6-12 カワイすぎた



 トゥバイ一撃で轟沈。

 戦慄の結果ではあるが吹き飛んだりしないぶん地味だったせいで、他のヤツらはしばらく理解が追いついていなかった。


 奇妙な静寂の中から、ようやく動き出したのはダンドンと女魔術師。


「そんな、まさか……トゥバイ!」

「えっ……えっ? ……トゥっ、トゥバイ!」


 遅れて他のパーティーメンバーも続いた。


「くそっ、トゥバイ! 貴様らっ!」


 仲間の一人はそのまま襲いかかってきたものの、ニケに迎撃されて今度は吹っ飛んでいった。

 まだ生きてるし盾とか持ってたし、トゥバイより頑丈な職だったのだろう。


 さらに他のパーティーメンバーも動こうとしていたが、ニケがひとにらみすると息をつまらせる。

 そして硬直させた体を、一段沈み込ませた。


「こっ、これは〈威圧眼〉!? いや、もっとっ」


 そうだよ、その上位版である〈竜の威光〉だよ。

 それを感じ取ったのは大したものけど、抗うことなどできてはいない。

 周囲の数合わせの冒険者などは、軽くニケが見渡せば恐れおののくようにあとずさった。


「ひっ、なんなのこれっ!」

「かっ、体が思うように動かねえ……」


 直接食らっていない者たちにも動揺が広がり、取り囲む輪も広がる。


「う、ウソだろ……群青たちがあんなあっさり」

「スキルでもない一撃よ!? ありえない!」


 それを見てニケがつまらなそうに首を振る。

 〈竜の威光〉も解除したのだろう。冒険者たちが大きく息をはく。


 てっきりそのまま始めるのかと思ってたけど、ニケは俺に顔を向けてきた。


「そういえばマスター、どうしますか。あのイヌ獣人はすぐに治療すれば助かるかもしれませんが──おや」


 ニケが意外そうにしたのも無理はない。トゥバイの仲間の女が、回復魔術を使ったのだ。

 パーティーに回復持ちがいるなんて珍しいな、さすがS級ってことか。

 そしてさらにダンドンがポーションをかけている。


「これなら確実に助かってしまうでしょう。どうしますか?」


 トゥバイだけのことではないだろう。

 ニケが聞いてるのは『皆殺しにするか』、ということだ。


 しかし逃さないように扉の前で仁王立ちしているわりに、ルチアは皆殺しに反対のようだ。


「この人数を全員意図的に、というのはまずいと思うが。少なくとも帝国の基準であれば問題になる」

「えー、そうか? 野盗みたいなもんだろ?」

「しかし前の『リースの明け星』のように、命を奪おうとまではしていないようだからな」


 うーん、たしかに街の中でゆすりたかりに皆殺しで対処は過剰防衛か。一応、社会的地位が高い連中でもあるし。

 こんなクソほどどうでもいいヤツらを殺したせいでお尋ね者になるってのもアホくさい。


 ほどほどに死んでしまう程度なら、罪に問われるのはこいつらだと思うけど。

 俺たちはこの街の領主様とも仲良くやってるから。なぜ二人は「そうでしたか?」「どうだろうか……」と首をかしげているの。


 とはいえそれも勝てば、の話だ。

 負けて物を奪われる程度だと、俺たちの声に周りは耳を傾けることなく、泣き寝入りしなければならない可能性もある。

 侯爵とは仲が悪いようだが、ダンドンは他のお偉いさんにコネもあるだろうし。


 弱者が権力者に理不尽に潰されるのなんて、聖国でも腐るほど見てきた。

 そうなりたくなければ、力を示さなければならない。


 もっとも今回はなにも心配してないけど。

 ルチアとニケも言っていたように、こんな覚悟も持たないゴロツキ相手に二人が負けるはずがない。


「罪に問われるか否かは置いておくとしても、やりすぎるとセレーラも怒るでは済まないかもしれませんね」


 ……それはなによりも大問題だ。

 もうじき俺たちは旅立つ。その前にちゃんとセレーラさんと話をして、仲間に引き込みたい。嫌われるのはなんとしてもさけなければならない。


 うん、生存一択だな。

 もともと誰彼構わず殺したいわけでもない。

 至極真っ当な合理的判断に基づいて、殺すべきときは殺してきただけだ。俺は断じて『狂子』などではないのだ。


 ったく、こんなの生かそうが殺そうが誰かから恨まれるのは確定だし、ほんといい迷惑だ。

 せめてなんらかの形で賠償させたいが、金とかこいつらの持ち物とか、大して興味も──


 いや…………待てよ?

 うまくすればこれは使えるのでは。


「……二人とも、あまり簡単に皆殺しだなんて物騒なことを考えてはいけないよ。大いなる慈悲をもって人に接しなければね」


 仏の微笑みを二人に向けたが、なぜか返ってきたのはまたしても不信の目だった。


「またそんな悪魔のような笑みを……だいたいそう考えていたのはお前だろう」

「どうせ悪いことを思いついたのでしょうね」

「悪いことなんて思いついてないよ! 皆がハッピーピースになる、素晴らしい案を思いついただけだよ! ということでもちろん安全第一だが、可能な限り生かしておくように」

「はいはい、わかりました」

「了解した」


 ちょうどこっちの方針が決まったところで、後ろに下がってトゥバイを治療していたダンドンが出てきた。


 悔しさ、怒り……たぶん恐れとか後悔も。いろいろこもって、顔をクシャクシャに歪めている。


「なぜだ……ついこのあいだまではここまでの力はなかったはず。貴様らは一体なんなのだ!」


 どうやら以前との違いがはっきりわかったようだ。ダンドンも元S級冒険者だったらしいし。

 俺としてはそんなに実感がないが、あのころからステータス値の全てが倍くらいになってるもんなあ。

 普通に考えれば勝てたはずなのだろうが、こっちが例外すぎたということだ。


「通りすがりの新種ですよ。あ、今さら謝っても遅いですからね」

「ふん、誰が! だがわかっているのか、仮に貴様らが勝ったとて、冒険者ギルドが黙っては──」


 そこまで言って、ダンドンはハッとして口をつぐんだ。

 気づいたのだろう。自分のセリフが悔し紛れにバックの威を借る、まさしくゴロツキのものだということに。


 だいたいお前はギルドに背任してるじゃねえか。

 ギルドがそのことを知れば、こいつらを積極的にかばったり、俺たちと敵対するとは思えないな。


 それを聞いていたニケもガマンできなかったのか、一言あるようで前に出た。


「本当につまらないですね、貴方がたは。貴方もどうせ水晶ダンジョンが消えたことについて、私たちが悪いと考えているのでしょう?」

「なにも違わぬだろう」

「そうですか。やはり貴方はエルグレコの言葉に大きな勘違いをしているようですが、一つだけ言っておきましょう」

「勘違い? なにをだ」


 ニケはその問いには答える気がないようで、無視して続けた。


「もし彼が生きていれば、攻略した我々を褒め称えたでしょうね。水晶ダンジョンが消えたことなど笑い飛ばして」

「……馬鹿馬鹿しい、なにを知ったようなことを」


 もうどこかあきらめた雰囲気で言い放つダンドンに、ニケがふっと笑う。


「そうですね」


 それを皮切りに、ようやく始まった。


 彼らにとっての地獄絵図が。







「なんだよこれ、なんなんだよ! こんなの聞いてな──ごガっ」


 縦横無尽に修練場を駆け回るニケを捉えることができず、冒険者がまた一人蹴られて天高く飛んだ。


 扉付近では、いくつか放たれた魔法を物ともせずルチアが集団に突っ込んでいる。


「効かんっ!」


 ストーンブレットなんて、チョップで打ち落としてるし。


「なんだそりゃ!? ふざけっうわああ!」


 そして逃げようとした一人の襟首を掴み、雑に振り回す。


「はっ、離せっやめ、うごぁ!」

「なんっ、ぐあっ!」


 もう一人に投げつけ、クラッシュした二人は脱落。


 見渡してみれば、もはや立っている冒険者は半分もいない。

 当初は人数が多かったから一応慎重だったニケとルチアも、大胆に狩り始めた。このぶんならそう長くはかからない。


 ダンドン? いの一番にニケに蹴り飛ばされてた。

 ニケはフェイント入れてたし、きっとそれなりに強かったのだろうけど。


 そして俺はといえば、さすがにパーティーを相手にするのは荷が勝ちすぎる。自分から攻めるのはやめておいた。


 その代わりに俺狙いで突っ込んできた相手で、ついに無双デビュー!

 ……そう意気込んでファイティングポーズを取って待ち構えていたのに、


「ガキだ! あのガキを、オぎガがが!」


 雷撃バリバリー。


「あのガキを捕まえゴボフッ」


 岩塊ドゴーン。


 ……あの二人本当は、俺よりたくさん目を持ってるんじゃないですかね。

 なので今は修練場の真ん中で、大人しく体育座りしています。一人山崩し楽しいなー。


 それにつけても、これで高ランク冒険者? と思ってしまうが……実際のところ初めから戦う気があれば、こうも脆く崩れたりしなかっただろう。

 覚悟と戦略が無さすぎたのだ。


 たとえばもっと広いところで対峙するだけでも、だいぶ違っていた。

 距離取られて飽和攻撃されたり、バラバラに逃げられたりしたら俺たちもめんどくさい思いをしたはずだ。


 でもここじゃあ同士討ちはするし、ろくに距離も取れない。

 俺たちの力を見くびっていたと言えばそれまでだが、こんなのわざわざ逃げ場のない檻の中に入ってきて猛獣にケンカ売っただけだ。


 ふむ、となると俺は猛獣使いか。

 新しい二つ名として、『純真無垢な猛獣使い』というのを広めてみようか……猛獣扱いされた二人がキレる未来しか思い浮かばないな、やめとこ。

 とりあえず今日の夜は、興奮冷めやらぬ二人が猛獣になるのは見えている。痛くないムチを使って純真無垢にアレコレしてみようか。


 などと考えていたら、いつの間にかほとんど冒険者は残っていなかった。

 その残り少ないうちの一人が目につく。


 黒い三角帽子に黒いドレス──『魔女』ギネビアさんだ。


 彼女がまだ立っていることに驚く。

 最大の障害になると思っていた『マリアルシアの旗』の他のメンバーは、とっくに倒されていたからだ。

 坊っちゃんリーダーなんかは自爆と言ってもいいが。


 戦いが始まってしばらくして──


「こんなことをしてはいけない、ニケさん! あなたはそんな人じゃない! こんなことを望んでいないはずだ! もう彼から自由になるんだ!」

「なっ、ダメだ坊っちゃん!」


 それまで仲間に抑えられていた坊っちゃんが、振り払って前に飛び出てきたのだ。


 そしてニケにぶち転がされた。水切りの石みたいにバウンドして、壁に激突するくらい強めに。

 両鼻穴から血をたらして、どこか幸せそうに気絶していた。


「気持ちの悪い幻想を押しつけてくるのはやめてもらいたいのですが。少しは女を教えておくべきだったのでは?」

「…………面目ない」


 どうやら坊っちゃんは貴族だけでなく、そっち方面もこじらせていたようだ。

 俺の中でちょっと好感度が上がってしまった。

 なにしにきたのやらって感じではあるが。


 そのあと恐縮するオッサンも倒してからは、ニケは各パーティーを回ってつまみ食いするように倒していった。

 自分が狙われるようにだと思う。


 俺は途中からイジケて見てなかったが、旗の中でギネビアさんだけは残されていたようだ。

 危険度は高いと思うのだが、なぜだろう。


 まあギネビアさんは長い杖の先をニケに向けているが、雷光のような動きを追いきれていない。ぶっ倒れている冒険者もそこかしこにいるし、手を出せないでいる。


 なによりオッサンもそうだったが、初めから乗り気じゃなかったようだし。

 結局あきらめて杖を立てたギネビアさんと、視線が交わった。


「坊や……」

「ギネビアさん……こんなことになってしまって残念です……」

「ね、ほんと。しかも負けるし。まさかアンタらがここまでとはねえ。やっぱりなにがなんでも坊っちゃんを止めとくべきだったよ……アハハ」


 やるせなさそうに笑うと、うつむいて目もとを帽子で隠した。

 それを見て俺は立ち上がる。


「でもほら、坊やとアタシの仲じゃない。もう降参するから──」


 そこまで言って顔を上げたギネビアさん。


「ほあたあ!」


 その横っ腹に、俺のガタック風飛び回し蹴りが炸裂ぅ!

 敵を正面にして目線を切るとか甘くない?


 くの字に折れたギネビアさんは吹っ飛び、地面を何度も転がった。

 うつ伏せに倒れてドレスがめくれ上がっているが、カボチャパンツなのが残念である。


「うーん、ニケのようにはいかないもんだな」


 当たりどころはトゥバイと同じだったけど、ギネビアさんは三角帽子だけを残してぶっ飛んでってしまった。

 魔術師のVITならいけるかと思ったのに……ちぇっ。


 というかまだ意識すらあるようで、咳き込みながらも顔がわずかに持ち上がる。


「ゲホッ……ハ、ハハ、ゲホ……やっぱり、坊やは…………ワイ……子だ、ね…………」


 最後に小声でそう言い残し、ガクリと落ちた。


 きゃはっ、こんなときにまでカワイイって言われちゃった。

 うれしさをウクライナ発祥のコサックダンスで表現してたら、ニケとルチアが並んでこっちに注目していた。


「どうなるかと思って残しておきましたが、やはりこうなりましたか。それなりに気に入っていたのに……コワイ人ですね。身が引き締まります」

「改めてニケ殿には感謝するしかない。昔ニケ殿に止められず離脱していれば、たとえ戻ってきたところでああやって地に伏すことになっただろう……考えただけでコワイな」


 よく聞こえないが、どうやら二人も俺を見てカワイイと言っているようだ。

 自分の魅力が度を越しちゃっててコワイ!


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