8-18 蒼穹の外樹海EXODUSだった
帝国襲来を告げた彼は、狩り中に獲物を追いすぎてかなり北へと行ってしまったらしい。
そこで帝国軍を見かけ、大慌てで戻ってきたそうだ。
「来ましたか……マスターが気づいたおかげで、少しは時間の猶予が生まれましたね」
「本当に少しだけだけどな」
うさんくさい俺たちではなく、信用できる仲間の言葉を受けたことで、獣人たちの中を動揺が波のように
すかさずポーラさんやヤロイさんが声を張り上げて代表者たちを動かさなければ、散り散りになって逃げていたかもしれない。数多く生息する樹海の魔物の腹を満たすことにならなかったのは幸いだったろう。
とはいえ、落ち着いたとはとても言えないが。
「ど、どうすればいいのだ! どちらに逃げればいい!?」
「決まっている、とにかく早くトゥーブ様たちと合流しなければ!」
獣人本隊のいる東に向かおうと騒ぎたてる代表者たちに、セラが首を振る。
「ダメですわね、合流どころか伝えるにももう遅すぎますわ」
「遅い? どういうことだっ」
「イタチを尋問して情報を引き出したはずなのは、どなたかしら。帝国の狙いがミスリル鉱床だというその誤った情報で、自分たちの縄張りに皆を引き連れていったのはどなたかしら」
「先ほどヤロイ殿はシャニィ殿がイタチにだまされた可能性もあると仰ったが、彼女から感じられた覚悟を思えば、だまされただけと考えるのは危険だろうな」
ここにいる獣人の多くは知らなかったかもしれないが、シャニィさんには改革の意思があった。それが一連の流れと無関係だとは到底思えない。きっとなにかを起こすつもりだ。
それはつまり──
「──シャニィさんたちネコ系獣人は、イタチや帝国とつながっている可能性があります……もしかしたら最初から。樹海の獣人社会に改革をもたらすために」
いくらなんでも帝国を放っておいて、場当たり的に事を起こしはしないはずだ。帝国となにかしら密約が交わされていると考えるのが自然だ。
派閥の獣人がここに誰一人として残っていないのも、帝国がここにくるのを知っていたから引かせた側面もあるのだろう。
「先日の戦いでイヌ系獣人の策に乗じて帝国に奇襲をかけさせたのも、シャニィの仕組んだことではないでしょうか」
ニケの推測に、ルチアも続く。
「改革するにあたり、イヌ系獣人が最大の障害だものな……だが勇者の奮闘のせいで期待したほどの成果は出なかった。だから今回は邪魔者抜きで、自分たちの手で決着をつけようといったところだろうか」
具体的な改革の内容など知るよしもないが、いずれにせよそれに反対する勢力は叩かなければならない。今ごろあちらは二つの派閥でぶつかり合っていることが予想できる。
もとからそのつもりで全戦力を投入するネコ系獣人と、不意を打たれる手負いのイヌ系獣人──戦いの行方は、火を見るより明らかだ。
初めは信じられない様子だった獣人たちも、二人の説明で表情からさらに色をなくしていく。
「そんな馬鹿な、シャニィ様が……」
「あの娘の気性を思えば、有りえぬ話ではないのぉ。とはいえあれが獣人のためを思っているのは疑いようがない。あまりに無体なことはせぬじゃろうが……」
ヤロイさんの言うとおり、シャニィさんが一族郎党皆殺しというようなことをするとは思えない。降伏すればそれでよしとするのではないか。
それでもなにがどうなっているかわからない以上、近づくべきではないだろう。
「決まりだね。西へ逃げるよ、アンタたち!」
ポーラさんの決定で、方針が決まる。
しかし──それは少し遅すぎた。
風に乗って響いてくるのは、無数の軍靴の音。
まだかすかなものの、恐怖そのものといった足音は木々の合間を駆け巡り、すでに四方を囲まれているかのような錯覚を起こす。
「ああ、すぐそこまで……」
「もうおしまいだ……」
絶望する獣人を横目に、ルチアがポーラさんに訴えた。
「ここまで近いとなると直接西へ向かうのは危険だ。帝国は左右に部隊を突出させる、両翼包囲で進軍してきている可能性がある。そうだとすれば、左右はおそらく足の速い冒険者たちだろうが」
「わかったよ、まずは北へ向かうけれど……」
その言葉が尻すぼみになったのは、わかっているからだ。
このままでは確実に追いつかれるということに。
なにせここに残っているのは、戦いにも駆り出されない非力な者たちだ。それでどれほどスピードが出せるかという話である。
特に問題なのが子供だ。俺より小さな子供すらかなりの数がいる。
ラボに詰めこむといっても全員は無理だし、多少のスピードアップにしかならないだろう。
「ルチア、帝国が追わずに見逃してくれるってことは」
その可能性は考えないほうがいいということか。ルチアは眉間にシワを寄せ、首を振った。
やっぱそうだよな。
もちろんやりすぎれば処罰されることもあるだろうが、戦に勝てば略奪などごく普通に行われている世界だ。こんなカモ集団を前にして、見逃すようなことはすまい。降伏しても、どうなるかわかったものではない。
となると──
「──残って時間を稼ぐ者が必要ですね」
獣人本隊でも対処できるかわからない大群相手の時間稼ぎ。
死ねと言うようなものである。
俺の言葉に顔を引きつらせおびえ、誰か手を挙げてくれと周りを見回す獣人たち。
残っているのは戦いの不得意な者ばかりだ、さもありなん。
そして案の定、手を挙げたのは勇者たちだった。
「よっしゃ、
「うんうん、だから全員急いで逃げててねっ。帝国を引っかき回したら、全速力で追いかけるから」
主要な者が上がっているあぐら大岩の階段から獣人たちを見渡し、ムードメーカーの吉田とカヨが努めて明るく振る舞う。
たしかに勇者たちなら、時間稼ぎしてから逃げられるかもしれない。
だがそれも低い確率としか思えない。剣聖たち聖国相手のときは勝ち目すら多少はあっただろうが、今回は規模が違いすぎる。
それをわかっているからこそ、カヨは共に戦う者を募るのではなく、獣人全員に逃げろと言っているのだ。
そしてそれをわかっていても、他の勇者たちの口からも賛同する言葉しか出ない……もちろん美紗緒も同様だ。
うーん、困ったな。これでは美紗緒がかなりの確率で死んでしまう。
当たり前だが俺は、獣人を守るためなんかに三人に戦わせようとは思わないし。
帝国がどの程度のものかはわからないが、俺たちにとっても危険性のある相手だろう。そんな相手との戦いに参加するべきではない。
これは、俺たちの戦いではないのだから。
「ううむ……今回に関しては道理ではあるのだが、もう少し我々を使うことも覚えて欲しいものだ」
「それだけ大切にされているということは、うれしく思いますけれど」
「そうですね。そのあたりは今後の課題ということで」
なんか三人はよくわからないことを言っているが、俺は間違っていないし三人も納得しているはずだ。
しかしやはりこうなってしまうと、美紗緒と、ついでにティルを拉致して逃げるのが一番だろう。二人に恨まれるとは思うが。
そう考えていると──
「だっ……ダメだよ、ミサオ、みんな! そんなのダメだ!」
──震える声。
それでも、今まで聞いたことのない大きさと強さを持ったその声は、獣人たちが安堵で漏らしていた吐息をかき消した。
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