4-26 黒かった



 爆走すること五時間。

 二度目の給油ついでに、少し休息を取ることにした。ソファーを出して、外で遅めの昼食を食べる。


 車はこんな長距離走らせたのも初めてだったので点検したが、特に異常はなかったしタイヤもまだ変えなくてよさそうだ。でも、さすがに不安になったのでエンジンを冷ましたい。

 まさかルチアがあんなに弾けるとは思わなかった。


「素晴らしいな、自動車というのは。もう少しでティンダーにも着いてしまうのではないか?」


 おむすび三つをペロリと平らげたご機嫌ルチアの言うとおり、ティンダーもだいぶ近いだろう。


 ギルドのおとり部隊が魔獣馬車で迂回するか馬で真っ直ぐ向かうかわからないが、どんなに急いでもティンダーに着くのでさえ二日はかかるはずだ。

 やつらがたとえ今日出発したとしても、俺たちの方が二、三日は早くアダマンキャスラーと接触できる予定だ。


「でしたらもっとゆっくりでもいいのではありませんか……」


 弱りきっているニケは俺を正面から抱き締め、ずっとほっぺ同士をすりすりしている。

 生きてる実感でも味わっているんだろうか。おむすびがすごく食べづらい。

 あ、梅干し(自家製)だ。


「ほら、ニケの好きな梅干し入りだ。お前も少しは食べときな」

「はい……あーん」


 体を離しておむすびを口もとに持っていくと、パクりと食べた。口をすぼませて、プルプル震えている。


「んん……生き返りますね」

「本当にニケ殿は乗り物が苦手なのだな」


 ルチアは苦笑いしているが、俺もあれはどうかと思うよ?

 サスペンションとタイヤでも衝撃を吸収しきれなくて、ニケと一緒に車の天井に何度か頭ぶつけたし。

 おかげで一回目の休憩のとき、即席でシートベルト作る羽目になった。


「別に苦手などでは……」

「ニケよ、しょうもない理由で苦手になったなら、今のうちに言っといた方がいいぞ。なんか壮大な原因があったんじゃないかと、想像の中でハードル上がっちゃうからな」

「しょうもなくなどありません! ……あっ」


 ふふ、ついに苦手だと認めたな。


「マスターは意地が悪いです……」


 観念したのか、ため息を一つついてからニケは話し始めた。


「ハァ、仕方ありません……あれはもう二百年近く昔になるでしょうか。当時は魔獣馬車の黎明期でした──」


 ニケの話を簡単にまとめるとこういうことだ。


 魔獣馬車が世間一般に広まっていったころ、開発競争も激しくなった。

 新たな魔物や新たな車体が次々と試され、そうなれば当然事故も起こる。


 その頃のニケもまた、新型魔獣馬車に乗せられ事故にあった。

 他の魔物に襲われ、馬車をひく魔物が暴走したらしい。調教が不十分だったせいだろう。


 その結果、崖下に転落して、ニケの所持者を含む乗員全員が絶命した。

 剣だったニケは、当然自力では動けない。

 結局二十年近くを崖下で過ごしたらしい。


「んー……しょうもないような、しょうもなくないような」

「マスターにはわからないのです……呼べど叫べど応えるのは獣ばかりという悲しみが。このままここで土に埋もれ、永遠の時を過ごすのではという絶望が……ふふふ」


 黒ルチアに続き、黒ニケまで顕現けんげんしてしまった。


「な、なんというかそれは災難だったな、ニケ殿。想像はつかないが、乗り物が嫌いになるのも納得だ」

「特に信頼できない乗り物は、どうにも落ち着きません……」

「安心していいぞ、自動車は信用と実績あふれる乗り物だからな。俺がいた国なら、一家に一台くらいはある」

「こんな物が一般的に使われているのですか!?」

「ウン、ソウダヨー」


 ちょっとだけだいぶ違うけど。


「しかしニケが飛行機乗ったりしたら、どうなっちゃうんだろうな」

「……なんですか、その響きからして不吉な物は」

「空飛ぶ乗り物だ。普通に使われてるぞ」


 ルチアとニケは飛行機を想像してか、共に空を見上げた。

 ただし、表情は正反対と言っていいが。


「空を……そんな物まであるのか」

「マスターの世界には頭がおかしな者しかいないのですか?」

「なに言ってんだ。少なくとも目の前に頭がおかしくない者がいるだろう」


 ……。

 ……なぜ二人して同じ顔でそっぽ向くの。


「それにしても主殿のもといた世界は、聞けば聞くほど摩訶不思議なところだな」

「まるでおとぎの国のようです」

「それはこっちのセリフだっての。でも二人にも俺の世界を見せてやりたかったよ……無理なんだけど……ふふふ」


 黒真一まで出てしまった。


 その夜は、みんなで心の傷やらなにやらをたっぷり舐め合いました。






 翌日の昼過ぎになっても、俺たちはまだモンスターSUVに揺られていた。


 昨日ティンダーの町に少し寄って情報を集めたところ、キケラ山という高い山の方角からアダマンキャスラーは向かって来ているそうだ。

 今日に入ってそのキケラ山が見えてきたので、それを目印に丘陵地帯を進んでいるが、アダマンキャスラーとはいまだに出くわしていない。


 ちなみにアダマンキャスラーの情報は、大樹海に住む獣人からもたらされたらしい。

 マリアルシアは獣人への迫害などはほとんどないため、それなりに交流を持っているのが幸いしたのだろう。


「入れ違いになったりしてないよな……」

「見晴らしもそれなりにっ、いいですし、それはないと思いますぅっ」


 車にもだいぶ慣れたニケだが、大きな振動がある度にまだ体はビクついている。


 ……しかしニケの声ってクールだし、ちょっと機械的だよな。


「なあニケ。『────』って言ってみて」

「それはなんの占いですか」

「いいからいいから」

「はあ、わかりました……『ポーン。目的地まで、この先三キロメートル、直進です』」


 おー、似合ってる。


「ポーンというのはなんなのですか?」

「様式美だ。ルチア、ニケナビどおりに進めばきっと出会えるぞ」

「なびというのはよくわからないが、ちょうどこの先に小山があるな。あのあたりで少し休憩にしようか」


 ルチアが言っているのは、なだらかに続いている丘の向こうに見える岩山のことだろう。

 周りは背の高い草に覆われている中で、突如として岩肌が露出しているので浮いて見える。


「そうだな、小腹もすいたしおやつでも……」

「止まってください!」


 突如発せられたニケの緊迫した声に、ルチアが急ブレーキをかける。


「ニケ殿、魔物か?」

「いえ……ある意味ではそうですが」


 俺の肩越しに出した手でニケが指差したのは、真正面。休憩しようとしていた岩山だ。


「あの山がどうか……んん?」


 じっと見ていると、丘の向こうにある岩山が少しずつ隆起しているように見えた。

 錯覚……じゃなさそうだ。今まで見えていなかった岩まで、丘の向こうに見え始めた。


 しかもそれらが徐々に大きくなっている……というか、近づいてきてる!?

 さらにはズシンズシンと一定のリズムで、地響きまで聞こえてきた。


「あー…………もしかして、あれって」

「はい、アダマンキャスラーです」


 どうやらニケナビは、きっちり機能していたらしい。


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