4-23 全ての人を受け入れていこうと思っていた



 翌日の朝、俺たちは馬車に揺られていた。

 対アダマンキャスラーの打ち合わせがあるということで、ゼキルくんが迎えにきてくれたのだ。街の中を馬車移動とか、さすが貴族。


 わざわざ迎えにきた理由は、すっぽかされそうだからだって。

 ニケはちょっと嫌そうにしてたが、馬車程度ならそこまでではないので大人しく座っている。俺を膝に乗っけてぎゅっとしてるけど。


「ゼキル殿、パーティーの数はどれほどなのだ?」

「今決まっているのは、あなたたちを含めて五つだよ。それと個人として参加するのが数名」

「昨日の話では、声をかけたのはまだ旗と我々だけだったようだが」

「他のパーティーは冒険者を掛け持ちしてるからね。そっちから声をかけたんだよ」


 年齢などで限界を感じ、きついダンジョン攻略から卒業してハンターやマーセナリーに絞る者も多い。そういう熟年冒険者の方がレベルが高くて強いのだ。


 旗の坊っちゃんやギネビアさんがあの若さで六十五まで行っているのは異例であり、よほど優秀だというのがわかる。


「これ以上増やすかどうかは、ダンドン統括の決定次第だね。あまり時間はないんだけど……」


 今の時点で三十人くらいか……多いのか少ないのか。

 一応昨日ニケに詳しくアダマンキャスラーについて聞いたが、実際に目で見てみないとよくわからないということがわかった。

 城のように大きいと言われても、漠然としすぎててわかんないよ。


 ダンドン統括というのは、リースの冒険者ギルド全体を仕切ってるジイさんのことだ。

 今俺たちが向かっているのも、そのジイさんがいるハンターとマーセナリーのギルドがくっついた建物である。

 ダンドン統括は、そこに自分の部屋を持っているらしい。


「ただ……ダンドン統括はアダマントの奪取を狙うのではないかと思う。だから人員を増やす可能性は高い。僕としてはあまり増やして無為な犠牲は出したくないけど……でも冒険者としてもアダマントは喉から手が出るほど欲しいだろうし、難しいところだね」


 超硬質素材アダマント。


 魔力伝導率は最悪なので、武器にはあまり用いられる素材ではない。

 だが素でとにかく硬いため、防具として用いられる素材としては群を抜いている。

 もし総アダマント製の防具がオークションに出されでもしたら、値段は天井知らずに跳ね上がるだろう。


 その極めて貴重な素材であるアダマントは、アダマンキャスラーの甲羅なんだそうだ。

 聖国でアダマントを見たことだけはあるが、手に入れたことがないので知らなかった。


 ちなみに甲羅というから俺はカメとかカニみたいなやつかと思ったのだが、ニケによると少しカメに似ているが全然別物だそうな。


 そのアダマントをなぜダンドン統括が狙うと思うのか、ゼキルくんが教えてくれた。


 今回の作戦では、領主のフェルティス侯爵軍本隊は後詰めということになっている。

 おとり部隊が失敗したときには侯爵軍が撃退を狙い、最悪の場合民の避難誘導をする手はずである。

 ただ侯爵は、軍の中から実力者を選抜しておとり部隊に入れ、合同でことに当たるよう提案したらしい。


 しかし、ダンドン統括はそれを蹴った。

 指揮系統が混乱して、連携が取れなくなるという理由だ。連携なんて冒険者の寄せ集めにあるはずないだろうに。

 本当は、自分が好きに部隊を動かせなくなると困るからだろう。ダンドン統括は元S級ハンターで、今回本人も出る気満々のようだし。


 どうもダンドン統括は少し前に失態を演じたらしく、その挽回をアダマントで狙う可能性が高いのではないか、ということだ。


「さすがにアダマンキャスラーの進路変更より優先するとは思わないけどね」


 そう言いつつもゼキルくんは少し不安そうに見える。

 なんかめんどくさそうなジイさんだなと思っていたら、馬車が止まった。


 俺たちが降りたのは、リースの東門の近くにある巨大な建物だ。

 初めて来たが、ここにハンターとマーセナリーのギルドが入っているのか。

 というか──


「でかすぎじゃね? リースはダイバーの聖地だろ。なのにダイバーズギルドより、たぶんでかいじゃん」

「たしかに大きいですね」

「なんだか妙な建物が隣接しているようだが」


 ルチアが指差しているのは、窓一つない箱形の建物だ。

 形としては普通の三階建てであるギルドの横にくっついている。そのせいでギルドがさらにでかくなっているのだ。

 その建物の正体を、ゼキルくんが教えてくれた。


「ああ、あれは鍛練場だよ」


 バカなの? 街の外はすぐそこじゃねえか。動きたかったら、外で魔物でも倒してくればいいのに。

 防壁の中の貴重な土地を潰してまで作るようなものじゃないと思うのだが。


 三人揃ってしかめっ面でギルドに入り受付に話をすると、少しのあいだ待たされた。

 念のため偉い人に確認を入れているらしい。


 しばらくして、打ち合わせは三階の会議室でやるのでどうぞと言われた。ゼキルくんが場所を知っているようで、案内は断っていた。


 その会議室の手前まできたところで、ゼキルくんすら抜かしてルチアが前に出る。

 どうしたのかと思えば、ルチアの顔が険しい。


「ここは私が」


 そう言ってルチアが扉の前に立つ。

 だが、扉を開けることにニケが待ったをかけた。


「ルクレツィア、こうすればいいのですよ」


 俺を片手で抱え直し、なぜかニケは扉の左横の壁を向いた。

 そして頑丈なロングブーツに包まれた右足を軽く引き──次の瞬間、壁に向かってその右足を振り抜いた。


 膝まで突き抜けた回し蹴りが、漆喰の白い壁に一文字を書く。


「ぐあっ!」


 その音にまぎれて響く、誰かの短い声。

 声は左に流れていき、そっちから壁を突き崩すような音も聞こえた。


 うーん、これって……?


「えっ、ちょっ、ええっ!?」


 ゼキルくんが思い切りうろたえる中、ルチアが「なるほど、その手があったか」と言いながら扉を開ける。


「よくもロジャーを!」


 ルチアが部屋に足を踏み入れると、男の怒声が聞こえてきた。

 でもそれもすぐに短いやられ声に転じ、今度は天井を突き破る音が響いた。


 なんじゃこれ。

 どういうことか想像はつくが、理由がわからない。


 ニケに抱っこされたまま部屋に入ると、壁を突き抜けた左隣の部屋で男が倒れている。

 天井には青空がこんにちわ。部屋が陽当たり良好の原因となった男は、屋上で日光浴中だろう。


 部屋の中には三十人くらいで使えるコの字型の机があり、席の半分ほどが埋まっている。

 両サイドにいるのは、各パーティーの代表者たちかな。マリアルシアの旗の、坊っちゃんとおっさんもいるし。


 正面には三人。

 その真ん中にいるジイさんが、広い部屋を豪快な笑い声で埋め尽くす。


「くはっはっはっはっ! お前らが明け星を潰しちまったやつらか。どんなやつらかと思ってたが、なかなか面白そうじゃねえか!」


 このつるつるに禿げたジイさんが、ダンドン統括か。


 顔を見ると歳は七十近くに見えるが、体はがっちりしていて若々しい。組んでいる腕も丸太のように太く、いまだ現役であることを訴えている。

 もっと金や権力欲にまみれた陰湿なイメージをしていたが、カラッとした印象で目にも覇気がある。


 両隣には初老で糸目のおばさんと、目つきの悪い長髪のおっさんがいる。どっちがどっちかはわからないが、ハンターズギルドとマーセナリーズギルドの長だろう。


 そのおっさんの方が、舌打ちとともに鋭い視線を向けてくる。


「チッ、部屋をめちゃくちゃにしやがって……戦力にはなりそうだが」


 文句言われても困るんだけどね。

 よくわかんないので聞いてみる。


「これはどういうことでしょうか」


 ニケとルチアが、こっちが襲われそうだったところを返り討ちにしたのはわかってる。

 問題は、打ち合わせに来たはずなのになぜ襲われたかということだ。


 俺の問いに、ご機嫌なダンドンが答えた。


「そいつらが、ぽっと出のお前らの力が信用できねえから試すって言い出してな。ま、気にすんな。ポーションぶっかけりゃ治るだろ」

「止めなかったんですか?」

「止めてどうするよ。お前らに力があればそいつらがやられるだけ、なきゃお前らがやられるだけだ。別に殺しにいったわけでもねえしな」

「二人目の男は、私に真剣で斬りかかってきたが」

「ちょっと頭に血が上っただけだろ? 冒険者なんてのは己の腕一本で生きてんだ。そんくらいきがよくねえとな! くはっはっはっ!」


 またダンドンが豪快に笑う。

 他の連中も騒ぎ立てる様子はなく、どっしりと構えている者が多い。ダンドンにつられて笑ったり、やれやれと肩をすくめたりしている。

 中にはこっちにガン飛ばしてるのもいるけど。坊っちゃんとか。

 なんだかこれしきは毎度のことって雰囲気だ。


 なるほど……これが歴戦の冒険者というものか。


 そう理解した俺は、ニケに金貨を適当に出してもらって、床にばらまいた。


「お? なんだ?」

「部屋の修理代です。二人とも」

「はい」

「了解した」


 俺たちはくるっと回り、ダンドンたちに背を向ける。

 そしてそのまま部屋を出た。


「あ? おい、お前ら──」


 ダンドンがなんか言ってるのをさえぎって、ルチアが扉を閉めた。




 あんな脳筋体育会系のやつらに付き合えるか。

 あほくさ。



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