4-29 作戦会議された



 アダマンキャスラーの後ろをトロトロと走りつつ、改めてニケに聞いてみることにする。


 昔ニケが戦ったときには、遠距離攻撃持ちを並べて撃退したという話は聞いている。

 だが素材の奪取を考えると、できれば他の方法を探したい。


「ニケ、あれって討伐されたことあるんだろ? あんなのどうやって殺したんだ?」

「私も一例しか知りませんが、かつてとある国が成しとげました。方法としては前後の胴体の連結部分に集中して攻撃を重ね、断ち切ったそうです」


 要するに国の総力を挙げて戦ったってことか。

 あんなの個人でどうこうできるような相手じゃないもんな……。


 だがたしかに倒せれば甲羅であるアダマントを莫大な量得られるし、国として狙う価値はあるだろう。

 それに前後の胴体の連結部分は狭くて狙いづらくはあるが、くびれて細い。甲羅もないし、討伐したいならそこを攻撃するのがよさそうだ。


 そう考えていた俺に、ニケは「ですが」と続けた。


「結果として、その国は滅びることになりました」

「……なんで?」

「分かたれた胴体が制御を失い、それぞれ闇雲に暴れたせいです。そのせいで軍は壊滅し、都まで破壊されました。特に後方の胴体は三日三晩暴れ回り、最終的に湖の底に沈んだそうです」


 骨折り損過ぎる……。

 前方の甲羅でも相当な量のアダマントは得られるが、そんだけ国が弱ってしまえば他の国からそれごとカモにされるだけだろう。


「我々の狙いは討伐ではないが、凄まじい生命力だということはよくわかるな」


 ほんと、あの堅牢さだけでも厄介なのに……ちょっとやそっとじゃ、動きを鈍らせることも難しそうだ。


「ブラック三郎丸を思い出すな」

「誰ですか?」

「聖国で俺が飼ってたゴキブリだ」

「なにを飼っていたのですか……」

「あいつらも結構かわいいところがあるんだぞ? たとえば」

「いい! 聞きたくない! ニケ殿! アダマンキャスラーに無策で乗るのは危険なのだな?」


 そんなに毛嫌いすることないじゃない。


「ええ。ああ見えてかなり敏感なようで、背中に人が乗ると揺すってきます」


 あのサイズだと少し体を揺すっただけでも、上に乗っている者には大きな揺れになる。まともに乗り続けるのは至難のわざか。


 しかし上に乗るのもダメとなると、やっぱり遠距離攻撃が安定だろうが……そうするとたぶんアダマントは、小さなかけらで少しずつしか取れない。

 単なる素材としてはそれでも問題ないが、俺たちの強化素材としては十全には活かされない。


 俺たちの〈アップグレード〉で魔物の素材を使用するとき、ある程度まとまった塊であれば部位にちなんだステータスが上がる。その場合はステータスの伸びが高くなる。

 この世界にはレベルとかがあって、魔物に限らず生物にはステータス上でプラス修正が働いているためだと考えられる。まとまった塊のときは、そのプラス修正ごと俺たちは取り込んでいるのだろう。


 塊の大きさは魔物の大きさにもよるので一概には言えないが、アダマンキャスラーであれば一抱えくらいの大きさは必要だと思う。

 特にアダマンキャスラーは高い守備力が持ち味なので、甲羅の大きな塊を手に入れたいところだが……。

 うーん……さすがにあれは、無理をするにはリスクが高すぎるか。


 仕方ない。アダマンキャスラーの甲羅としての素材判定にならないただのアダマントでも、それなりにステータスが上がると思う。

 残念だが今回はそれで我慢すべきだな。


 そう俺が決心していると、ルチアが口を開いた。


「ならば、ヤツがなにかに気を取られていれば乗れるか?」

「それは可能かもしれませんが……なにかとはなんですか? ダグバでは難しいでしょう」


 魔導砲はもうないし、釣れたとしてもアダマンキャスラーにあまり派手に動き回られては、やつに乗っているのも難しくなる。


「私がいるだろう」

「それって……まさかルチア、あいつに挑発入れるつもりか!?」


 前を向いて運転したまま、ルチアはコクリとうなずいた。


「ルチア……そうか……ごめんな、きっと俺がエロいことしすぎたせいなんだろうな」

「私は正気だっ」


 いやいや。頬を膨らませたりなんかしてるが、あんなのと真っ正面から対峙しようとか、どう考えてもイカレてるでしょ。


「さっきあいつが頭を叩きつけたの見ただろ? 地面を豆腐みたいにえぐってたぞ。あんなもん食らったら……」

「トウフというのはわからないが、食らわなければいいだけだ。たしかに威力と範囲は脅威だが、私のAGIでも十分対応できる速さだ」


 本当かよ……そこまではっきり見てたのか? 慌てて車を発進させてたのに。なんかウソ臭いぞ。ルチアはたまにやたらと好戦的になるからなあ。

 また戦闘狂の血が騒いだのかと思い、ルチアの顔を覗きこんでみた。


 おや……特別高揚している様子は見受けられないな。

 むしろ妙に冷静な表情で、ニケに顔を向けた。


「ニケ殿。のためには、ここは賭けるべきだと思うが」


 そう言ってルチアは顔を前に戻したが──とても引っかかる。


「おい、私たちの目的ってなんだ。水晶ダンジョン攻略のことじゃないな? ニュアンスが違ったぞ」

「いや? 水晶ダンジョンを攻略することだが」


 あれ、ウソはついてないように感じる……なんか意味ありげに感じたけど、気のせいか?


「いずれにせよ危険すぎる。却下だ。な、ニケ」


 なにか考えているようで、ニケは少しのあいだ反応しなかった。

 まさか賛成とかしないだろうなと思ったが、それは杞憂に終わった。


「……そうですね。私も反対します」

「ニケ殿、それは私には無理だということか?」


 ルチアは食い下がろうとしているが、ニケは首を振った。

 当然の話だと思ったら、今度は楽観しすぎていたようだ。


「勘違いしないでください。反対の理由は貴女の問題ではないのです。問題は私の方にあります」

「どういうことだ?」

「現時点での私の攻撃能力では、たとえアダマンキャスラーに乗れたとしても、甲羅を大きく削り取る目処が立たないのです」

「ニケ殿のステータスでもか……」

「甲羅の再生能力も高いですし、過去の戦いをかんがみればおそらく間違いなく。もし私が、剣であった頃の私でも持っていれば話は別ですが」

「なるほど、ではなにかしら攻撃の手立てがあればいいわけか。ならばこういうのはどうだろうか。たとえば──」

「いえ、それでは──」


 え、この人たちなに言ってるの? なんか二人で作戦会議しだしたんだけど…………なにこの流れ。


「待て待て待て! 正気かお前ら!?」

「心配するな、主殿はラボで待っていてくれればいい。私たちが素材をもぎ取ってくる」

「ルクレツィアにその覚悟があるのであれば、私としては止める理由はありません。無論、攻撃方法の目処が立てばですが」


 おかしいおかしい。絶対おかしいよ。

 仮に水晶ダンジョンの攻略が必須であれば、ここで賭けるという選択は大いにアリなのだろう。もしアダマンキャスラーの素材を得られれば、攻略はグッと楽になるだろうから。


 だが、攻略は必須でもなんでもないのだ。危なすぎる賭けをする必要なんてないのだ。

 なぜ二人はそこまで攻略にこだわる?


 俺の疑問を見透かしたかのように、二人が微笑む。


「すまないな、主殿。だが水晶ダンジョンの攻略なんて武人として、この世界で生きてきた者として、夢にも思わないような快挙だからな。どうかワガママを許して欲しい」

「マスターとルクレツィア、そして今の私が歴史に名を残すまたとない好機です。逃したくはありません」


 一度は奴隷にまで堕ちたルチアが、剣ではなく人としてのニケが、なにかを成し遂げた証を打ち立てたいという気持ちはわからなくはない。

 本当にそれが理由なのであれば、俺が邪魔をするべきではないのかもしれないが……。


 悩む俺に構わず、二人はまた作戦会議を始めてしまった。

 わかったよ……もう止めはしない。

 俺もできることを全力でやろう。


 ニケの膝から降りて二人のあいだに座った俺は、二人の体に手を伸ばす。

 そして全力でツンツンコチョコチョした。

 邪魔してるんじゃないよ。励ましのスキンシップだよ。


 ……後ろのシートにポイッてされた。

 でも負けない!


 簡易式の加熱魔道具とフライパン、そして仕込みが済んでいるパンを取り出す。

 全力でおやつ予定だったフレンチトーストを作り始めてみた。

 邪魔してるんじゃないよ。戦いの前の腹ごしらえだよ。


 今度は止められなかった。でも、できたはしから二人の手が伸び、かっさらわれていく。

 俺の分すら残らなかった。


 そんな俺の献身もあり、二人は策を編み出してしまった……。

 それは完璧とは言い難いが、俺からも十分光が見えてしまう策だった。


「どうでしょう、マスター。これならいけるのではありませんか?」

「むぐぐぐぐ…………ハァ、わかった。降参だ」


 決して邪魔をしていたわけではないが、俺は二人に白旗を上げた。


「では許可してもらえるのだな?」

「しょうがないだろ、止めても二人だけで突っ込んでいきそうだし」


 ニケとルチアは顔を見合せて笑っている。


「まったく、なんて自分勝手なやつらなんだ」

「マスターに言われたくはありませんね」

「私たちも主殿に影響されているのだろうな」


 なんだか二人の笑顔を見てたら、心配する必要なんてないんじゃないかと思えてきた。

 これからもその笑顔を見続けるために、今度こそ全力でやってやろうじゃないか。


「さっきの作戦だが、そのままじゃたぶんダメだから修正するぞ。あと、保険はかける。いいな?」


 二人は揃って力強く頷いた。




 その日は遠距離攻撃に終始することになった。

 ニケは魔法、ルチアは魔術で甲羅を攻撃。ルチアの防御力を少しでも上げるという保険のために、欠片のアダマントを集めるのだ。

 俺は作戦のために魔石爆弾を投げて、アダマンキャスラーの後方胴体の積載物を一部分排除する。


 途中で何度かアダマンキャスラーが釣れたが、その度にダグバで逃げた。図らずもだいぶ進路変更ができたのではないかと思う。

 釣れたときに、ルチアが挑発を入れてターゲットを取るのも少し練習。冷や冷やしたが、攻撃を食らうこともなく無事に終わってよかった。


 それとルチアがターゲットを取ったさい、ニケが止まっている足を攻撃してみていた。

 だが出血させる程度のことはできても、すぐにその傷はふさがってしまう。決定的なダメージを負わせるにはやはり攻撃力が不足しているようだ。

 シータと俺本体も足を殴ってみたが、なんの足しにならなかったよ……。


 暗くなるまでそれを繰り返し、ルチアを強化する分のアダマントが貯まった。

 ただのアダマントでもルチアのVITとMNDが千近く上がってびっくりしたが、その効果が発揮されないことを願うばかりである。

 残りのアダマントは盾の新調と、ある物を作るのに使った。


 そして夜の営みはほどほどにして、早めに就寝することにする……つもりが、みんな気持ちが高ぶってるせいでいつもより盛り上がってしまった。

 最後は気を失うように寝た。




 そして運命の朝がくる。

 いよいよ決戦だ……頑張りまぁす……ふあぁ。


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