4-28 対ショック対閃光防御はしなかった



 不安視する二人を説き伏せ、アダマンキャスラーの歩行による振動に揺られながら魔導砲発射のタイミングを待つ。


 すでに円筒型の弾はセットしてある。

 念のため魔導火線を繋げて、ダグバからは距離を取っている。あくまでも念のためだよ。危険なんてないよ。


 アダマンキャスラーは、もうこちらに興味を示すこともなくまっすぐ歩いている。

 まるっきり無視というのも腹立つな。目にもの見せちゃる。


「魔導砲発射用意。セーフティーロック解除。ターゲットスコープオープン」

「なにもしていないように見えるが、主殿はなにを言っているのだろうか」

「どうせいつもの遊びでしょう。気にするだけ無駄です」


 そうだけどさ……もうちょっとノッてくれてもいいじゃない。

 あ、ヤツが射線上に来ちゃった。


「えっと……以下略! 魔導砲、発射ぁ!」


 掛け声に合せて、魔導火線の先につけてあるトリガーを引く。まあただの飾りなんだけど。

 本命は普通に流した魔力のほうだ。


 魔導火線を伝った魔力が、弾に込められている粉末魔石に影響し、暴走を引き起こす。

 ジジジジと焦げつくような音とともに、砲身の口先から赤い光が漏れ出した。


 固唾を飲んで俺たちが見守る中、それはついに決壊。

 魔力で生み出された熱エネルギーが一気に吐き出され、赤く輝く光線がアダマンキャスラーに向け照射される。

 想定と違い、やや膨れてしまっているのは砲身が短すぎたせいだろうか。

 多少範囲は広がってしまったが、光線は前方の甲羅を捕えた。


 丸みを帯びた甲羅に弾かれ、中空に咲くのは彼岸花のような美しい花。

 その光景に、二人は目を見開いている。


「主殿! すごいじゃないか!」

「まさか成功するとは思いませんでした」

「本当はもうちょい収束させたかったんだけどな」


 それでも初めての試射としては十分な成果かな。


 やがて魔導砲の照射が終わり、花も散った。

 周囲に訪れたのは、照射前に勝る静けさ。アダマンキャスラーが立てる地響きも止まっているのだ。


「やったか!?」

「見ればわかるでしょう、やれていません」


 だよねー。

 甲羅はわずかばかり赤みを帯びて煙を上げているが、溶けたり砕けたりまではいたっていない。

 相当いい魔石使ったのにこの程度なのか……。


 そして、煙を上げている物はもう一つあった。

 魔導砲である。

 砲身が煙に包まれ、ぐにゃりと自重で曲がってきている。


「むう、あれだけの素材を使ってもダメだったか」

「分析している場合か! ダグバが!」


 慌ててルチアがダグバに飛び乗った。魔導砲の土台部分をなんの迷いもなく剣で叩き斬り、砲身を蹴り落とす。

 なんというか、ルチアのダグバへの愛着がすごい。魔導砲も頑張って作ったんだけど……そんなに車を気に入ったの。


 ちょっと嫉妬していると、ニケが俺を持ち上げた。


「マスター、危険です」


 俺の「なにが?」と尋ねた声は、地響きにかき消された。


 アダマンキャスラーがこちらに顔を向け、体の向きを変えようとしているのだ。

 これは……見事ロックオンされたのかな?


「よっしゃ、乗り込め!」

「……ダグバにですか?」


 この期に及んで、そんな嫌そうに言わないで欲しい。

 アダマンキャスラーを釣るために魔導砲を撃ったのだ。ロックオンされてるダグバで引っ張らなければならない。


 なんとかニケが乗り込み、先に乗っていたルチアがハンドルを握る。

 そのタイミングでボンネットに影が差した。

 フロントガラス越しに見上げてみると、アダマンキャスラーが長い首を伸ばし、高々と頭を持ち上げていた。


「やばっ! ルチア!」

「ああ!」


 急発進──次の瞬間、車体が跳ねた。

 一瞬ダグバの制御を失ったが、すぐにルチアが立て直す。

 振り返ってみれば、アダマンキャスラーが地面に斜めにめり込ませた頭を引き抜いていた。


「あんなもん食らったらひとたまりもないな。十分距離は取ってくれよ」

「了解だ」


 旋回して、アダマンキャスラーが来た北東へと進路を取る。

 アダマンキャスラーもゆっくり進むダグバについてきている。上手いこと釣れたようだ。

 って……どんどん加速してる!?


 ドゴドゴと地響きの間隔も短くなり、おそらく時速三、四十キロくらいまで速度が上がっている。

 さすがにこのくらいで頭打ちのようだが、あの体でそんなスピード出せるのかよ。

 大迫力のカーチェイスではあるが、ダグバであれば余裕を持って対処できる。


 そう思って気を抜いていると、ルチアが急にハンドルを右に切った。

 Gに体が傾く中、突然左前方の地面が爆ぜた。

 飛び散った土砂がダグバに降り注ぎ、鈍い音色を奏でる。


「なっ、なにごと!?」

「わからん! 〈獣化〉!」


 ルチアがケモルチアになって、〈直感〉を〈第六感〉に格上げする。そしてすぐさま今度は左にハンドルを切り、右側の地面が爆ぜる。

 間違いなくアダマンキャスラーによる、なんらかの攻撃だろう。


「ニケ、これなんだ!? やつは特殊な攻撃持ってないんじゃないのか!?」

「私にもわかりませんっ。初見の攻撃です、ひぅっ」


 攻撃というより車の挙動にビクついているニケに手を離してもらい、シートを乗り越えリアガラスに張りついた。

 見ればアダマンキャスラーとは十分に離れている。頭が届くような距離じゃない。


 そのとき、正面から見てわかるくらい、アダマンキャスラーの喉が膨らんだ。そして軽く首を伸ばしながら──


 そこでハンドルが切られて俺はシートに転がったが、それをたしかに見た。


「冗談だろ……息かよ、これ」


 やつは軽く首を伸ばすのと同時に、顔のイカリの下にある口を丸く開いていた。おそらく、吸い込んだ空気を砲弾のように発射しているのだ。

 あのサイズだと、息すら武器になるのか。


「ルチア、もっと距離取れ!」

「わかった!」


 蛇行しながらダグバのスピードが上がる。

 ただの空気であるなら、すぐに拡散するから射程は短いはず。

 案の定、ある程度離れるとその破壊力は急速に落ちた。直撃したところで耐えられそうだ。

 アダマンキャスラーもそれを理解したのか、空気砲を撃ってくるようなことはなくなった。


 カーチェイスどころかカースタントになってしまったが、もう大丈夫だろう。

 山場を越え、ニケシートの上に戻った。


「すみません、マスター」

「別にニケのせいじゃないだろ。あんな攻撃してくるなんて……あれは賢い個体なのかもしれないな」

「そうなると、この状態をいつまで続けられるか……かなり距離をあけているし、やつが見切りをつけるのも早いかもしれん」


 ルチアの予想どおり、飽きてしまったのか疲れたのか、三十分もしないうちにアダマンキャスラーは立ち止まった。

 素直に引き返す気はないようで、ゆっくりと体の向きを変えて南へと進んでいく。


 多少進路が変わりはしたが、まだまだ足りないだろう。

 それでも進路変更は、俺たちだけでもなんとかやれる手応えはあった。


 では次の目標である、アダマンキャスラー素材の強奪作戦を考えるとしようか。



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