3-15 ピクニックデートみたいなものだった
「こら、ペル! 列から離れるんじゃない!」
俺が新人冒険者と判断した少年の声が、街に隣接した畑に響く。
思ったとおり、五人組の彼らは孤児院出身で半年前にダイバーになったばかりだそうだ。
十二歳を越えると大体の子は孤児院から出て働きに出るらしく、彼らはみな十三歳である。
やはり社会に出ると一気に成長せざるを得ないのだろう。年齢の割に、ずいぶんしっかりしていると思う。
とはいえまだまだ無駄に緊張していて、冒険者としてぺーぺー感丸出しではあるが。
「お前もまだダイバーになって二週間のぺーぺーじゃん! ってツッコんでもいいんだよ、シータ」
カシャンカシャンと足音で返事をするシータの頭を撫でる。まったく、無口な照れ屋さんだぜ。
現在、俺はシータに肩車されて街道を進んでいる。
この辺りは魔物もほとんど出ないとはいえ一応街の外なので、大人で子供たちを囲う陣形を取っている。そのためニケとルチアとは離れて移動しているのである。
というかぺーぺーパーティーに、そう指示されてしまった。
仕方なく自分で歩いていたのだが、そうすると子供たちがやたら俺を仲間に引きずり込もうとするのだ。
そこで急きょシータを起動させて、その上に避難することにした。さすがに〈憑依眼〉は不使用だけど。
子供たちはシータに大興奮して、突撃して装甲に頭をぶつけて泣いたりしていた。でも三百六十度回転する球体関節を生かした高速メリーゴーランドをやってあげたら、ひきつった笑顔になったから大丈夫。
ちなみにセレーラさんやぺーぺーくんたちには、シータはアーティファクトだと言ってある。
ぺーぺーくんたちは素直にうらやましがっていたが、セレーラさんは釈然としない顔をしていた。
「なにを一人でブツブツ言ってますの」
そのセレーラさんは、俺と一緒に
最初はもっと距離を取っていたのだが、あまりにも平和なので結局ダベりながら歩いている。
ニケとルチアも、子供たちと楽しそうに手をつないだりなんかしている。ニケは子供が苦手なら無理しなくてもいいと思うのだが。
「シータと漫才の練習をしてたんです。ほら、見てください。このキレのあるどつきツッコミ」
人と同じ形状のノーマルハンド装着中のシータに、ビシッと手の甲で叩く動きをさせる。
常人に食らわせれば、粉砕骨折させること請け合いである。
「ツッコミというのは格闘術の一種ですの?」
「なんでやねん」
軽ーくはたこうとしてみれば、セレーラさんは「ひいっ」と大げさによけた。異文化交流って難しい。
にしても、思っていたより素早い動きだったな。
「あっ、危ないですわよ!」
「危なくないようにやったつもりですが……ところでセレーラさんって結構レベル高いんですか?」
「え? ああ、そうですわね。これでも元B級ダイバーだったんですのよ」
「そうだったんですか」
「ええ。私もあの子たちと同じように、あの孤児院を出てダイバーになったのですわ」
「なるほど、それでナディアさんとも親しげだったんですね」
「あの子も孤児だったんですの。小さい頃はあれでいてお転婆だったのですわよ」
「ええ!? 意外ですね」
このマリアルシアという国は他種族に対して差別が少なく、亜人獣人も多く住んでいる。その中でも珍しいエルフの血がセレーラさんには入っているから、人間より寿命が長い。
セレーラさんが何歳なのかは知らないが、長い間あの孤児院と関わってきたのだろう。目を閉じ、懐かしむように穏やかな笑みを浮かべていた。
でも歩きながら目を閉じたら……あっ、つまずいた。
つい笑ってしまったらキッとにらんできたので、ヒューマンビートボックスで誤魔化しておく。
「普通にすごいですわね、それ」
妹を驚かせるために、一時期相当頑張ったからなあ。セレーラさんも驚いてくれたようでなによりだ。
しばらくやっていたら、子供たちが聞きつけてマネをしだした。
ぼんどぅんぱっとぅ、って合唱しながら行進していく。うん、もう完全にただの歌だね。
「……あなたはなにも言わないんですわね」
「なにをですか?」
「私の喋り方や髪型についてですわ」
セレーラさんはうかがうようにこちらを見ながら、縦ロールを伸び縮みさせている。
むむむ、言ってもいいのだろうか。
「その縦ロールがヘトヘトに疲れ果て柳のように垂れ下がるまでいじくり倒したいです」
「聞いた私が馬鹿でしたわ……大体の方は私が孤児であることを知ったらこう言いますのよ。『孤児風情が気取るな』と。冒険者の方などは特に」
たしかに俺も初めプライド高そうだと思ったし、こちらでもお高くとまって見えるようだ。
ただ、俺は孤児だからといってどうこう思うことはないな。っていうか──
「冒険者がですか? よくわかりませんね。自分の子供だって、自分が一歩間違えればすぐ片親や孤児になるでしょうに」
リースの街には孤児が多い。孤児院もセレーラさんがいたところだけではなく、他にもいくつかある。
ダイバーという危険な稼業で生計を立てている者が多いのだから当然の話だ。
「そうですわね。でも、孤児は負け犬の子供だと
セレーラさんの『ですわ縦ロール』は、そういった侮蔑に抗ってきた証なのかもしれないな。
まあそういう者たちが多いのも、わからない話ではない。
ステータス上で優秀な職業やスキルなどを持った親からは、優秀な子供が産まれやすいのだ。死んでしまうような親を持った子供は、大したことがないと思われがちなのだろう。
ほんと不公平な世界だよ。
この世界は産まれ持った才能で、大きく将来が左右されてしまう。だから貴族制度が地球の歴史と比べて、ずっと長い間続いている。
そのせいで技術や文化も育つのが遅い。魔物という、人類の敵の存在を踏まえてなお。
恩恵を受けまくってる俺からすれば、ありがたい世界だけれど。
「そうだったのですか……でもセレーラさんが子供のころから変わってはきているのですね。何世紀も経てば、人の意識も変わるものなんですね」
「そんなに経っていませんわ! もうっ、デリカシーのない人ですわね」
セレーラさんは柔らかそうな頬っぺたを膨らませてしまった。
ニケといいセレーラさんといい、なぜ女性というのはことさら年齢を気にするのだ……いい女なら何歳であろうと関係ないと思うのだが。
「あー、えっと、でも今はこの子たちは張り倒したくなるくらい元気でいいことじゃないですか」
「本当に張り倒しそうで怖いですわね……それもこれも領主様のおかげですわ。先代も立派な方でしたが、現在の領主様は輪をかけてできた方ですのよ」
「今回のこれも領主様の意向なんですよね?」
俺たちが現在どこへ向かっているかと言えば、ライチ果樹園である。
それを孤児院の子供たちが収穫して、売ったお金が孤児院の運営資金に足されるのだ。
と言っても、もとから群生していたライチの木を塀で囲っただけの果樹園らしいが。
それでも安全な土地が少ないこの世界では、果物なんて嗜好品で高価なものだ。かなりの額になるだろうし、形だけでも自分たちの食いぶちを自分たちで稼がせるなんて、悔しいがいい方策である。
しかもライチ採集の前に、数日に渡って魔物狩りも行われている。
そのためにボランティアを集うのだが、これは兵士募集も兼ねているらしい。そこで目に留まった者は、兵士として雇用してもらえるのだ。
兵士は冒険者なんかより安全で安定しているし、そこから領主御付きの騎士にまで登り詰めた者もいるとのことで、毎年かなりの人数が参加するようだ。
「領主様には足を向けて眠れませんわ。子供たちが飢えることがなくなりましたし、孤児院に目をかけてくださっているので表立って悪態を吐くような人も減りましたのよ」
おのれ領主め……セレーラさんからの尊敬を頂戴するなんて。やり手であるのは確かだろうが。
あっ、そういえばセレーラさんは包容力のある男が好みだと言っていたな……貴族なんてみんな太った豚みたいな見た目だろう。
恋人や夫がいないことは前に説教部屋で聞きだせたのだが、まさか……。
「セ、セレーラさんは領主様のことをお慕いしていらっしゃるのですか……?」
「なんでそうなりますの。見当外れもいいところですわ」
いかにもバカバカしいとため息混じりで、セレーラさんが半目で見てくる。どうやらウソではなさそうだ、よかった。
「ですよね! 本当はセレーラさんは、子供が好きなんですよね? 性的な意味で」
「違いますわ! 子供たちの前で、人聞きの悪いことを言わないでくださいませ!」
「ええー、でも……」
シャツのボタンを大胆に五つ目まで外してパタパタさせると、セレーラさんの長い耳がちょっと朱に染まる。
「やはり」
「こっ、これはそういうのではありませんわ。あなたの見た目と言動が不釣り合いで少し変な気分に……いえ! 変な気分になどなっていませんわ!」
ふふふ、どうやらこのギャップに
これからは悪逆無道の錬金術師の名を捨て、魔性のショタ真一と名乗ってもいいかもしれない。
ということで、いっそのこと上半身裸で進むことにした。
しかし、なぜだろう……たまにサスペンダーをパチンパチンして気を引いてみても、哀れみの目で見られてしまう。裸サスペンダーは、この世界にはまだ高度すぎたらしい。
一度休憩を挟み、街を出てから二時間ほど。周りはもう畑ではなく草原になっている。
魔物とはまだ遭遇していないが、出てきてもおかしくはないので上着はちゃんと着た。
もうすぐ目的地というところで、先行して偵察していたぺーぺーくんの二人が、丘の向こうから慌てた様子で戻ってきた。
どうやらついに魔物のお出ましのようだ。
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