4-25 ついにあれの出番がきた



 街を出ると、指示したわけでもないのに二人が走り始める。


 低く跳ねるように突き進む方角は、北東。

 その先を進めばティンダーの町、さらにずっと進めば大樹海がある。


「どこへ行こうというのかね。そっちに行ったら、でかい魔物がいるのだよ?」


 そして昨日セレーラさんから聞いた、アダマンキャスラーが確認された方角でもある。


「散歩ですよ。マスターの望みどおりの」

「初めからそのつもりだったのだろう?」


 ちなみに走るときなどは、普段の脇から抱えられる抱っこではなく片手や両手でお姫様抱っこされる。今はニケの両手お姫様抱っこだ。


「ま、狙うだけならタダだからな」


 やはり俺たちの種族特性的に、『強い魔物イコール強化素材』という方程式が思い浮かぶのは仕方ないことだと思う。

 しかもアダマンキャスラーは、いくらでも高めておきたい防御力が高いのだ。


 以前レッサーダマスカスゴーレムで強化したときに感じたが、防御力が上がると安定感や安心感がまるで違う。

 単体相手なら攻撃重視でも乗り越えられるが、複数相手や連戦だとMNDや、特にVITは要のステータスになる。生きてさえいれば、俺が治療できるし。

 それにアダマントだってもちろん欲しい。


 たとえ俺たちが失敗したところで、リースが困るようなことにはならないだろう。アダマントの奪取を試す価値はある。

 もちろんヤバくなったらトンズラするけど、時間稼ぎにもなるだろうし。


「お前らだって、うまそうだと思ったんじゃないのか?」

「ふふっ。正直に言えば、アダマンキャスラーの名前を聞いてまず強化のことが頭に浮かびましたね」

「このような危機に不謹慎かもしれないが……考えたな」

「だろ?」


 ギルド側の印象が良ければ、こっちの手を晒してでも協力して戦う気はあったが──


「怪しいですね」

「向こうがどうであれ、こうなった気がする」


 ──……あいつらとは協力できない。

 そもそも動きがトロすぎる。可能な限りティンダーの町から遠いところで仕掛けた方が、進路を変えさせるのも楽だろうに。

 俺だってリースになくなられては困るし、本当なら昨日のうちに出発したかったくらいだ。

 だから今回はあれを使う。


 しばらく進んで街道が二股になっているところで二人を止めた。


 昨日セレーラさんが見せてくれた地図に載っていたとおり、道は東と北西には続いているが北東にはない。ティンダーには他の街を経由する街道しかないのだ。

 最速で行くには野原をかき分けて進まなければならない。


「ということでニケ、自動車を出してもらおうか」


 ニケは無言で再び走り始めた。


「待てやあ! 今回は車! 絶対!」

「走った方が速いです」

「瞬間的にはそうでも、長距離ならわからんだろ。なにより疲れるからダメ。万全の体調で挑むべき相手のはずだ」

「あんな物を使ってなにかあれば、体調どころではありません」

「なんもないから。大丈夫だから、な? ……こら! 無視すんな!」


 結局三十分ごね走りを続け、ようやくニケが止まる。


「本当に使うのですか……」


 心底嫌そうにしながら、ようやくニケが車を出してくれた。

 よかったよ……知らぬ間に解体されてなくて。


「おお! これが自動車という物か……なんともたくましいな!」


 目を輝かせるルチアがたくましいと表現するのも納得だ。俺が作ったのは、日本で一般的に走っているような車じゃないからな。

 それはもちろん舗装された道がないせいなのだが、だからといって普通のオフロードカーではない。


 ニケの身長と同じくらいの高さの異常にでかいタイヤ。高すぎる車高。

 見た目としては、いわゆるモンスタートラックと呼ばれるような車だ。車体はトラックではなく三列シートのSUVだが。


 これは別に俺の趣味でこうなったわけじゃない。

 サスペンションのせいである。


 この世界には馬車よりも速い、魔物にひかせる馬車がある。調教師がしつけた獣タイプの魔物にひかせるのが一般的なので、魔獣馬車と呼ばれている。

 ただ、それでも平均時速は二十キロとかだろう。


 自分なりに魔獣馬車用のサスペンションに手を加え、頑丈にしたりなるべく振動を吸収するよう頑張ったが……俺の知識では限界があった。

 自動車でスピードを出すと、とても乗り続けていられないようなものにしかならなかったのだ。


 そこでサスペンションはある程度であきらめ、タイヤで振動を吸収させることにした。

 加工されてないべとつくようなやつだが、一応ゴムは見つけてある。それをスライム素材と混ぜて、タイヤというには非常に柔らかい巨大タイヤを作ったのだ。


 だからタイヤの磨耗は相当早いだろうし、燃費も悪い。

 でもスピードを出しても乗っていられるようにはなった。


 つまりこの車がモンスターSUVとなったのは、必然によるものだったのである。

 案外気に入ってるけどね。走破性も高いし。


「乗ってみたいか、ルチア」


 ルチアは興奮気味に周りを回ったり、タイヤを触ったりしている。

 ついでにニケは、ツバでも吐きかけそうな顔で車をにらんでいる。


「ああ、面白そうだ」

「そうか。むしろ俺たちが乗せてもらうんだけどな」

「それは……私にこれを操れということか!?」


 ルチアは驚いているが、残念ながら他に適任者がいないのだ。


「俺はこの身長じゃ無理だし、ニケは言わずもがな。運転できるのお前しかいないんだよ」

「ほ、本気か? 私にできるのか?」

「操作自体はすごく単純で簡単だぞ。ちゃんと説明するから」

「ルクレツィア、断ってもいいのですよ。断りたいはずです。断りなさい」


 不安とニケからのプレッシャーにより悩んでいたが、少しして──


「よし……やってみる」


 ルチアはうなずいてくれた。

 せっかく作った車が無駄にならずにすんでよかった。


 ルチアの気が変わる前に、後方のタンクにガソリン代わりの無属性魔石の粉末を入れ、ぐずるニケのお尻をひっぱたき車に乗り込む。

 一列目のシートも真ん中で分かれてたりしないので、三人で余裕で座れる……のだが、俺はニケの膝の上できつく抱き締められている。


「じゃあ説明するぞ。これがハンドルで、方向を決めるやつ。で、足元に三つペダルがあるだろ? そのペダルに魔力を流せば動くんだけど、走り始めるときは右。速くなってきたら真ん中。もっと速くなったら左を使うように。それとこのレバーがブレーキな」


 しょせん素人の手作りだから、いろんな部分で簡素化オリジナル化はしょうがない。窓とか取り外し式だし、見えないところはもっとひどい。

 でも素材は相当いい物使ってるので、いきなりタイヤが外れたりとかはないはずだ。たぶん。


 俺の説明を、ふんふんとルチアは真面目に聞いている。

 そのあといくつか質問に答えて、ついに出発することになった。あとは運転しながら慣れてもらうしかない。


「で、では行くぞ」


 さすがにおっかなびっくりでルチアがペダルに足を乗せた。

 ゴウンとエンジンがうなりを上げ、「ひうぅっ」とニケが悲鳴を上げる。


 人力シートベルトが苦しいが、ニケも今回は締め落とさないよう我慢している。なんとか呼吸はできる。

 ルチアがすぐに足を離したし。


「あっ、主殿! なんだか爆ぜたような音がしたぞ!?」

「爆発してるからな」

「爆発!?」

「車とはそういうもんだ」


 たしかそうだよね? 素材の強度任せで適当に作ったけど、きっと合ってる。大丈夫。


「問題ないのか? 本当に……」


 ルチアも怖がりだしたし、これは走った方が早かったか……。




 そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。




 三十分後──


 流れる景色、雄叫びを上げるエンジン。

 だだっ広い野原を、モンスターSUVが爆走する。


 本物のモンスターは恐れをなして裸足で逃げる。もしくは巨大タイヤの餌食に。

 悲鳴すら上げなくなったニケの締めつけは、すでに容赦がなくなった。


「はっはっはっ! 主殿、これは楽しいな!」


 こいつ……スピード狂……だ…………。



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