8-22 ピョンでコンは称えられた



「とにかく二人とも、急いでルチアのフォローだ!」


 仇のもとへかなりの距離を跳んでルチアは突撃したので、慌てて合流する。

 その俺たちを一瞥いちべつしたルチアは、踏んでいた騎士をこちらに任せて、すぐに他の騎士に飛びかかっていきそうだった。

 ギリギリその前に俺はルチアに飛びつく。


「落ち着けルチア!」


 横から剣を握る腕ごと抱き締めると、ハッとしたルチアが険しかった表情をしおれさせた。


「う……すまない、盾の私がこんな……」

「んなことはいい、けど一人でムチャすんなよな。それで他にもいるのか?」

「あっ、ああ、あっちの二人だ」


 ルチアが指し示したのは、動揺して暴れる馬に手こずっている騎士二人。

 そいつらを目にして、一回まばたき。

 目を開いてびっくりした。

 蹴られ、杖で殴られた二人がこっちに飛んできてたから。


 そしてこっちに飛んでくる途中に空中で激突。俺とルチアの前に転がってきたときには、騎士二人は気を失っていた。

 なんでニケとセラまでガマンできずに突撃しちゃうの? ルチアのこと好きすぎでしょ。


 おかげでみんなバラバラで取り囲まれたが、なんとか無事に再合流。

 周りの兵を遠ざけさせ、カラーガードで騎士たちを捕まえる。暴れようとした初めの一人も雷撃で気絶させられ、同じようにガッチリ脇に抱え上げた。


「よっしゃ目標確保! じゃあラボに──」


 転移が再使用できるまでラボに籠もろうと思ったのだが、それを止めたのはルチアだった。


「待ってくれ。私としてはこのまま来た道を戻ることを提案したいのだが」

「来た道って……そんなものとっくに兵士に踏み潰されてるんだけど!?」

「……そうですわね。まだ余裕もありますし、ルクレツィアさんに賛成ですわ。ウインドブレット」


 やだこの人たち、まだ血を見足りないのかしら。

 そう思っていたら、魔術で兵を吹き飛ばしたセラにテレパスされた。


「違いますわ! そうではなくて、その方が獣人の方たちに少しは助けなるでしょうし」

「……ああ、そういうこと」

「できればでいいのだが。それになによりも、はっきり言ってこいつらをラボの中に入れたくない」


 なるほど……たしかにラボは俺たちの愛の巣だからな。俺も可能な限り他者は入れたくない。

 しかもこいつらはルチアにとって仇なわけだし、その気持ちもひとしおか。

 こいつらの血で汚すなんてもっとイヤだろう。


「まあいい気分はしませんわね」

「同感です。転移できるまでまだ丸一日近くありますし、余力も十分あります。いいのではないですか」


 ニケも賛成してしまったので、普通に離脱することになった。

 距離的には真っ直ぐ突き抜けて離脱するほうが短いし、その案もあるにはあった。だが帝国軍の後方には、精鋭の騎士や魔術師が多数いるはずだ。さすがに危険なので素直に引き返す。


「うわあっ、バケモンどもが戻ってきたぞ!?」

「くそっ、なんでだよ! だっ、誰かいけよぉ!」


 まだやる気十分な後方からの圧は多少あったが、通ってきたところの兵は道を空けてくれた。

 荷物を抱えていながらも行きより楽に進み、もうちょっとで包囲を突破できそうだ。


「なんとかなったか……セラ、ニケ、おまけだ。最後にド派手なのぶっぱなしてやれ」

「えっ? いいですけれど……ああ、そうですわね」

「ふふっ、わかりました」


 フィナーレとなる氷と雷(といちおう土)の共演。

 それらを背に帝国陣地を突き抜け、ミッションコンプリート。

 思ってたより、はるかに楽でよかった。


 あとはもうどうなろうが知ったこっちゃない。獣人になすりつけよう。

 そう思ってそっちに向かっていくと大きな声が上がる。

 それは俺たちと、俺たちが引き起こした事象に向けられた獣人たちの歓声。


 グズグズになった陣形をこの場で立て直すことをあきらめ、帝国が撤退を開始したのだ。

 振り向いてそれを目にしたセラが、うれしそうにイジワルな笑顔を向けてくる。


「狙いどおり、かしら?」

「……別にそこまでは望んでなかったって」


 前面に並んだ騎士がこちらに槍先を向けつつ、傷ついた者や遺体を引きずり森の中へと消えていく帝国軍。

 今回は俺たちの突貫力が高かったから崩すことができたが、その統率された動きはさすが守りに秀でた黒鉄と言うべきなのだろう。


 感心しながらそれを見届けていると、獣人たちが駆け寄ってきて取り囲まれてしまった。


「アンタたち……なんてヤツラだい! まさかアンタたちだけで、帝国を倒しちまうなんてね!」


 バチンバチンとポーラさんが肩を叩いて感謝を伝えてくるが、俺の今のステータスでも普通に痛い。この人やっぱりめちゃくちゃ強いんじゃないだろうか。

 そこに美紗緒と、大泣きしているティルも前に出てきた。


「橘くん……ありがとう」

「スゴイ……スゴイよみんな! うぅっ、ありがとう、ありがとう!」


 ただの成り行きなので、あんまり感謝されても困るのだが。

 泣きすぎてむせるティルの背中をさする美紗緒を見ていると、カラーガードが運ぶ騎士をポーラさんが指差した。


「ところでそいつらは? なんで連れてきたんだい?」

「これは戦利品です」


 首をかしげたポーラさんはさらに詮索してきそうだったが、その前に周りから思わぬ声が漏れ聞こえてきた。


「ピョンコン……ピョンコン様だ」

「ピョンコン様は本当にいたんだ……」


 どうやら彼らの中にも、俺が長たちに伝えた(捏造した)ピョンコン様の話を聞いた者がいるようだ。


「ピョンコン? なんなのそれ?」

「知らねえのか? ピョンコン様ってのは、大昔の大戦で獣人を率いてたすげぇ種族なんだってよ。彼女はその末裔なんだ!」


 さらに知っている者たちが自慢気に周囲に大声で伝え、あっという間に広まっていく。

 そしてルチアに注がれる、キラキラの熱視線。


 勇ましくも先頭に立ち、俺たちを率いて帝国に向かっていった、見たこともない種族の獣人。

 彼らの目には伝説の種族(嘘)であるルチアの姿が、救世主のように映っているのだろう。


 エルフや人間に見える俺たちよりも、知らない種族でも獣人に見えるルチアが救ってくれたと考えるほうが、彼らの中でつじつまが合うだろうし。


「い、いやっ待て違う、違うぞ!」


 慌ててルチアが人化して耳と二本の尻尾を消すが、そんなことではこの小火ぼやは消せそうにない。


 ふむ、これは……まきくべとこうね。


「皆さんもついに理解したようですね、ピョンコン様が実在しているということを。そして見届けましたか、ピョンコン様の勇姿を。感じましたか、ピョンコン様の想いを」

「ピョンコン様の想い? それは一体……」


 伝道者である俺にも、熱っぽい視線が集まる。


「お教えしましょう。なにを隠そう僕たちが帝国と戦ったのは、勇敢な皆さんを死なせたくないというピョンコン様の想いに従ったゆえなのです。僕は危険だからとお止めしたのですが、どうしてもと」

「なんと、ピョンコン様が……」

「まさか生きて戻れるとは思っていませんでしたが、結果はこのとおり……おわかりいただけますか、あれもこれもそれも、全てはピョンコン様の憐れみ深い御心が生んだ奇跡なのです!」


 あきらめかけていた命を救われた獣人たちが、瞳を潤わせる。

 さらに温度と湿度を上げて放たれる視線を一身に受け、俺を抱っこしてたルチアの首絞めにも力がこもる。


「お前はっ! 余計なことをっ! 言うんじゃないっ!」


 一語一語強まっていく首絞め……あと五語くらいで死んじゃうよ? でも負けないっ。

 殺意あふれる妨害にもめげず、俺は声を張り上げる。

 ただただルチアを困らせたい。その一心で。


「さあ皆さんっ、感謝の気持ちをこめピョンコン様をたたえるのです! あそーれピョ・ン・コン! ピョ・ン・コン! どうしました? ほら、お腹の底から声を出して!」


 初めはみんな戸惑っていたが、一人、また一人とその名を高らかに空へと響かせ始める。

 そして巻き起こるピョンコンコール。


 うむうむ、凛々しいルチアもいいが、ヒィと情けない声を漏らして後ずさるルチアもまたカワイイものである。

 やっぱり好きな相手をイジメたく……もとい、様々な表情を見たくなるのは自然なことだと思うのだ。


「まったく、歪んでますわねえ」

「笑っている場合ではありませんよ。明日は我が身……決して他人事ではないのですから」

「……私たちは助け合っていくべきですわね」


 目を白黒させて困るルチアをもっと堪能していたかったのだが、すぐにセラが助け舟を出してしまった。帝国の冒険者はこちらにこなかったが、先に逃げた獣人たちを追っているのではないかと言って。チクショウ。


 ただ、たしかにその可能性は高く、ポーラさんやティルたちは慌てて出発していった。

 あっちと合流したらそのまま西へと向かうそうなので、俺たちはあとから追いかけることにした。

 美紗緒のことは多少心配だが、人数は多いし勇者もいる。

 なにより俺たちには、他にやるべきことがあるのだ。


 放置されている獣人のテントに入り、カラーガードで運んでいた騎士を転がす。

 その衝撃で三人とも目が覚めそうだ。


 さあ、ここからは楽しい復讐の時間だ。


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