4-27 名前がついた



 マジか……。


 アダマンキャスラーの全体像が明らかになってきたことで、実物を見たことのないルチアと俺が言葉を失う。

 岩山だと思っていたのは、アダマンキャスラーの背中に乗っている積載物でしかなかった。


 なんというか……歩くサッカースタジアム?

 もうとにかく大きい。想像してたより断然。


 そんな物がゆったりとしたペースで、丘の上に姿を現したのだ。

 まだ距離があるので細部についてはわからないが、存在感がとてつもない。


「……そろそろ散歩も終わりにしてお家帰ろうか」

「主殿、ここまで来てそれはないだろう」


 一応冗談ではあるけどね……でもあんな生物が存在しているのが、ちょっと信じられない。

 俺たちあんなのと戦うの?


「もう少し近づいてみましょう」

「なあ、この車って大きめの人工物と判断されない? されたらいきなり襲ってくるんじゃね?」


 なにもしなければ人に反応するようなことはなく、馬車でも素通りできるとニケからは聞いている。

 しかしこの車は馬車よりもだいぶ大きいのだ。


「それは……どうなのだろうか。行ってみるしかないのではないか?」


 言うが早いか、クソ度胸のルチアがエンジンを吹かす。

 歩いて行くって手もあると思うんだけど……でもアダマンキャスラーの移動スピードは相当遅いようだし、車なら逃げられるか。


 さすがのルチアもここは飛ばすようなことはせず、アダマンキャスラーの正面から少し外れたところをスピードを抑えて近づいていく。


 そしてアダマンキャスラーのディテールが判明してきたのだが、なんとも奇怪な生物だった。

 たとえて言うなら……カメに昆虫とゾウを混ぜて超絶的に大きくしたような感じだろうか。


 まず頭部以外の体は昆虫のように二分割されていて、どちらも甲羅に覆われている。

 全体的に色は黒いが、特に甲羅の上部は漆黒である。その部分がアダマントと呼ばれる素材のようだ。


 足は前方の小さな(それでも巨大な)甲羅から二本、後方の大きな甲羅から六本の計八本が生えている。

 ゾウのように寸胴で太くたくましく、並の民家であれば足一本でペチャンコにできそうだ。


 そして首はカメのように、小さな甲羅の中に引っ込んでいるように見える。伸ばしたら長いのかもしれない。


 だがその頭部はカメとは違い、顔の中心部が船のイカリのような形状になっている。

 ハンマーヘッドシャークのハンマーが、イカリ型になってるような感じだ。そのせいでつっかえて、甲羅にすっぽりとは頭部が入らない。

 そのイカリの上下には、四つずつの小さな目がついている。


「思ったより高さはないか」


 たしかにルチアの言うとおりかもしれない。

 後方の胴体には岩が乗り土が堆積し、まばらに木々も生えている。そのせいでわかりづらいが、土台となっている甲羅はかなり平らだ。

 そのせいで高さに関してはそれほど高くない。もちろんその大きさから比べれば、の話だが。


 そして後方の六本足を交互に動かしていて、上下の揺れも目立たない。

 甲羅から真下にではなく、かなり横に出てカーブを描いて接地している脚の形状も、揺れの少なさの理由かもしれない。


「なあ、なんであいつ岩なんて乗っかってるんだ?」


 土なら自然に積もったと考えられるし、木が生えるのもわかる。

 でもかなりのサイズの岩がゴロゴロしている理由がわからない。塔のように積み重なってたりするし。


「わかりません。考えたこともありませんでしたが……かつて幾度か見たアダマンキャスラーも、岩が乗っていましたね。人が乗ることを嫌うので、探索したことはありませんが」

「投石器などの攻撃で乗った……というには大きすぎるか。なぜだろうか」


 二人はそう言って首をひねっている。


「うーん、なんか大きさ以上に気味が悪い生き物だな。うまく言えないんだけど」


 なんとなく、『トレーラー』という単語が思い浮かんだそのとき──


「って、おい! 反応したぞ!」


 アダマンキャスラーの足が止まった。

 やはり長かった首がニュルッと伸びて持ち上がり、顔がまっすぐこちらに向けられる。バランスとして、一般的なカメよりよほどその首は長い。

 まだ二、三百メートルは離れているが、ここまで届くんじゃないかとすら思えてしまう。

 その圧倒的なでかさに息を飲む。


「どうする主殿。止まるか?」


 さらにスピードを落としたルチアが、緊張した声で問いかけてきた。


「……いや、このまま横を抜けてみよう。まだ興味を持った程度に見えるし、よく考えたら釣れたら釣れたでラッキーだ。ニケ、あいつは特殊な攻撃方法はないんだよな?」

「はい、私の知る限りでは」


 討伐した経験はニケにもないらしいが、何度か戦ったことはあるそうだ。その言葉を信じる。


 アダマンキャスラーに比べたらちっぽけで頼りなく感じてしまうモンスターSUVが、ゆっくりゆっくりと進む。

 ヤツの巨大な頭は、こちらを追いかけて伸ばされている。


 そして前方の胴体の真横にまで来たとき──


「……襲う気はないみたいだな」


 ──首が収納され、前を向いたアダマンキャスラーは止まっていた足を動かし始める。

 その振動に車体が揺れる中、緊張から解き放たれた俺たちは息を吐いた。


 さて、ここからどうしたもんかなあ。

 一応俺の中での第一目標はヤツの進路変更で、第二がアダマンキャスラー素材だ。怖かったけど、モンスターSUVで釣れたら楽でよかったのに。


 こうなったらあれを試してみるか。


「ルチア、ヤツをぐるっと回って追い抜いてくれ」

「了解した」


 アダマンキャスラーの左側から、右側に大きく回る。

 ヤツのスピードは、時速十キロも出てないだろう。簡単に抜かすことができる。

 ちなみに尻尾とかはなかった。


 アダマンキャスラーを追い抜かし、しばらくしたところで車を止めてもらう。そしてすぐさま車の上に登った。


「マスター、なにをするのですか?」

「一当てしてみようかと思ってな」


 ニケに答えながら、天井のカバーを開けた。




 そして数分後──


「主殿、これはなんだ?」


 車の上には、土台つきの赤い筒が取り付けられていた。長さは俺の身長くらいで、筒には俺の頭がすっぽり入る。


「よくぞ聞いてくれた、ルチアよ……これこそが秘密兵器、魔導砲である!」


 魔導砲の仕組みとしては魔石の魔力を暴発させるので、魔石爆弾の亜種ともいえる。

 ただこちらはそのエネルギーだけを発射するので、絶対かっこいいはず。


 もともと構想上では、モンスターSUVは魔導砲を備えつけた移動砲台となる予定だったのだ。そのために設置箇所と、魔導砲の土台だけは作ってあった。

 ただ、なぜ土台だけだったかというと……。


「マスター……それは昔、大失敗に終わった物では」


 白い目で俺を見るニケの言うとおりである。

 ニケのホムンクルスボディを作る以前、手持ちの魔導砲を作ろうとして盛大に失敗して大怪我した。

 そのせいで魔導砲計画は頓挫とんざしたのだ。


 だが一昨日こっそり作った今回の魔導砲は、以前とはものが違う。


「なにをこっそり作っているのですか……」

「安心したまえ、ニケくん。たしかに前のは無属性魔石を使ったせいで爆発したが、これは違うのだ。遠くに発射するためにちょっとは無属性も混ぜるけど、主に火属性魔石を使うからな」


 前の手持ち魔導砲は、強度不足ゆえに爆発の憂き目にあった。

 しかし、この大型魔導砲は強度を高め、なおかつ六十階層以降で手に入れた素材をふんだんに使った火属性スペシャルなのだ。


「そんな物を上で使って、ダグバは大丈夫なのか?」

「……ルチアちゃん、ダグバとはなんだい?」

「この自動車の名前だ。強そうだろう?」


 いつの間にか勝手に名前がつけられていた。


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