはりこの位置はまだ少し落ち着きませんね」


 現在はルチアが抱っこ係でニケが護衛役なのだが、ニケの位置は右後方である。


「こればかりはいくらニケ殿でも譲れないぞ。やはり盾持ちの私が左にいる方が、いざというとき主殿を守りやすいからな」


 俺と二人だったときは左後方だったニケは、ルチアにその場所を奪われたのだ。

 緊急時にルチアが右手で俺を抱え込んで、左手の盾で守るためだそうな。


「わかってはいます。ですがマスターはあまり私を抜いて持ち歩くことがなかったので、どうしても……」


 ニケがケーンだったころは、敵が来ることを教えてもらってから剣を抜いて、〈神雷〉使ってすぐさやに納めていた。

 だからニケとしては、鞘ポジションが落ち着くらしい。


「だってケーン重かったし」

「もう、あいかわらず失礼な人ですね」

「ふふっ、まあこれから長い間を共に過ごすのだ。ニケ殿もじきに慣れるさ」


 脱走未遂事件のあと、ルチアは積極的に意見を言うようになった。立ち位置改善案もその一つである。

 なにより以前に比べて無駄な固さが取れて柔らかくなったというか、落ち着いたというか、とにかくいい感じになったと思う。

 早くきっちり復讐を終えて、欠片の憂いもなく俺たちと共に過ごせるようになってもらいたいものである。


 しかし俺は思うのだ。

 俺って常に抱っこされてるし、ニケの立ち位置どっちでもよくね?





「わりぃが帰ってくれ。アンタらに武器を売るわけにはいかねえんだ。すまん」


 いかにも職人と言った風貌の厳つい顔をしたおっちゃんに、鍛冶屋を追い出された。

 奥から出てきた鍛冶師らしきおっちゃんが、俺たちを見た途端この塩対応である。


「ここもですか」


 店を出たところで抱っこ係のニケが、もううんざりと呆れ声を漏らした。

 評判がいいとセレーラさんから昨日教わった、武具屋鍛冶屋魔道具屋すべてで購買拒否だったからしょうがない。


「昨日の今日でこれか。ずいぶん手を回すのが早いものだな」


 ルチアの言うとおり、これは『リースの明け星』の仕業だろう。

 メンバーの武具や道具の仕入れや手入れだけでなく、各店に素材を卸したりもしていると考えれば、この程度は簡単にできそうだ。さすがでかいクランだけある。


 おかげで時間が余ってしまったな。

 さてこれからどうしようかと思っていると、ルチアがスッと動いた。


「おや、なにやらお困りのようですね」


 ルチアの背中の向こうから声をかけてきたのは、蛇を連想させるようなヌルッとした顔の男だ。

 蛇男は一目で冒険者とわかる屈強そうな男たちを後ろに引き連れている。


「何者だ」


 ルチアの誰何すいかに、蛇男が胸に手を当て腰を折る。


「これはこれは失礼しました。私は『リースの明け星』副リーダー、ジョルジと申します」


 俺たちが店を巡っている情報が伝わったのだろう。噂の『リースの明け星』の、しかも副クランリーダーが出張ってくるとは。

 その口調と動きの大げさ感たるや、まさに慇懃いんぎん無礼ぶれい。こちらを見下しているのが一発でわかる。

 だがさすがにこんな日中の街中で仕掛けてくるとは思えないし、一体なんの用だろうか。


 ジョルジの名乗りを聞いて、ルチアは腰のマジックバッグに手を回し、ニケはすぐに動けるように足を一歩引いた。

 それを見たジョルジが、人をこれっぽっちも安心させないような微笑みを浮かべる。


「そのように警戒されずとも、なにもいたしませんよ」

「そうですか。必要ないかもしれませんが一応名乗られたので返しておきます。僕はタチャーナ。それとニケとルチアです」

「ご紹介ありがとうございます。それにしてもお美しい女性方だ。このような方々をはべらせているなんて、羨ましい限りですね」

「僕の自慢の婚約者でグヒュッ」

「す、すみませんマスター」


 ビクンとなったニケにぎゅむーっと締めつけられてしまった。ルチアもばっと振り返って俺を見ている。


 よく考えたら、二人との関係を誰かに伝えたのは初めてかもしれない。

 俺としては二人に嫁になってもらいたいし、婚約者って紹介したけどいいよね? こっちはほとんどの国で一夫多妻制だし。


「それでこの街のナンバーワンクランである『リースの明け星』の方が、僕たちのような木っ端パーティーになんのご用でしょう。あ、ナンバーワンは人数だけでしたっけ?」

「んだと、このガキィ!」


 嫌がらせのお返しにちょっと煽ってみれば、後ろの男たちが殺気立った。

 それをジョルジが片手を挙げて制す。


「いやはや手厳しい。たしかに仰るとおり、現在我々は『マリアルシアの旗』に遅れを取っています。ですが、いつまでも彼らの後塵を拝するつもりはないのですよ。そのために今日は皆様とお話をしに参ったわけです」

「話とはなんでしょう」

「単刀直入に申し上げましょう。皆様、『リースの明け星』に加入する気はありませんか?」


 なるほど、そうきたか。

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