4-22 後悔しかなかった



「セレーラさん、ただいま帰りまし……た」


 いつものように凍える大地から帰還を果たした俺たち。

 待っていたのは、いつになく表情の硬いセレーラさんだった。


「お帰りなさいませ、ご無事でなによりですわ。お疲れかと思いますが、少しよろしいかしら」


 これはまたお説教か……この前他のパーティーを教育的指導したやつだろうか……それとも帰宅するセレーラさんをたまたま見つけてあとをつけた(バレた)ことをまだ怒ってるのだろうか……。


 戦々恐々としながらついていった先は、いつもの説教部屋ではなかった。

 なぜか着いたのは三階にあるギルドマスターの部屋だ。


 ノックもそこそこに、セレーラさんが入室する。


「タチャーナさんたちをお連れしましたわ」

「か、帰って来てくれたか!」


 落ち着かない様子でゼキルくんが立ち上がり、俺たちを出迎えた。


 どうやらただごとではないようだが……。

 以前のように応接用の椅子で向かい合ったところで、前振りなしでゼキルくんが口を開く。


「アダマンキャスラーがこちらに向かっている」


 はて、なんじゃそれ? と首を傾げたのは俺だけだった。


「なんだと!?」

『国均くにならし』、ですか」


 ルチアは体を乗り出し椅子の背もたれに手をかけ、ニケの雰囲気も張りつめたものに変わった。

 俺がよくわかってないのを察して、ニケが説明してくれた。


「簡単に言えば、ひたすらに巨大な魔物です。防御力、生命力ともに高く、討伐するには多大な労力を必要とします」

「討伐例なんてなかったと思うんだけど……」

「どうでしょうね」


 今は一般には知られてないが、ニケの知る歴史の中では討伐、つまり殺したことがあったのだろう。

 でも討伐されたのが歴史から忘れ去られるくらい昔にしかないって、とんでもないな。


「とにかく、並大抵の魔物ではないということはわかっていただきたいですわ。そして、なによりも問題なのはその習性ですわ。理由はわかりませんけれど、アダマンキャスラーは大きな人工物に対し攻撃的になる習性を持っていますの」


 大きな人工物となると、防壁とか建物とか、街そのものが攻撃対象ってことか。


「なんとも迷惑なやつですね……なるほど、それでついた二つ名が」

「『国均し』ですわ」

「くっ、僕より断然かっこいいですね」

「主殿、うらやましがっている場合ではないぞ。実際に都を破壊されたりで、幾度か小国が滅びる大きな要因となっているしな」


 要因ってことは、直接的に滅ぼしたのは他の国とかなんだろうが……一匹で国一つ壊滅状態にさせられるような強い魔物が近くにきてるのか。


「だから全てを捨てて一緒に逃げましょうということですね。セレーラさん」

「冗談を言ってる場合でもありませんわ。アダマンキャスラーは北東の大樹海を出て、南西方向に向かっていますの」


 セレーラさんが机の上に周辺地図を広げる。

 すごく大雑把な地図だが、今のこの世界の人類の進歩ではこの程度が限界だろう。


 その地図で、セレーラさんは大樹海を指し示した。

 大樹海とはマリアルシアから聖国の方まで続く、やたらと広大な森である。

 国として形成されてはいないが、獣人のテリトリーでもある。


 セレーラさんの指が大樹海を離れて地図上を滑り、ティンダーと書かれた黒丸で止まる。


「進行方向にあるティンダーの町には、アダマンキャスラーから防衛できるような戦力はありませんわ。もちろんティンダーは守らなければいけませんけれど……もしそれができなければ、次はリースに来る可能性が最も高いですわ」


 そのことを想像してか、セレーラさんの声は硬質で低い。

 たしかにアダマンキャスラーがティンダーを越えてそのまま真っ直ぐ進めば、次はリースにぶち当たる。


「それにティンダーの付近にまで食い込まれてしまえば、そこからアダマンキャスラーがどこへ進もうと他の街に当たってしまいますわ。ですから対処するにしても、ティンダーよりももっと手前でどうにかしなければいけませんの。移動速度は遅いので、まだ猶予はありますけれど」


 そこまで説明して、セレーラさんは地図から俺たちに顔を戻した。


「そこで現在、リース冒険者ギルドの上位パーティーによっての撃退を検討していますの。どうか皆さんも、その作戦に協力していただけませんか」


 リースには戦力が集まっているし、冒険者が軍とは違って身軽なのはわかるが……上位パーティーだけで撃退?

 上位というのがどの程度を指すのか知らないが、相当数は限られるだろう。そんなの可能なんだろうか。


 おれが眉をひそめたのを見てとったのか、セレーラさんが訂正をいれた。


「撃退というと響きが大げさかもしれませんわね。攻撃によって逃げ帰らせるのではなく、進路を変えさせるだけの方向で検討していますわ。ただ、それには……」

「あー、おとり作戦ですか。それで上位だけなんですね」

「相変わらずまれに察しがいいですわね……」


 おとりとなって引っ張るには、魔物の注意を引ける高い攻撃力と、逃げ切るだけの高い機動力が必要となるだろう。能力が低い者では犬死にするだけだ。


「キミは頭が良いのか悪いのかよくわからないね……」


 失礼な。どう考えても賢いだろうが。


「しかしそんなヤバそうな魔物相手におとりですか……どうしようかなあ」

「どうしようかって……この一大事になにを言ってるんだ! 力ある者ならそれを皆のために使うのは当然のことだろう!?」


 ゼキルくんはやっぱり考え方が貴族だな。

 でも──


「悪いんですが、僕たちは貴族じゃないんで」

「それはどういう……」

「ゼキル様。貴族がいざというときに民を守るのは、力があるからではありませんわ。特権を得ている代わりに負っている義務ですわ」


 こないだの話じゃないが、守られるという利益があるからこそ民は従い頭を垂れるのだ。

 あくまでも建前上の話だけど。


 自分がやばくなったら民を捨てる貴族とか、民を押さえつけて威張ってる貴族の方が多いだろうし。それは教育ママのセレーラさんもわかってるだろう。


「タチャーナさんたちに限らず、冒険者は己のために、己の責任で命を賭けて力を磨いているのですわ。そこに特権も義務もありません。そんな相手に力があるから戦えというのは、いささか理不尽が過ぎるのではないかと考えますわ」

「特権と義務……そうか……たしかに、そうなのかもしれない」


 素直でいい子のゼキルくんは、あっさりとセレーラさんの考えを受け入れた。

 これは……セレーラさん、教育すら越えて洗脳とか調教済みの域に達しているのではないだろうか。

 俺は間違いなくSっ気の方が強いが、セレーラさんの調教か……アリかもしれない。


 ……なんか斜め後ろから、ヒュンヒュン風を切る音がするよ。

 なんでニケちゃんは、昔俺が娼館で使ってみたムチを振り回してるのかな?


「ニケにそんなの求めてないから。で、二人はどう思う?」


 取り上げたムチを今日は二人に使ってみようと思いつつ聞いてみる。


「マスターのお好きなように」

「どうしようと私は主殿の盾となるだけだ」


 ニケは予想通りだったが、ルチアも特別意見を飲み込んだという感じはしない。

 街を守りたいと思うのか、危険だから反対するかだと思ったんだけど……セリフからも、俺がなにを選択するか見透かされてる気がする。


 済まし顔の二人から向き直ると、ゼキルくんが頭を下げた。


「すまなかった。旗のリーダーは二つ返事で引き受けてくれたから、キミたちも受けてくれるものだとばかり思っていたよ」


 嫌みでも言ってるのかと思ったが、単に自分を戒めているだけのようだ。

 まあ、あのこじらせ坊っちゃんならそうだろうね。自分のことをまだ貴族だと思ってるようなもんだったし。


 本物の貴族の息子であるゼキルくんは気を取り直し、体を乗り出してまっすぐに見つめてきた。


「だったら報酬を出せば引き受けてくれるかい? キミたちが命を懸けるに値する報酬はなんだい。可能な限り応じよう」


 素直さがゆえんか、切り替えが早いな。こういうところは好感が持てるかもしれない。

 この懐の深さを、あの元貴族も見習うべきだろう。


 ……ニケとルチアがなにか言いたそうなオーラを出してるが、わかってるよ? 俺の懐が狭いのは。

 そういえばこの性格を矯正しようと思ってたのにすっかり忘れてた。雪山で心が荒んでいるせいに違いない。


 これからは全ての人を受け入れていこう。


 そう心に決めていると、俺が報酬のことで悩んでいるとでも思ったのかもしれない。

 セレーラさんから飛び出たのは、驚きの一言。


「報酬は……私でいかがかしら」


 ほへ? 報酬が私って…………生唾ゴックンしちゃう意味で取っていいの?

 たしかに金銭なんかより、俺にとってはよほど価値ある報酬だけど……。


「ギルドに協力してくれるのであれば、私をどうとでも好きにして構いませんわ」


 セレーラさんの目は本気そのものだ。

 そこまで覚悟を決めるほど、セレーラさんがこの街を守りたいのはわかる。ここには孤児院がある。家族がいるのだ。


 だが……それを踏まえても、俺の心に湧いてくるのは強い憤り。

 たまらずローテーブルをバンと叩いて立ち上がる。


 テーブルがまた折れかけてたわんだが、それどころではない。


「セレーラさんは他のパーティーにもそんなことを言っているんですか!? そんなの許しませんよ!」

「言うはずありませんわ! あなただけに決まっているでしょう! ……べっ、別にそういう意味ではありませんわ! あなたが私を欲しているから……こっ、氷魔術だって欲しいのでしょう!?」

「なーんだ、それならいいんです」


 安心して椅子に腰を落とすと、折れかけたテーブルを見てゼキルくんが嘆いていた。


「ええと……それで、返答は? やはり私などでは命を懸けるに値しませんかしら」

「ほっぺにチューで手を打ちましょう」

「はい?」

「たかだかでかい魔物一匹。それでも報酬としては高すぎるくらいですよ」


 ふふ、決まった。

 実際俺が欲しいのはセレーラさんの身体だけじゃない。セレーラさんをそんな安く見てると思われたら嫌だ。

 全然まったく惜しくなんてないよ……ないよ…………。


 唖然としていたセレーラさんが呟く。


「あなたは……」


 惚れたかな? 惚れちゃっただろうね!


「案外キザなところもありますのね」


 冷静に驚かれて終わった。

 しかもそのあとの交渉で後払いになった。

 おまけにニケとルチアが自分たちの分の報酬を断ったせいで、あんなにガマンしたのに俺ががめつい男みたいになってしまった。


 悲しすぎる。


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