4-21 盗み見の達人になりたかった
パタパタ胸もとをこっそり見ながら聞いたところ、どうやらギネビアさんたちは氷魔術を
使い手はギネビアさんで、現在スキル上げ中だそうだ。もしくはその汗を拭うハンカチになりたい。
「さすがにアンタたちは手にいれてないのね……っていうか、視線バレバレよ!?」
全然こっそりできていなかったようだ。
ちょっと恥ずかしそうに、ドレスの胸もとを持ち上げられてしまった。
「残念……あ、いえ、残念ながらまだです。今は下の階層でレベル上げ中ですよ。たまにはこっちの魔物でも倒そうかと思って、今日は来てみたんですけど」
「ふーん……なんかアンタたちの余裕は怪しいのよねえ」
「余裕なんてないですよー」
本当に……毎日あんな寒いとこ行ってるんだから。心が死にそうなのだ。
「ということでギネビアお姉ちゃん……僕たちのパーティーに入ってください!」
「おい! ふざけるな!」
離れたとこから、ちょいちょい話に入ってくる坊っちゃんが邪魔すぎる。
そんなに俺がニケの膝の上に座り、扇子でパタパタされているのがうらやましいかね。
それとルチアも横で座ってはいるが、装備は手元に置いている。旗は味方ってわけではないし。
「あはは。勧誘する気が、逆に勧誘されちゃったよ。ま、悪いけどアタシはここを抜ける気はないよ」
「僕を思う存分抱っこできますよ?」
「……ちょっと悩むねえ」
「ギ、ギネビア!」
焦る坊っちゃんに振り返り、ギネビアさんはケラケラと笑った。
「冗談だってば、坊っちゃん」
「僕より坊っちゃんを取るのですか……」
「お前が坊っちゃんと呼ぶな!」
名前忘れたんだからしょうがないじゃん。
ひとしきり坊っちゃんをからかい俺たちに顔を戻したギネビアさんは、昔を懐かしむように穏やかな笑みを浮かべていた。
「坊っちゃんというか、先代には恩があるしねえ」
「先代?」
「アンタたち本当になにも知らないのね。アタシらの事情は結構広まってるはずなんだけど。先代ってのはカルディルム子爵のことよ」
「なるほど……そういうことか」
俺は聞き覚えなどあるはずもなかったが、どうやらルチアは知っているらしい。
「西にカルディルム在り、とまで言われるマリアルシア王国の武門の名家だ。いや、『だった』と言うべきか。何年か前に取り潰しにあったはずだ」
つまり坊っちゃんは元貴族の息子だったってことか。
それで貴族をこじらせて、決闘だとか言い出すキャラになっちゃったのね。
まるで興味はなかったがギネビアさんが話してくれたところによると、事業に失敗したのが取り潰しの原因だそうな。
そんな名家が取り潰されるほどって、どんだけ大コケしたんだよ。
商人に騙されただけだと坊っちゃんは主張していたが、周りの反応からするとかなり怪しい。
元子爵は取り潰しを気に病んで体調を崩し、すでに亡くなってしまったそうだが……きっと相当な脳筋だったのだろう。
そしてマリアルシアの旗には、子爵のもとにいた者たちが多く在籍しているらしい。どうりでここまでこれるほど優秀なわけだ。
マリアルシアの旗という名前も子爵家にちなんだ理由があるらしいけど、聞き流したのでよくわからん。
「つまり皆さんは無職になったのでここで生活費を稼いでいるというわけですね」
「ふざけたことを言うな! みんなは僕の
なんか坊っちゃんが憤慨しているが、普通に近寄って話に入ってこないでもらえませんかね。
そんな邪魔者坊っちゃんの話に、なぜかニケが食いついた。
「水晶ダンジョンに潜ることが、爵位を得ることに繋がるのですか?」
「え、あ、えっと、知りませんか。七十階層のルビードラゴンを倒し、それを献上すれば貴族に
なるほど、国としては素材と優秀な人材のダブルゲットでウハウハなわけだね。
「初めは領地のない法衣男爵ですが、僕は絶対に上に行ってみせますよ。ニケさん」
前は知らなかったニケの名前を覚えてきた坊っちゃんが、そう言って胸を張る。
肝心のニケはお前のことなどどうでもいいと言わんばかりに、話の途中で俺をクルッと回転させ、至近距離で顔を見合わせてきたが。
「マスター」
「狙わんよ。貴族なんて絶対」
なにが悲しくてそんな面倒なもんにならんといけんのだ。
「そうですか……もちろんルクレツィアの件が済んでからのことですが、そういった将来もなくはないかと思ったのですが」
そういえばそもそもの話、水晶ダンジョンにきたのは子供のために職を求めたのが発端だったな……。
ちなみに今は二人とも、神様が作り方を教えたという経口避妊薬を飲んでいる。子供は欲しいが、今はまだそのときではないだろうということで話がまとまっているのだ。
「ルクレツィアはどう思いますか?」
「将来、か……」
ニケに話を振られたルチアは、やたらとマジメな顔で俺を見つめてきた。
「いやルチア、そんなに本気で考えなくても」
「……そうだな。うーん、難しいな。いずれにせよ主殿に貴族は無理だろう。器が違う」
「まあそれもそうですね」
貴族になる気はないが、それはそれでひどくないかな……。
いじける俺を見て、二人してクスクス笑っているし。
くっ、マスターであり主である俺をイジメるなんて……このっこのっ! ヘディングでスイカ割ってやるぅ! うわっ弾き返されたぁ! 幸せっ!
「あんっ。ふふっ、なにか勘違いしているようですが……今はいいでしょう」
一瞬で機嫌が回復した俺は、またクルリとニケに回された。
なんか血走った目で坊っちゃんがにらんできてるんだけど、どうかしたのかなー。
「では皆さんは七十を越えたら貴族になるんですね」
「はっ、キミは馬鹿か。なれるのは一人だけに決まっているだろう」
なにそれすごい不公平。
たしかに貴族の席というのはそう簡単に増えるものではないかもしれないが……。
「ではあなたは自分が貴族になるために他の方に手伝ってもらっているのですか……結構欲深いんですね」
「ぼっ……僕が貴族に戻ることを欲だと!? 侮辱する気か!」
「あれ? えっと、間違ったこと言いました? 商人で言えば、あなたの親が手放した店を従業員みんなで働いて買い戻すってことですよね? で、それはもともとは親の店だったから、これは自分だけの店だって言ってるようなものでは」
他のメンバーがそれでいいならいいんだけど。
彼らは俺の言葉に苦笑いしてたり、反感からかブスッとしてたりだ。
もっともそのへんがどうであれ、自分が貴族になるのは当然と考えてるっぽいし、坊っちゃんが欲深いのは変わらんだろ。
しかし人の振り見て我が振り直せというし、俺も性欲を少しは抑え……無理だな。そんなことをしたら二人も悲しむだろう。
そう、俺の性欲は奉仕の精神でもあるのだ。絶対そうなのだ。
俺が今日の深夜の献立を考えていると、坊っちゃんはますますヒートアップしていた。
「間違っているさ! 貴族の再興を商人なんかと一緒にするな!」
なにが違うかよくわからん。
首をひねる俺を、顔を真っ赤にしながら坊っちゃんが指差してくる。
「だったらキミはどうだというんだ! 一体なんのために先を目指して潜っている!」
「さあ……わかりません」
「…………はあ?」
そんな馬鹿みたいな顔されてもね。本当によくわかってないんだから。
いい機会だし、ちょっと考えてみようか。
まず大前提として、潜ってる一番の目的は力を得ることだ。
その力でルチアの復讐を手伝うために。
ただ最近は、今でも十二分にやりようはあるだろうし、もういいんじゃないかとも思っている。それを二人にも言ったことがある。
決して寒いのが嫌だからじゃないよ?
だけど二人は潜り続ける気満々で、ルチアには完全攻略してからでいいとまで言われてしまった。どんだけやる気満々なの。
その真意を聞いてもルチアは言葉を濁すが、色々思うところがあるんだろう。すごいこと達成して、仇を殺す前に自慢してやりたいとか。
なのでたぶん俺個人としては、『まだ深く潜れそうだし、このまま進んでもっと強くなっとくかー』くらいの気持ちでしかない。
ってことはつまり──
「惰性ですかね?」
いや、でも湧いてくる感情がないわけじゃないか。
クソ暑いのもクソ寒いのも嫌だけど、ルチアとニケがダンジョン攻略を楽しんでるのを見ているのは楽しい。セレーラさんとの触れ合いも楽しい。
俺や二人が強くなってくのも楽しみの一つと言える。
それを考えると──
「遊びに来てるんですかね?」
命懸けではあるが、そのぶんエキサイティングだと感じてる部分も俺自身にたしかにある気はするし。
ただ、二人に万が一があると俺は壊れてしまうので、それだけは本当にやめて欲しい。
もしそのときがあるとすれば、ワガママだけど三人一緒がいい。
俺の言葉にニケとルチアは我慢できずにプフッと吹き出し、笑いだした。
旗の面々は空いた口がふさがらない様子。
そんな反応されても、他に言いようがないんだからしょうがないじゃない。
「ふ……ふざけるな……」
俺を指差したままの手を、アル中かと心配になるくらい坊っちゃんは震わせていた。
「惰性だとか遊びだとか、そんないい加減な気持ちで潜るなんて……ダイバーを、ダンジョンをなんだと思っているんだ!」
「うーん、興味ないです」
このダンジョンが作られた理由なら、なんとなくわかってきた気はするけど。
「そんなに怒らなくてもいいでしょうに。むしろ僕はあなたみたいに欲深くないので、尊敬されてしかるべきだと思うんですけど」
「そ……尊敬? キミを?」
「だいたい他人が潜る理由なんてどうでもよくないですか?」
金子みすゞ先生も言ってるよ? みんなちがってみんないい、って。
「間違っている……キミは間違っている」
坊っちゃんがなにかブツブツ言い出したと思いきや、また激昂して叫びだした。
「キミは全て間違っている! 聞いているぞ、キミは自分の都合でギルドのルールを破ったそうじゃないか! 明け星のことだってそうだ! 正々堂々と戦いもせず、卑劣な手で彼らを葬るなんて……話し合う道だってあったはずだ!」
んー……いい加減こいつ、ちょっと本気で──
「どうせニケさんのことも卑怯な手を使って手に入れたんだろう!」
──めんどくせえな。
「っ! ……坊っちゃんもうやめだ。休憩は終わりにしよう」
急に前にギルドで残ったおっさんが立ち上がり、坊っちゃんの肩を掴む。
ギネビアさんも立ち上がり、うちわ代わりにあおいでいたトンガリ魔女帽子をかぶり直した。
「……そうね。十分休めたし、続きをしましょ」
「待て、僕はまだ! こら、放せ!」
パーティーメンバーに拘束され、また坊っちゃんはドナドナされていく。
突然あちらさんが慌ただしく動き出したんだけど、一体どうしたの?
「賢明な判断だな」
「その辺りの嗅覚はさすがといったところでしょうか」
「ハハ……アンタたちと潰し合う気はないからね」
よくわからんルチアとニケの褒め言葉に、ギネビアさんは肩をすくめてからイスをしまう。
結局坊っちゃんに邪魔されまくって、あんまりおしゃべりできてないのに。
「ギネビアお姉ちゃん行っちゃうんですか? もうちょっとおしゃべりしましょうよ」
ショタアイを潤ませ、真一はおねだりの構え!
効果がないみたいだ……。
ギネビアさんは首を振り、背中を向けてしまう。
「坊やはどの顔が本物なんだろうね……じゃあまたね」
そう言って仲間を追いかけていった。
「どの顔もなにも、いつでも可愛いショタフェイスだと思うんだけど」
「ああ、たまにゾッとするほど可愛いぞ」
「近寄るのをためらうことがあるくらい可愛いですよ」
褒められてるんだよね?
取りあえずギネビアさんも行っちゃったし……。
「帰るか……」
ハァ、なにしに来たんだろ。どうも最近空回りしてるような気がする。ハムスターみたいに雪山ぐるぐる回ってばっかだし。
ここらで一つ大きな変化が欲しいよ……。
それから五日後のことだった。
リースの街を震撼させる知らせが、前触れもなく舞い込んだのは。
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