3-16 実験準備した



 息せききって偵察から戻ってきたぺーぺーくん二人は、残りのパーティーメンバーを集めてわちゃわちゃやっている。こっちにも情報寄越せや。


 一応今回はぺーぺーパーティーに経験を積ませるために、仕切りは任せてあげてくれとセレーラさんからお願いされてはいる。彼らはダイバーとしてレベルを上げたら、ハンターやマーセナリーのギルドにも入る予定らしい。

 それでも問題があったなら情報は共有すべきだろう。ほうれんそうがなってないな、プンプン。


 結局見かねたセレーラさんが、ニケとルチアも含め全員集合させた。

 話を聞くと、どうやらセボンバッファローという魔物の群れがこの先にいるらしい。

 なかなか手強い魔物らしいが気性は大人しく、こちらがなにもしなければ襲ってきたりはしない。

 だから討伐隊は無理せず手を出さなかったのかもしれない。


 だがそれがどうやら、怪我をして動けない個体が何匹かいるらしい。

 ハンターが中途半端に手を出して逃げたのではないか、とぺーぺーくんは言っていた。

 そしてそうなると、近づけば襲ってくる可能性が高いとのことだ。


「迂回したいけど、果樹園の目と鼻の先なんだ」


 ぺーぺーリーダーが舌打ちして頭を掻いているが、迂回はないだろう。セボンバッファローって……。


「あのうまいやつだよな?」

「ええ、そのまま焼いてもおいしいですし、干し肉にしてもいいですね。以前まとめ買いしたものが残っていますよ」


 そう言ってニケが干し肉のでっかい袋を出してくれたので、一つ取り出してかじってみる。やっぱりうまい。

 そのままニケは、全員に配り始めた。


「こっ、高級品じゃないか!」

「それをこんなにどっさり……」


 ぺーぺーくんたちは恐縮しながらかじり、子供たちは大喜びでかじっていた。


「ではやるのだな、主殿」


 とうに武器も取り出していて、ルチアはヤル気満々。

 ニケの手足にも、すでに籠手とすね当てがはめられ鈍い光を放っている。〈無限収納〉であればダイレクトに装備できるが、マジックバッグを装うため畑を抜けた辺りで自分で装備していた。


 しかし俺がうなずく前に、ぺーぺーくんたちから待ったがかかってしまう。


「なに言ってんだ!? 二十はいるんだぞ!」

「俺たちのパーティーでさえ、たぶん一、二匹で精一杯だと思う。ダイバーになりたてのキミたちじゃ、かなう魔物じゃない」


 えっと……たしかに初めの紹介のときに、ダイバーになって二週間です、とは言ったけど。


 セレーラさんに目を向けると、苦笑いで縦ロールをいじっていた。どうやら守秘義務は守ってくれているらしい。

 やっぱり『マリアルシアの旗』に俺たちの到達階層を教えたのは、彼女じゃないだろう。


「皆さんは水晶ダンジョンどこまで潜ってるんですか?」

「十四階層だ」


 胸を張って答えてくれた。

 この年齢で半年でそこまで行ってるならきっと優秀なのだろう。よく知らないけど。


「そうですか、僕たちは三十九です。だから安心してくれていいですよ」

「…………え?」


 フリーズするぺーぺーくんたち。

 別にセレーラさんの後輩の心を折るつもりもないので、フォローは入れておく。


「僕たちはリースに来る前から強かったので早く進めただけですよ」


 いまいち効果なかった。彼らは目を見開いて、俺たち三人の間で何往復も視線を走らせている。

 ニケと俺なんかは特に、見た目弱そうだからなあ。

 とはいえ装備品に良い素材使ってるしシータはいるし、本来なら察すべきとは思うが、まだペーペーだし仕方ないのだろう。


「でも二十匹ですのよ? やれますの?」


 不安からか少し顔をしかめたセレーラさんは、取り出した杖を握りしめている。魔術使い系の職業なのかな。


「セボンバッファローならどの程度の強さかはわかっている。我々であれば問題ない」


 ルチアの言葉にニケもうなずく。

 子供がいるし撤退がきかない以上、危ない橋であれば渡るつもりはないけど、二人揃ってやれるという判断なら大丈夫だろう。


「それでは手早く済ませて……いえ、すみません。私は少し小用が」


 少し離れた場所にある林に、ニケが目を向ける。


「小用って……ああ、おしっこか」

「マスター、もう少し配慮というものを知ってください」

「ほいほい。じゃあどうする? 待ってるか?」

「すぐに行きますので先にやっていてください」


 そう言ってニケは林に歩いていった。


「ふむ……では主殿、行くとしようか」

「おう。あ、ちょっと待った。どうせなら──」





 戦闘は二十分もしないうちに終わった。

 だが特殊な能力はないものの頑丈だったし、巨体を活かした突進攻撃はなかなか迫力があった……のかもしれない。

 俺は警護という名目で、丘の上で子供たちと観戦しながらシータを操ってただけだからよくわからない。


 ニケもしばらくして戦闘に加わったし、もっと早く終わらせようと思えば終わらせられたのだが、俺が注文をつけたせいで時間がかかってしまった。


「ウソだろ……あの数をまるでものともしないなんて……」

「一体レベルいくつなんだ……」

「少なくとも五十には到達してんじゃないか!?」


 ぺーぺーくんたちはあーだこーだ言っているが、俺たちにレベルとかないんだ。強化システムが違う異端種族だから。

 にしても彼らが直接聞いてきたりしないのは、セレーラさんの教育の賜物たまものだろうか。みだりに人のステータスを聞くようなことはマナー違反だしな。


「どうですかセレーラさん、我がパーティーは」


 最大限のどや顔してみたのに、セレーラさんはこちらを見てくれずに、ニケたちを見て難しい顔をしている。


「A級クラスの能力はあるのではと思っていましたけれど、その程度ではありませんわね。間違いなくS級……それにあの魔導人形マギドールはやはりおかしいですわ。あんな動きをするなんて、ありえませんわ」


 人生経験豊富なセレーラさんがこの反応になるのも当然か。

 前にニケに聞いたことがある。

 かつて剣だったころのケーンを振るい歴史に名を残した、いわゆる英雄と呼ばれた者たちのステータス値はいくつだったのか。


 平均三千。もしくはそれ以下。

 特にあるじに強さなど求めてはいなかったと前置きはあったが、それがニケの答えだった。


 レッサーダマスカスゴーレムでアップグレードしたニケのSTRやルチアのVITは、三千近くまで上がっている。

 二人はもう、英雄の域に片足を踏み入れているのだ。

 全開で二人は戦ってはいなかったが、セレーラさんならその力は感じ取っただろう。魔導人形マギドールも見たことがあるようだし。

 

 難しい顔をしたまま、セレーラさんはこちらを向いた。


「あなた方は何者なんですの」


 ステータス上の話ではないだろう。B級になったら俺たちは鑑定されると思っているだろうし。


「僕たちの仲間になれば、一から十まで全部教えちゃいますよ」


 森を出るエルフは、好奇心旺盛な変わり者が多いという。

 セレーラさんがその血をひいているのであれば、好奇心に負けるのではないかとも思ったのだが──


「やめておきますわ。やっぱり少し聞くのも怖いですもの」


 クスクス笑って流されてしまった。無念。


「いやいや、全然怖くないですよ。人畜無害さには定評がありますから」

「全く信用できませんわね。あなたを無害と表現できるのであれば、この世はすでに世紀末ですわ」


 そんなに毎日ヒャッハーしてないよ! するのは賊に対してだけなのに……。


「仕方ないですね、今は引いておきます。じゃ、行きましょっか」


 うなずいたセレーラさんや子供たちを引き連れ、丘を下っていく。

 ルチアたちに近づくにつれ、ウーウーとうなり声のハーモニーが聞こえてくる。


「……まだ生きてますの?」

「ええ。実験とレベル上げをしようかと」

「実験……子供たちの前で変なことはしないでくださいましね」

「しませんよ。僕をなんだと思ってるんですか」


 怪訝な顔をするだけで、答えてもらえなかった。

 ひどいものである。


 子供たちの前でやるんじゃなくて、子供たちにも手伝ってもらうだけなのになー。


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