3-13 「もっ、申し訳ありませんお客様」「なんてことをしてくれたんだ……粗相をするウサギさんにはお仕置きが必要だなあ」「そんなっ、いけませんお客様! ああっ!」みたいなことをした



 五十階層以降の情報をあれこれ仕入れることはできたが、しまいにはまた二人の喧嘩になってしまった。


「はん。なにが『智謀』のジョルジだか。アンタのはただの臆病って言うのよ」

「あなたのような猪魔女に言われたくないですね。そんなことだから『鮮烈』が死ぬことになったのでしょうに」

「あんだって! アンタ言っていいことと悪いことが──」


 グスン、ギネビアお姉ちゃんがジョルジに取られちゃった。


「と、ところで主殿」


 エキサイトして揺れるギネビアさんのプルプルを見物していたら、つつつっとルチアが寄ってきた。


「ん? なに?」

「そ、その……さっき言ったことは、その、本当だろうか」

「さっきって?」

「マスターが私たちを婚約者と紹介したことです」


 ルチアを見ればカクカクと頷いている。

 ギネビアジョルジタッグから情報を得ているときも二人は落ち着かない様子だったが、それが気になっていたのか。


「あー、すまん。勝手に口走ってしまったけど、不服だろうか」

「不服です。大いに不服です」

「えっ!?」

「なっ…………なななな、なしてぇ!?」


 ルチアが大きな目を見開いて驚いているが、俺は目ん玉飛び出てそれに引っ張られて背骨まで飛び出そうなくらい驚いてるよ!

 どうしよう、将来設計が根本から崩れていくんだけど……ウソだろ……ニケは俺の子供産んでくれるって言ったじゃない…………嫌われた? 愛想尽かされた? 目の前が真っ暗だ……泣きそう。


 ギネビアさんがジョルジに向かって、ダマスカスを後ろ暗いやり方でうんたらかんたら糾弾してるのも耳に入ってこない。


「ルクレツィア。私たちはまだマスターから、大切な言葉をいただいていないと思いませんか」

「……なるほど。それはたしかにそうだな」


 …………あれ? なんだかルチアが意地悪な笑顔してる。ニケは隙あらば俺の頭をちゅっちゅしてるし。


「主殿は口数は多いが、大切なことは秘して語らないことが多いからな、うん。そういうところは直してもらいたいと常々思っていた、うんうん」

「ええ、全くです。このように至極重要な議題をなんの断りもなく勝手に決めるなど、言語道断です。まずはしっかりと私たちに告げるべきです」


 これは……わかるぞ。俺にだってこれくらいわかる。

 つまりちゃんとプロポーズの言葉を言えと、そういうことだね?


 えっと……うーんと…………やばい、なにも浮かばない。

 なんか気の利いた言葉を捻り出さないと。


 …………。

 …………無理無理無理。

 こういうときは漱石先生、お借りします!


「月は出ているか?」

「いえ、出ていませんが」


 ジャミルお前じゃない! 間違えた! そもそも、月が綺麗ですねってプロポーズの言葉じゃないんじゃない? 仮にそうだったとしても、いきなり二人に言っても絶対通じない気がするよ!

 えっと……じゃあこれだ!


「二人が作った味噌汁が飲みたい」

「主殿、ミソシルとはなんだろうか」


 そういえばこの世界には味噌がなかった! しかも二人は料理が苦手だった!


 ……もういい。

 こんな遠回しな伝え方は俺には向いてない。

 スパーンといこうじゃないか。


「ニケ、ルチア。俺とけっゴムッ」


 ニケの手でスパーンと口をふさがれた。


「マスター……まさか今告げる気ではないでしょうね」

「さすがにそれはどうかと思うぞ。もっとこう、ムードというものを大切にしてもらいたいものだ」


 どうせいっちゅうねん!


「すぐに聞けないのも残念ではありますが、しかるべき時にしかるべきところで私たちを腰砕けにさせるような言葉を聞かせていただきたいですね」


 やめて、ハードル上げないで! しかるべき時っていつなの! しかるべき処ってどこなの! 今日帰ってからじゃダメってこと!?

 既婚男性はみんなこの悩みを乗り越えているのか……尊敬するしかない。


 ……とはいえルチアは頬とかゆるっゆるにトロけちゃってるし、ニケは俺の頭皮がしっとりするくらいまだちゅっちゅしてるし、断られることはなさそうでよかったよ。


 だが、ホッと安心したのも束の間──ニケの一言で冷や汗が吹き出ることになった。


「それはそうとマスター。仕立て屋になにを注文していたのですか」


 バレてた……。


「そういえば店員とコソコソやっていたな。なんとなくろくでもないもののような気がするが」

「えっと、あれはだな、その」

「見せてください」


 まずいぞ。夜にひんむいた勢いで着せてしまおうと思っていたのに……シラフの二人にあれを見せたら、灰にされてしまうかもしれん。


「それはほら、一身上の都合で」

「いいから見せなさい」

「はい……」


 ガックリうなだれた俺は、マジックバッグから仕立て屋で渡された袋を二つ取り出す。

 俺を下ろしたニケとルチアは中から取り出した服を広げて、しばし押し黙った。


「……主殿、これはなんだ」

「ルチア用の黒バニースーツとタイツです」

「マスター、これは?」

「ニケ用の白バニーセットです」


 ルチアの方にはスーツのお尻には穴が空いていて、ウサ耳カチューシャもない。自前で対応してもらうのだ。

 タイツは残念ながら網タイツではない。こっちにはそんな布地がないから仕方がない。

 だから自分でスライム素材をベースにした、透けて伸びる布を作って持ち込んだ。


 これを着た自分の姿が想像できてきたのか、ルチアの手がぷるぷる震えだした。


「こっ、こんなの……破廉恥はれんちすぎるだろう!」


 裸は惜しげもなくさらしてくれるのに、これはダメらしい。こっちの世界は女性をエロく飾る習慣がないからなあ。

 下着もコルセット崩れとカボチャパンツみたいなのだし、ビキニアーマーなんて当然どこにもないのだ。自作するしかないじゃない。


 真っ赤な顔でルチアが叫んだせいで周りの視線が集まっているが、そんなことより二人への対処に全力を注がねばならぬ。


「いいですかルチアくん。これは私の故郷で用いられる、女性の正統な給仕服です。破廉恥のハの字もありはしないのです」

「こんなものを着て給仕をするのか!?」

「ルクレツィア、マスターの言うことです。話し半分以下に聞いておきなさい」

「ほっ、ほんとだよ?」


 間違いなく給仕服として使われているはずである。極一部の店では。

 ニケはため息をついて、〈無限収納〉にバニーセットをしまった。


「こんなものに無駄遣いをして……これは没収します」

「うあぁあん!」

「……と言いたいところですが、もう作ってしまったものは仕方がありません。許しましょう」


 えっ! それってつまり……。


「着ていただけるということでよろしいのでしょうか?」

「ええ。そもそも黙って作らずに初めから言ってもらえれば、私はマスターの望みを断るようなことはしませんよ」


 それはどうだろう。

 今はご機嫌ニケだから笑っているが、普段のお財布係ニケだったら作らせてとおねだりしても許されるビジョンが見えない。婚約者と紹介して本当によかった。


 ともあれニケの許可は得た。あとはルチアだ。

 ショタピュアアイを発動させ、ジッとルチアを見つめる。


「うっ…………わかった。わかったから、そんなねっとりとなめ回すようないやらしい目でみないでくれ」


 あれ、おかしいな。無垢な子供の目をしてたはずなのに……欲望が漏れ出てしまったのだろうか。


 兎にも角にも、これで目的は達成した。


「よし、じゃあ帰ろうすぐ帰ろう」


 ピョーンと飛び上がって建物の上に着地する。今のステータスならこれくらい朝飯前だ。


「ちょっ、アンタたち!」

「待ちたまえ君たち!」


 なんか雑音が聞こえるが、今はそれどころではないのだ。もうバニーのことしか考えられない。

 さらに二回ほど跳んで、付近で一番高い建物の屋上についた。

 えっと、宿はあっちか。


「勝手に動いてはだめだろう」


 ついてきたルチアにひょいっと抱き上げられる。ニケもすでに後ろにいる。


「ルチア号よ超特急だ。このまま全速力で真っ直ぐ宿に向かいたまえ。そして即着替えるのだ」

「まったく、仕方がないな……頼むから手加減してくれよ?」


 そのままウサギのようにピョンピョンと屋根の上を渡って宿に帰った。


 そこからは朝までノンストップ。お尻を振って誘惑してくるニケも、内股で恥ずかしがるルチアも最高でした。

 バニー効果しゅごい。

 え? なにも忘れてないですよ?

 お客様にお酒をこぼしてしまったウサギちゃんへの折檻プレイもちゃんとやり遂げたし。


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