8-19 誰が為の戦いだった
驚きと、そしていくぶんかの悲しみとともに、美紗緒が声の発信源であるティルに手を伸ばす。
「わかって、ティル。これが一番犠牲が少なくて済む」
「違うんだミサオ……そうじゃないんだ」
しかし、ティルは掴まれたその手を払い除けた。
どうやら美紗緒への想いだけで反対したわけではないようだ。静まった獣人たちの前でティルは語りだす。
「僕は……僕は今までずっとわからなかったんだ。僕たちは、なんであんな場所で暮らさなければならなかったのか。人間におびえながら、あんな場所で」
チラリとだけ、ティルは勇者たちを見た。
今は勇者たちは違うだろうが、きっとティルにとって人間すべてが恐ろしいものだったのだ。だから森を出ることもできなかったのだろう。
「悔しかった……仲間たちがただ連れ去られていくのを、いつも隠れて見ていなければならなかったことが。だけど勇気がなくて、こっちで暮らす獣人に歯向かうこともできなかった」
正直突っこみたい気持ちもある。そんな語ってるあいだにも、どんどん帝国は近づいてきてるぞ、と。
しかしこれはいい流れのような気がするし、止めるべきではないだろう。
「でも……今ミサオたちに全部を任せてしまったら、それは彼らと同じことをすることになってしまう。そんなの許せないんだ……自分自身を。ねえ、みんなは違うの?」
いつも美紗緒の影に隠れていた男が、美紗緒の前に立ち皆に訴えている。
その言葉は内樹海で暮らしてきたティルの仲間だけでなく、外樹海の獣人にも響いたはずだ。自分たちが犠牲にしてきた者が、他の誰かを犠牲にすることを拒んでいるのだから。
その証拠にさらに静まり、うつむいた彼らの拳は、強く握りしめられている。
「僕はこの前シャニィ様の話を聞いてから、ずっと考えていたんだ。僕たちも自分の力で立ち上がらなきゃならないって。だから……今がきっと……だから、えっと……」
シャニィさんは面倒なことをしてくれたが、その思いに当てられて火がついた者もいたのだ。
たださすがにティルも、みんなも自分と一緒に死んでくれとは言いづらいようだ。
もう時間もないし……仕方ないな。
「ぷっ……くっくっく、無理無理。無理だってティル」
「シンイチ……」
「……橘くん」
初めて見たであろう勇ましいティルの姿に口を挟めずにいた美紗緒が、俺にはキッとにらんでくる。俺がどうしたいかバレてるのかもしれない。
でも止まってなどやらんぞ。
「見ろよティル、こいつらのなっさけない
わかっている。
俺に一斉に向けられる瞳に映っているのが、おびえだけではなくなっていることは。
そしてそこに映るのは、俺に
ティルの火は、こいつらにももう燃え移っているのだ。
だから、俺は
ニケに向きを変えてもらい、獣人たちを見下ろして鼻で笑ってやる。
「ほら、言ってみ。『人間様人間様、大っきらいな人間様、自分の子供を守る気もない僕たちを助けてくださいー』って。『私たち死にたくないんですー』って。『だからあなたたちが死んでくださいー』って。そしたら哀れなお前らを、過保護なこいつらが命がけで助けてくれるよ。ククッ、笑えるよな。よくお前らは獣人の誇りがどうこう言うけどさ、そんなもんどこにあんのかねえ」
さらに変顔でおちょくってやると、だいぶ火がついてきた。
「クソっ、バカにしやがって……!」
「ふざけんなっ! 俺たちは……俺たちだって!」
逆に過保護と言われた勇者たちは、前にシャニィさんに言われたこともあって言葉に詰まっている。
よしよし、この調子でもう一押し──と口を開こうとしたら、大きな手が頭にドスン。強制的に閉じさせられてしまった。
手の持ち主のポーラさんも怒ったのかと思ったが、俺と目が合うとニカッと歯を見せた。
そして次にティルの背中をバチンと叩き、つんのめらさせた。
……痛かったけど、俺たち褒められたのかな。
「アンタたちいいのかい。こんな若い子だけに覚悟させて、情けないとは思わないのかい。あんな子供に好き放題言われて、悔しいと思わないのかい」
ポーラさんに問いかけられた獣人たちが叫ぶのは、
それを聞き、ポーラさんは満足そうにうなずいた。
「そうかい、だったらわかるだろう。この場において、誇りを示す方法なんて一つしかないよ」
目一杯息を吸いこむ。
そして──
「──戦え!」
うひー、身も心も震えるようなすっげぇ咆哮。
「獣人の意地を! 覚悟を! 帝国の連中に思い知らせてやるんだよ! アタシらの爪と牙を、ヤツらに突き立ててやろうじゃないか!」
数瞬の間──そして爆発した。
大きくなってきた軍靴の音を吹き飛ばす雄叫び。
きっと帝国にも届いているだろう。案外びっくりして本当に進軍が止まっているかもしれない。
ちぇっ、おいしいとこポーラさんにもってかれたな。
半ばヤケクソ状態で、やってやると口々に叫ぶ獣人たち。
彼らを前に、ティルが美紗緒に振り向く。
「ミサオ、子供たちのことをお願いできるかな」
「やだ……やだよ、ティル。私もっ」
子供のようにイヤイヤをする美紗緒のほほに手を当て、ティルはその涙を拭った。
「ダメだよミサオ。これは僕たちの戦いなんだ。キミにもらった勇気で戦って、かならず生き残るから……だから、ね?」
もはや生贄のヒツジではない。
戦う覚悟を決めた男の表情に、美紗緒はそれ以上言葉を紡ぐことができなかった。
「……ああやって涙を拭って殺害予告してきた誰かさんとは大違いですわね」
セラはなぜ恨めしげに俺を見てくるのだろうか。
ともかく、本当によく言ったよティル。
お前の尊い犠牲のおかげで、美紗緒は円満に生かすことができるのだから。
「本当にいいのか? ティル殿を助けなくても」
難しい顔をしてルチアが聞いてくるが、俺ははっきりとうなずいた。
「いいんだよ。ここで言い出しっぺのティルだけ逃がしてみろ、全部ぶち壊しになるぞ」
やはりなにより優先すべきは美紗緒の命だ。ティルもそれを望んでいるのだし、文句はないだろう。
……だがもし、もし生き残ることができたら、お前を義弟として認めてやることもやぶさかではない。
だから…………がんばれよ。
──そう思っていたのだ。
帝国が戦場となる集会所に、
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