8-20 我が為の戦いとなった
結局大人の獣人のうち半数近くが残り、帝国軍と戦って時間稼ぎすることになった。
この中で生き残るのはどれほどいるだろうか。
他の者はその姿を目に焼きつけ、唇をかみながらも子供たちを守りながら北へと向かった。子供を託された勇者たちも同じだ。
その全員が旅立ってもなかなか動こうとしない美紗緒を引きずるようにして、俺たちも北へと向かう。
しばらく進むと小高い場所に出た。
振り返ってみれば、あぐら大岩周辺の開けた空間の北側にいるティルたちを見下ろすことができる。
そしてティルたちとは巨大なあぐら岩を挟んだ、南側。
暗い木々の合間から目に飛びこんでくるのは、金属の反射光。それらが数を増し、ジワジワと染み出すようにあふれ、陽の光を浴びて実像を成す。
帝国軍の御到着である。
ティルたちの姿を認め、どうやら一応は陣形を整えるようだ。そのまま戦いになだれこむのではなく、出てきたところで留まっている。
それなりの数の獣人が残ったことが幸いして時間稼ぎになっているが、それほど猶予はない。
「来たか。こっちも急がないと、あいつらの犠牲がムダになるぞ、美紗緒」
「……わかってる」
同じように眺めていた美紗緒も、振り切るようにして
俺を抱えるニケが、そしてセラが続く。
しかし──そこにルチアが続くことはなかった。
「そんな、なぜだ……」
帝国軍を目にしたまま、ルチアは呆然とつぶやいている。
「どうしたルチア」
「
それってたしか、ルチアが所属していた騎士団のことか。
「なに? 国外にはほぼ出ないんじゃなかったのか?」
目をこらせば、帝国が現れてきている林の奥には黒い旗が見え隠れしている。それが黒鉄の証なのだろう。
「考えてみれば必然かもしれません。テッポウが量産されるようになった
「なるほど……それに帝国の今回の進軍の仕方も特殊ですものね。進んでは陣を敷き、伐採が終わるまでその陣や伐採部隊を守らなければなりませんもの」
「なるほどな。戦術的にも都合がいいし、鉄砲を使う黒鉄自身の手でその道を切り拓かせようってことか」
俺たちはそう納得したが、ルチアはそれどころではないようだ。慌てた様子でマジックバッグに手を伸ばす。
取り出したのは俺が作った望遠鏡。それもほとんど手につかないほど
そしてしばらくして、「あっ」と小さな声を出し地面にへたりこんだ。
心配して声をかける前に、ルチアがゆっくり振り向いた。
「どうしよう、シンイチ……いるんだ」
……おい、まさか。
「私の所属していた隊が、いるんだ」
マジか。
「お前の仇が来てるのか!?」
まるで迷子の子ウサギのような雰囲気で、ルチアは弱々しく首を振った。
「そこまではわからない……隊の全員が来ているかも、私の班の者たちがまだその隊に所属しているかもわからない。だがその可能性が……」
騎士団はいくつかの隊にわかれているようだが、旗などで隊の判別まではできるのだろう。
しかしその中でさらにわかれている班の判別まではここからは無理か。もちろん個人の判別なんて、もっと無理だ。
「ど、どうしよう。どうすればいい?」
……うん?
いやいやルチア、なに言ってんだ?
突然のエンカウントにだいぶ混乱しちゃってるのはわかるけど。
「どうすればって、そんなもん決まってんだろ」
ここから判別が無理なら、方法は一つしかない。
ニケから飛び降り、数を増していく帝国軍を指差した。
「三人とも──全武装の使用を許可する。ルチアの仇を探しに、あん中行くぞ」
そして三人に振り返る。
「そしてもし仇がいたのなら、いかなる手段を用いても必ず捕らえろ……必ずだ!」
反意など
「心得ました」
「お任せくださいませ」
その二人と俺を見上げ、ルチアが瞳を潤ませている。
「二人とも……シンイチ……」
「ほら、ルチアもシャキッとしろ。お前しか仇の顔を知らないんだからな。間違えて俺がわざと殺しちまうぞ」
「ふふっ……ああ、わかった」
俺の手を取り立ち上がったルチアが、二人に続いて装備を取り出す。獣化もして準備を整えた。
俺もカラーガード隊とシータを出して、人形繰りと憑依眼を発動する。この前スキルレベルが五に上がったので、カラーガード隊は四体である。
そんな俺たちを見て、美紗緒がけげんな表情を浮かべている。
「どういうことかまるで話が見えない。戦うの、あなたたち」
「ああ、お前は先に行ってろ」
説明する意味も時間もないのでただ親指で北を示したが、美紗緒は首を振った。
「だったら私はティルのところに行く」
「好きにしろ。邪魔だけはすんな」
今は美紗緒に構っている場合ではない。ずっとお預けにしてしまっていた、ルチアの仇がいるかもしれないのだ。
美紗緒を置いて跳ねるように進み、あっという間に突撃の合図を待っている獣人の後方に出た。
俺たちの先頭に並ぶのは、派手な旗つき槍を手にしたカラーガード隊。
その異様さに
最前列まで到達すると、ポーラさんやティルに見つかった。
「アンタたち、どうしてここに! ってアンタそのおでこの目はなんだい!? それにこの人形は……もしかして一緒に戦いに来たのかい?」
「シッ、シンイチ、なんで……キミたちが戦う必要なんて」
困惑しながら寄ってこようとする二人を、手で制す。
「勝手だとは思いますが、この戦いは僕たちのものとさせてもらいます。皆さんは下がっていてください。ムダに命を散らす必要はありません」
俺たちの最優先事項はルチアの仇。
そいつらを捕らえることをなにより優先するので、獣人に気を使った戦い方をする気などない。
乱戦になってしまえば、俺たちの攻撃に巻きこまれて獣人も数多く死ぬだろう。そうならないための忠告である。
なにより待ち焦がれたルチアの仇を、まかり間違って獣人に殺されたらたまったもんじゃない。
「まさかアンタたちだけで突っこむ気かい!?」
「そんなっ、いくらなんでもムチャだよそんなの!」
「皆さんだって死ぬ気だったじゃないですか」
「それは……でもシンイチたちが命を賭ける理由なんて」
「理由ならあるんですよ」
ムチャとかヤムチャとか、そんなことは関係ない。やらなければならないのだ。
きっと本当にヤムチャだったら、誰か反対するだろうし。三人ともそんな素振りなど
「ま、皆さんはここで大人しくしていてください」
もはや問答は無用と前を向くと、頭をガシガシかきながらポーラさんが大きく息を吐いた。
「ハァー、あんなにアタシらを煽ったくせに、なんなのさ……ったく、死ぬんじゃないよアンタたち!」
そんなの当然とうなずき、俺たちは立ち並ぶ帝国軍に向けまっすぐに駆けだした。
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