4-20 気分転換するはずだった



 今日も今日とてアイシングリバティ参り……は、やめだ、やめやめ!


「飽きた! 六十五階層の攻略に行くぞ!」


 ニケとルチアの半目が刺さるが、ここは譲らん。変顔で対抗していると二人が折れた。


「ハァ、仕方ありませんね。氷の魔石もある程度貯まりましたし、一度どれほど使うか調べるのも悪くないでしょう」

「そうだな。気分転換も必要か」

「二人とも大好き!」


 うれしさで二人にいっぱいチュッチュしたらトロトロになってしまったので、朝から一戦交えることになった。我が家に倦怠期などないのだ。




 賢者にジョブチェンジして、昼前にスカスカのギルドへ。


「あっ、タチャーナくん!」


 手を振ってくるピンク髪を無視して、空きカウンターでセレーラさんを探す。


「あっ、セレーラさん!」


 手を振るとセレーラさんは気づいてくれたが、お仕事中だったので少し待つことにする。


「ひどくないかな?」


 そしたらダイバーの相手を終えたピンクが寄ってきやがった。


「ああいうことされると、うっとうしいんですけど」

「同じことしてたよ!?」


 相思相愛の俺たちをお前と一緒にするんじゃない。


 この前こいつ──ピージに受付やらせてあげてから、妙に絡んでくるようになってしまった。元気うざさも復活してきてるし。

 まあ初めて見たときよりはマシになってるのかな? あんまり覚えてないけど。


「新たな寄生先の対象にしないでください」

「そんなつもりないってば」

「ウソですね。あなたは男にヒルのように吸いついて養分を奪っていくのが生き甲斐の人じゃないですか」

「ひどい決めつけ!? いや、それはもちろん今までのことは悪かったと思ってるけど……でも本当に反省してるから。タチャーナくんには感謝もしてる」


 どうだか。今はちょっと痛い目を見たばかりだからそう言ってるだけだろう。どうせすぐ忘れて同じことをするに決まってる。もっと痛い目にあえばいいのに。

 しかしどうやら、ピージが元気になってしまったのは俺が原因らしい。


 S級ダイバーであり、『リースの明け星』を潰した張本人である俺たちがこいつを許した形になったせいで、他のダイバーがこいつにちょっかいを出さなくなったそうだ。セレーラさんがそう言ってた。


 こいつがイジメられようが、俺たちは全く気にしないのに……他のダイバーの根性のなさが悲しい。

 そのことでセレーラさんが喜んでくれて、機嫌がよくなったのが唯一の救いだ。


「感謝の気持ちがあるなら、事務的なセリフ以外金輪際しゃべらないでもらえませんか」

「つ、つれなさすぎる……ニケさんもなんとか言って……なんでもないです」


 俺を抱っこするニケの、ピージへの関心のなさに諦めたらしい。俺同様、ニケとルチアもこいつにプラスの感情があるわけではないのだ。


 なのになんでわざわざピージは近寄ってくるのか理解できん。前はあんな打たれ弱かったのに、タフになってるし。

 俺に助けるつもりなどなく、結果としてたまたま助かっただけなのはこいつもわかってるはずだが……やはり寄生狙いか。


「お待たせしましたわね」


 ここでようやくセレーラさんがやってきてくれた。でもシッシッとやってもピージが去らない。

 それを見て、セレーラさんがとんでもないことを言い出した。


「ピージさんとずいぶん仲がよろしいようですわね。これからは彼女にあなたのお相手を任せようかしら」

「それはこの女を行方不明にしろという命令ですか?」

「なんでそうなるの!? 怖いよ!」


 だったら俺の邪魔をするんじゃない。

 クスクス笑うセレーラさんに記録用魔道具を渡す。


「今日も五十階層台に行きますの?」


 一応俺たちが五十台に行くのは、レベルとスキル上げのためと言ってある。

 俺が魔石爆弾を作れるのがバレると、面倒なことになりそうだし。


「いえ、今回は六十五に様子を見に行ってきます」

「マスターが駄々をこねるので」

「飽きたんだから仕方ないだろ」

「もう、こらえ性がありませんわね。普通は階層を越えるのに、ときには何年も停滞することもありますのよ? まあいいですわ。言っても無駄かもしれませんけれど、無理だけはなさらないように」


 うなずきながらセレーラさんから魔道具を受け取ると、ピージがなにかを思い出したように声を上げた。


「あれっ? そういえば六十五って今日……ううん、なんでもなーい」


 俺が相手をしない仕返しか、ニッと笑って思わせ振りな態度で話を打ち切りやがった。

 どうせたいした情報じゃないだろうが。


 しばらくピージを無視してセレーラさんとお喋りを楽しんだが、セレーラさんも忙しそうだしほどほどで出発することにした。


「では皆様に水晶の輝きがあらんことを」

「皆さんに水晶の輝きがあらんことを」

「いってきまーす」


 セレーラさんとオマケから、気をつけてと言葉をかけられながらギルドをあとにした。





 そして六十五階層──


「くそっ、あの女ぁ」

「こういうことでしたか」

「どうする、主殿」


 ダンジョンに突入してすぐに俺たちの目に入ってきたもの、それは他のパーティーの姿だった。


 ここに辿り着いているのは、俺たち以外では『マリアルシアの旗』しかいない。当然彼らはそのリーダーパーティーだ。

 すでにあっちの六人も、こっちに気づいて向かってきている。


「逃げるか……いや、でもなあ」


 今日はギネビアさんがいるな……耳が痛いよニケちゃん。キミが噛むときと噛まないときの基準が僕にはわからないよ。


 そんなことを悩んでいたら、旗パーティーはすぐそこまで来てしまっていた。

 ただ、こちらにコンタクトを取るのはギネビアさんだけのようだ。

 以前のお願いをちゃんと聞き届けてくれる姿勢は素晴らしいではないか。ちょっと旗を見直した。


 プリプリをプルンプルンさせながら、魔女ルックのギネビアさん一人が寄ってくる。


「久しぶりじゃないか、坊やたち」

「お久しぶりです、ギネビアお姉ちゃんっ」


 俺のショタスマイルとともに、ルチアだけ軽く頭を下げる。ニケは基本的に、他人に対してノーリアクションなのだ。


「誰だよあれ……僕たちのときと全然違うぞ」


 とか坊っちゃんリーダーが俺の陰口を言ってるのが聞こえたが、無視無視。ぺかーと輝くショタスマイルでギネビアさんを照らし続ける。


 だが、俺を見てにへ~と崩れた表情を、ギネビアさんは慌てて整えた。

 むむ、ショタ攻撃をしのいだだと?


「コホン……こないだはよくも逃げてくれたわねえ」


 どうやら以前勧誘から逃亡したのを、まだ根に持ってらっしゃるご様子。


「あのときはごめんなさい。やむにやまれぬ事情がありまして」

「ウソばっかり。お嬢ちゃんたちにいやらしい服着せようとしてただけじゃないか」


 おおう、聞かれてたか。


「ギネビアお姉ちゃんも着ますか? 絶対似合いますよっ」

「そ、そうかい? ……ってあんなの着ないわよ!」


 惜しい……バニースーツの貸し出しはしないが、俺たちのホテルに来てくれれば好きに着させてあげるのに。


「まったく、可愛い顔してスケベな子だねえ。にしても、話には聞いてたけど……まさかもうこんなところまで潜ってるなんてね。しかも三人でなんて、どうなってんの? アンタたち」


 マジックバッグから簡易な椅子を取り出し、ギネビアさんは腰かけた。

 階層の入り口周辺では魔物は湧かないので、旗パーティーの残りもちょっと離れたところで休憩している。


 少しくらいお話しするのも悪くないか。情報も得られるかもしれないし。

 決してギネビアさんが暑そうに胸元をパタパタさせてるのに釣られたわけではない。

 でもさ……。


「休むなら外に出た方がよくないですか? ゲートすぐそこですし」

「なに言ってんの。そんなことで頻繁に出入りしてたらカッコ悪いじゃない」

「はあ、そういうもんですか」


 ダイバーの見栄というやつか……まるで意味がわからん。

 まあ仕方ないか。


 俺たちもくつろぐことにしようと、ニケにでっかいソファーを出してもらった。

 これのクッション性が抜群なのは、背もたれを倒せばベッドにもなるからである。


 いつかお外でこの機能を使うことを夢見て作って持ち歩いているのだが、残念ながらまだその機会は訪れていない。おのれ魔物どもめ、どこにでも湧きやがって。


「ダンジョンになに持ってきてんの……意味わかんないわよ……」


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