8-21 (俺は)無双しきれなかった
帝国はおおかた出揃って、隊列を整えている状況だ。
その数は〈鷹の目〉で上から見ればもっとわかるだろうが、万には届いていないように思える。
それでも視界を埋め尽くすほどの陣容は、なかなかに壮観である。
もっともこっちとしては相手の数なんて関係ないし、臆するどころか一人で突撃しそうな者さえいる。
「ルチア、
カラーガード隊も抜かし、先頭を走っていたルチアは大きく息を吐いて速度をゆるめた。
「フーッ……了解した」
「待ち焦がれてた仇がいるかもしれないんだから、気が急くのも無理はないけど。でも、だからこそ冷静に、だ」
少し落ち着いてうなずいたルチアの後ろで、今度はセラが大軍を前にうれしそうにほほ笑んでいる。
「セラ……そんなに血を見たいのか」
「違いますわっ! そうじゃなくて、ティルさんたちの助けにもなりそうでよかったなと。シンイチさんだって、ティルさんを助けたくなかったわけではないでしょう?」
「そりゃ知り合いが死ぬのは気持ちいいものじゃないけどさ……でもそれで三人を危険にさらすのはなぁ」
「わかっていますわ。割り切りができるのはあなたの強みですし、今回の判断については納得しましたわ。ただ……お父様のことを考えたりもするのでしょうけれど、あまり意固地にはならないでくださいませね」
「そうですよ、私はマスターの剣なのですから、好きに存分に振るっていいのです」
意固地になってるつもりはないけど……それに俺としては、剣より鞘としての役割のほうがよっぽど重要なんだけど。
「むーん、わからん……まあ今はそんなことよりルチアの仇に集中だ。この話おしまい!」
強制的に打ち切り、やれやれと首を振る二人から、静かに話を聞いてたルチアに向き直る。
「それでルチアがいた隊は、どの辺にいたんだ」
「中央のやや左翼よりだ」
「じゃ、このままど真ん中ぶち抜くか」
帝国兵は俺たちの姿を認めて、口々にはやし立てて笑っている。降伏するための使者かなにかだと思っているようで、ムダだの戻れだの。
さらには馬に乗った、鎧を身に着けた騎士らしき男二人が前に出てきた。
大樹海は木の密集度もそれほど高くなく、獣人が使う道もあるので、馬での移動も不可能ではないのだ。
「そこで止まれ! 我らは交渉など受けつけぬ!」
問答無用で攻撃されるかと思っていたが、案外律儀なところもあるな。
「ルチア、あれは?」
「違う」
「そうか」
ならばと俺は、カラーガード隊を加速させる。
金属ボディを支える足が、一歩ごとにくるぶしまで埋まる。馬よりもはるかに大きな足音が、その重量を物語っている。
近づいた距離とその音で、カラーガード隊が人ではないことは理解しただろう。
「あれは……なんだ!? おっ、おい! 止まれと言っている!」
槍を横に持って等間隔に広がったカラーガード隊は、呼びかけを無視して加速し続け──衝突。
派手な音を響かせて、一切を跳ね飛ばす。驚きと恐怖で上がった人馬の悲鳴といななきを、断末魔の叫びとした。
そしてそのまま兵たちを押し転がし、踏み潰し、一体が転ぶまで直進し続けた。
「うわあああああっ! なんだこいつら!」
「こっこれぁ人じゃねえ! 人形だ!」
想定していなかった特攻と突進力に兵が腰を抜かしているあいだに、カラーガード隊を俺たちの前と左右に配置させる。
一体ごとに敵を狙わせるような繊細な動きはできないが、力強く振られる槍は大柄なカラーガード隊よりもさらに長い。帝国兵は近づくのも容易ではない。
振り回した槍で人いきれを吹き飛ばしながら、ジョギング程度の速度で進む。
「こんな人数で突撃してくるなんて……おいっ、こっち来るぞ!?」
「ちょっ、おっ、押すな! 下がれっゴぶッ」
数の多さにより暴風圏から逃れきれない兵たちを、容赦なく打ち据えていく。
「誰かなんとかしろぉ!」
「くっそ、オレがやってやる!」
まれにタイミングを見計らって槍で突いてくる兵もいたが、
「かっ硬ぇ!? しまっ──」
アダマントの体には傷一つつけることもできず、体勢が崩れたところを槍で一払い。
「ふははははは! 無敵無敵! 我が隊は無敵ではないか!」
兵たちを薙ぎ倒すカラーガード隊の様は、まるで大型台風のよう。
……なんて悦に浸っていたのだが、俺を抱えて台風の目の中でお散歩するニケから
「マスター、これらは募兵か徴兵で集められた農兵でしょう。あまり調子に乗らないことです」
「なんと、そうだったの」
要するに一般人に毛が生えた程度ってことか。
それを裏づけるように、ある程度深くまで進むと急に攻撃が当たりづらくなった。
さらには何人かで息を合わせて槍で突いてきて、カラーガードがグラつかされることも増えてきた。
「残念ながら無敵終了ですわね」
別に転がされるようなことはないし当たれば倒せてもいるが、思うようには進めていない。
これではとても無敵などとは言えない。
「ムキィ、おのぉれぇ!」
冷静さをかなぐり捨ててシータで兵にイライラをぶつけていると、進軍が遅くなったせいで後方からも敵が攻撃してくる。
「まったく、マスターが冷静さを失ってどうするのですか」
三人が撃退したので問題はなかったが、四方を見回したルチアは驚きの声を漏らした。
「信じられない……まさかこれほど正規兵の割合が高いとは」
なんだかんだで今現在の地点は、帝国軍を半分突破したくらいだろうか。それはつまり農兵が半分くらいしかいなかったということだ。
農兵なんて正規兵の五倍十倍集めるイメージがあるし、この正規兵の多さは異常なのだろう。
「地の利もなく、樹海は進軍にも難しいですからね。足手まといとなりうる要素を極力減らして、正規兵で固めてきたのでしょう」
「それでもこの数を揃えてくるなんて……帝国の本気のほどがうかがえますわね。このままではムダに時間ばかりかかりそうですし、そろそろ私たちも」
両手持ちで物理攻撃していた怒りん棒を、セラは右手一本で持ち直した。
杖先の青い宝玉が、敵を見据える。
「シルフズクラップ」
すべてを一拍で吹き飛ばす、精霊の
不可視の爆弾といったそれは、兵士たちを飛ばし、転がし、誰もいない空白地帯を作り上げた。
風魔術はもとの威力が低いものが多く、シルフズクラップもその例に漏れない。それでもINTの高さにより、ここまでの影響力を生み出せるのだ。
だがセラは、それだけでは満足しなかったようだ。
「もういっちょ、ですわ」
クルクルッと器用に杖を回し、今度は左手で構えて同魔術を詠唱。
空白地帯が前方へと、倍に広がった。
さすが本職魔術師と言うべきか、錬成人になってダブルキャスターとなったばかりなのに、左手での魔術はニケとルチアと比べても遜色ないほどだろう。足のほうは三人ともまだまだだけど。
「さあ今のうちに進みますわよ……なんですのあなたたち、その目は」
ただ……セラにはまだ他にも弾数があるのだ。全然使おうとしないけど。
「いや、もう打ち止めなのかなーっと」
「な、なにか問題ありますかしら」
「全武装を用いろという話だったはずですが」
「ひ、必要があればもちろん使いますわ。でも使わなくても問題ありませんでしょう? ほら、それより急ぎませんと」
逃げるように駆けだしたセラを笑いながら追いかけ、空白地帯を駆け抜ける。
そこからは
俺本体もニケに抱えられながら、たまに兵を殴ったりした。
そして特に詰まることもなく、馬に乗った騎兵……つまり騎士が点在するゾーンへ。
おそらく本来なら部隊ごとに兵と、それを指揮する騎士が整然と並んでいるのだろう。
だが、俺たちのせいでぐちゃぐちゃにかき回され、騎士たちは怒声を張り上げている。
「なにをしている! 相手は指で数えるほどしかおらんのだぞ! さっさとガフッ」
あーぁ、そうやって偉そうにして目立つから、狙われてしまうんだよ。
氷の塊が突き刺さって落馬した騎士を横目に、仲間の騎士が指示を飛ばす。
「くっ、魔術師隊構え! 射線を開けろ!」
どうやら魔術師を抱えている部隊だったようである。
訓練された動きで兵たちが左右に割れると、ローブを着た十人ほどの魔術師の姿が御目見得だ。
「放てぇ!」
横一列に並んだ魔術師たちから、各種魔術が放たれる。
シンプルなブレット系でまとめられているのは、互いの魔術が干渉し合わないようにしているからだろう。
それらはある程度分散して放たれていて、通常であればかわすのは至難の業だ。さすがの練度と言うべきか。
「守護者の大盾!」
だがその全ては、淡い緑の障壁によって遮断され俺たちに届くことはない。
「そんなっ!? 一人で防ぎきった!?」
「お返ししましょう」
攻撃をシャットアウトし、すきをさらしたところに反撃。我が家の誇る盾と剣によるお決まりの流れ。
うろたえる魔術師たちに向け、ニケが投げるようにして魔法を放つ。
放物線を描くのは、バレーボールほどの大きさの光放つ球体。
ゆったりフワリと兵たちの注目を集め、地面に落ちた瞬間──弾けた。
どこにどう詰まっていたのか。
分裂し、地を走るいくつもの雷。不規則な動きで触れるものすべてを焦がし、煙を上げさせる。
もれなく巻きこまれた頼みの綱である魔術師隊の姿に、囲んでいた兵たちもひるんだ。
そのあいだに進路を確認する。
「どっちだルチア!」
「あっちだったと思うが……あった!」
目標となる旗を見つけ、ルチアが盾を突き出して突撃していく。俺たちもそれに続く。
殴り、蹴り、兵たちに宙を舞わせて突き進んでいると、ピタリとルチアが立ち止まった──かと思いきや、突如として高く跳躍した。
俺たちを置いて突貫したルチアが狙ったのは、馬上の騎士。
騎士が驚きながらも手にした槍で突きを繰り出したのは、褒めるべきだったのだろう。
もちろんそんなもの楽々と盾で弾いたルチアが、そのまま剣の柄頭で側頭部を殴る。
たまらず落馬した騎士とともにルチアは地面を転がるが、すぐに立ち上がった。
「サークルエッジ!」
アーツで周囲の兵を薙ぎ倒し、殴られた衝撃が抜けきらずに転がっている騎士の背中を、踏み潰すように押さえつける。
息を詰まらせる騎士を見下ろし、放ったのは底冷えのする低い声。
「……見つけたぞ」
首をよじり、騎士は自分の肩越しにルチアを見上げる。
その表情は、すぐに苦痛から
「ぐぅっ、お前は……そんな、まさかっ…………ル、ルクレツィアなのか!?」
騎士の様子と、激情に駆られたルチアを見れば確認する必要もない。
いたのだ──仇が。
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