4-24 さらばリースだった



「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってくれ!」


 ギルドを出て二人に道を指示したところで、ゼキルくんが追いかけてきた。


「無理です。彼らと信頼関係は築けません。よってともに行動はできません」

「いや、でも……」

「主殿の言うとおりだ。力を試したければ正面からぶつかってくればいい。あれはただ我々を打ちのめし、上下関係を教え込もうとするくだらん儀式だ。それをくつがえした我々を、面白く思っていない者も多いだろう」


 スタスタ歩き続ける俺たち(俺以外)に小走りで追いすがるゼキルくんを、ルチアが憤りを隠さずに切って捨てた。

 妙に実感がこもっているルチアの言葉に、ニケも賛同しうなずいている。


「後ろから斬りかかられる心配をしながらの戦闘など御免です」

「さすがにそこまでは……」


 ゼキルくんには悪いが、なにを言われようと絶対無理なのだ。


「そうでなくとも、突然の不意討ちを笑って流そうとするトップの下では働けません。僕たちのことは諦めてください」


 ダンドンみたいな己の豪快さに酔ってるようなタイプは、生理的に受けつけない。じんましんが出ちゃいそうだ。


「そんな……えっと、どこへ向かっているんだ?」


 ゼキルくんは来た道とは違う方向に進んでいるのに気づいたようだ。


 俺たちの進行方向には、東門がある。


「このまま街を出るつもりです。協力して戦う気も失せましたし、ここにいても危険なだけですからね。契約を果たせなかったこと、セレーラさんには謝っておいてください」


 ゼキルくんがぴたりと足を止めた。


「そう、か…………わかった。キミたちには失望したよ」

「僕たちをそうさせたギルドを恨んでください」


 ゼキルくんは拳を握り締め、走ってギルドに戻っていった。

 その姿を見送ってから、俺たちは再び門へと歩く。


「やはりこうなりましたか」

「主殿ならこうすると思っていた」

「さて、なんのことかしら」

「そういえばルクレツィアは随分腹に据えかねているようですが、昔なにかあったのですか?」

「ん? ああ……騎士時代によくあったのだ。指導だなんだと言って、突然襲いかかられたりな……むろんほとんど返り討ちにしたが……ふふふ」


 おおう、久々に黒ルチアが。

 まれにあるのだ。なにかの拍子に昔を思い出したルチアが、瞳を濁らせてたりすることが。


 そういうことがあった日は夜が激しいが、喜んでばかりもいられない。やはりきっちり復讐は成し遂げないとな。


「ダンドンみたいな脳みそまで筋肉っぽいの、ルチアは嫌いじゃないんじゃないかと思ったけど」

「……お前はどんな風に私を見ているのだ」


 最近ではルチアはツッコミのときとかお前って言ったり、夜に抑えがきかなくなったときとかは真一と叫んだりもすることもある。

 すっかり遠慮もなくなってきて、いい傾向だ。


 それでも立てるべきところでは俺を立ててくれるし、いい嫁さんになりそう。


「シンイチさん」

「ニケちゃん……なんで新妻感満載で甘〜くささやいたのかな?」

「お気に召しませんでしたか?」

「……ぜひ夜にお願いします」


 すんごいゾクゾクした。


「まあダンドンは私が師事していた方に少し雰囲気は似ていたが……あの方は礼儀には厳しかったからな。根本はまるで別物だな」


 方向性が違うだけで、体育会系であることには違いなさそう。


「そか。それならすっきりするまでもっとギルドで暴れてもよかったのに」

「ふふ、ありがとう。だがやりすぎてもまずいだろう? 彼らにも今回出番があるのかも・・しれないのだから」

「ありませんよ。ねえマスター」

「さて、なんのことかしら」





 門に近づいたのは初めてリースに来たとき以来だが、相変わらず人の出入りが激しいな。

 まだ一般にはアダマンキャスラーのことは伝えられていないので、人々の顔に不安などはない。


 門の横に兵士の詰め所を発見したので、寄ってもらうことにした。


「詰め所になんの用があるのですか?」

「嫌がらせ」


 綺麗なお顔をしかめるニケに抱っこされて中に入ると、机を囲んで兵士が何人か休んでいた。


「たっ、助けてください!」


 と言ってみると、中でも偉そうな兵士が立ち上がって寄ってきた。きっと二人が美人だからだろう。

 でもたぶんいい人だ。泣きそうな顔をしてる俺を見て、腰をかがめて目線を合わせてきた。


「キミ、どうかしたのか?」

「僕たち殺されそうになったんです……」

「なに!? どういうことだ?」

「その、さっきハンターとかのギルドに呼び出されて、そうしたらいきなり斬りかかってこられて……」

「ギルド内でか。キミたちは冒険者……ん? キミたちは……もしかして『狂子』のパーティーか?」


 ふむ、俺たちもずいぶん有名になったもんだ。『狂子』は腹立つが。

 この兵士さんはS級の俺たちが泣きついているのを不審に思っているようだ。

 仕方ないので泣き真似はやめた。


「バレましたか。でも殺されそうになったのは本当ですよ」

「……なんとなくどういうことかわかるのだが。私も昔は冒険者だったからな。しかしギルド内で冒険者同士のいさかいとなるとな……」


 治外法権ルールか。おのれギルドめ、こんなのやりたい放題じゃないか。


「ではここは僕たちが冒険者だとは気づかなかったというていで一つ」

「それはさすがにな……こちらも冒険者ギルドのやり方には、いろいろと思うところはあるのだが。今回は一応訴えがあったということで話は聞きに行くが、釘を刺す程度のことしかできんぞ」

「十分です」


 ただの嫌がらせだし。

 やることは済んだので帰ろうと思っていると、兵士さんが声をひそめる。


「ところでキミたちが呼び出されたのは、アダマンキャスラーの件ではないのか?」


 この人はどうやらアダマンキャスラーのことを聞かされているらしい。


「ええ、決別しましたけど」

「なるほど……それでキミたちはこれからどうする?」

「街を出ます」

「……そうか。仕方のないことだな。キミたちに街を守る義務はない」


 そのまま兵士さんは門まで着いてきて、俺たちが街を出る手続きもしてくれた。と言ってもあの板切れ魔道具を見せただけだけど。


「達者でな。街が無事であればまた戻ってくるといい。いや、たとえアレがここまで来たとしても、必ず守ってみせるさ」


 うーん、ええ人や。サービスしちゃお。


「戻ってきますよ。ちょっと散歩に行くだけですから」

「散歩?」

「もしかしたら途中ででかい魔物と出会って追い払ってくるかもしれませんが、それも散歩ですよね」


 しばらくあっけにとられていた兵士さんは、引きつった笑みを浮かべた。


「は、はは……たった三人でいくのか」

「ただの散歩だって言ってるじゃないですか。それじゃあ行ってきます」

「……必ず帰ってきてくれ」


 胸に手を当てて敬礼する兵士さんに送り出され、俺たちは街をあとにした。

 さらばリース。すぐ帰ってくるけどね。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る