4-19 泣いてた



 セレーラさんにまたフラれ、失意にうちひしがれたまま凍結地獄巡りが始まってしまった。

 初めて通ったときよりステータスが上がってるから、少しは楽になっているのだろうが……やっぱりしんどい。


 ということで、二、三日潜ったら一日は休みにすることにした。

 戦闘狂のニケとルチアは不服そうにしていたが、ここで一度しっかり疲れを抜いておきたい。本当はもっと休みを多くしたいんだけどね……。


 でもせっかく休みにした日も、精神的に疲れることが多い。

 街を歩くとほとんどのダイバーは俺たちを遠巻きに見ているだけなのだが、たまにいるのだ。仲間に入れとか言ってくるやつらが。

 俺たちが六十五階層まで行ってることは広まっちゃってるから。


 そしてなぜかそういうやつらは、やたら上から目線で言ってくる。

 俺たちのクランに入れてやるって言われても、お前らまだB級じゃねえか、みたいな。

 見た目のせいで舐めてかかられるのだろう。まぐれでS級なんかになれるわけないのに。


 仕方ないので、「僕たちをリーダーに据えて、皆さんの稼ぎの七割をこっちによこすなら入ってあげてもいいですよ」と言うと喧嘩になってしまうのだ。

 それでボコボコにすると、結果としてセレーラさんに説教部屋に連れ込まれる。解せぬ。


 これなら二度ほど来た暗殺者の相手の方が楽である。知らないうちにニケが処理してたから。

 ニケが夜中に少しのあいだ外出するから、聞いてみたらプチッてしてきてたらしい。浮気じゃなくてほっとした。


 怪我はして欲しくないのだが、危険そうであれば、事前に報告すると言われているので、大丈夫だろう。

 一人で怪我されるくらいなら全員で対処することを俺が望んでるのは、ニケもわかってくれてるはずだ。

 一体誰が送り込んできてるのか、まだわかってないのが歯がゆいところだが。


 そんなこんなで今日も雪山に行ってきます……。




 朝方ギルドに着くと、今日もダイバーでごった返している。出勤ラッシュの時間帯なのでしゃーない。

 俺たちはセレーラさんが専属受付嬢化しているので、カウンターを使わずにセレーラさんに渡すだけなのでかなりすんなりいけるけど。


 クランの下の者から利益を吸い上げようとしたり、専属受付嬢作ったりとか、どっかで聞いたようような……気のせいか。

 そんなことよりセレーラさんはどこかなー。


「主殿、今日はセレーラ殿は休みではなかったか?」

「うわ、そういえばそうだった……」


 抱っこ係のルチアに言われて思い出した。

 この前休みを聞いてデートのお誘いをしたのに、すげなく断られてしまったのだ。


 前にパーティー勧誘して以来、セレーラさんはご立腹モードに突入してしまった……あれ? なんかセレーラさんっていつも怒ってるような気がしなくもない。そういうお年頃なのかな。


「だから主殿、あれは……まあいいか」

「ええ、言ったところで無駄ですよ」

「むむむ、なにを諦めているんだ二人とも。いいか、とても大切な話をするからよく聞け。諦めたらそこで、あ! ルチア、あそこすいてる。急げ急げ」

「大切な話はどこへ行ったのですか……」

「いいから早く。無駄話をしている暇はないのだ」

「まったく、本当に主殿は……ふふふっ。わかったわかった」


 この並んでるのか並んでないのかわからん列にイライラさせられる時間は短くしたい。常に規律正しく、相手の心情をおもんぱかってしまう日本人の俺にはこんなの耐えられないのだ。


 ルチアを急かして並んだのは、他と比べて妙に人が少ない一角だった。

 待っていると、なぜか前の方にいたやつらが隣の列に割り込みをかけに行って外れる。何度かそれを繰り返してどういうことかわかった。


 受付嬢の子が、ガラの悪そうなダイバーに絡まれているのだ。

 結局すぐにそいつらの後ろまで来てしまった。


「お前よぉ、俺らにちゃんとわびてくんねーかなぁ。あ?」

「だっ、だから謝ってるじゃん……ないですか」

「そんなんじゃわびになんねーって言ってんだろうが!」


 ダイバーの一人がバンとカウンターを叩くと、受付嬢はかわいそうなくらいビクッとしている。

 その反応に、さらに調子に乗るダイバーたち。


「やっぱ俺らの宿に来て、一晩中わびてもらうのがいいんじゃねえ?」

「お、それいいな」


 ぎゃははははと、下品で頭悪そうなセリフと笑い声を響かせる。

 おっぱいは小さいが顔は可愛い受付嬢は、涙目で体を縮こまらせてしまっている。


 なにがあったのかは知らんが、大の男がやるようなことではないだろう。


「チッ、よってたかって女を泣かせるとか」

「主殿も泣かせたろう」


 そういえば、ここに初めて来たときにそんなことはあったが……。


「あれは勝手に泣いちゃっただけじゃないか。こいつらは泣かせようとしてるんだ。こんなのと一緒にされたら困るぞ」

「いや、そうじゃなくて……」

「ああん!? テメェ誰がこんなのだ……ですか」


 振り向いてメンチ切ってきたダイバーたちが、受付嬢みたく変な敬語になった。ひきつらせた顔を、互いに見合わせている。

狂子くるいご……」とか呟くなや。


 それを見て、ルチアがなにかに気づいたようだ。


「ああ、お前たちは」

「知り合いか? ルチア」

「知り合いというか、以前我々に絡んできた者たちだろう。クランに加入しろと言って」

「よくわかるな……どいつもこいつも似たようなやつらばっかなのに」

「主に骨格でな。あとは身のこなしで」


 ええ……骨格で人を判別ってどゆこと。

 ルチアの変な才能に驚いていると、


「お、おい行くぞ」


 と、ダイバーたちは逃げ去ってしまった。

 まあ時間的には早く受付終わりそうだしラッキーか。


 そう思い、紳士らしく優しくピンク髪の受付嬢に話しかけてあげることにした。


「災難でしたね、お姉さん」

「ひぃっ! ご、ごめんなさいごめんなさい!」


 おや、なんでさっきより縮こまって泣きそうになってんだ?


「彼女だぞ。主殿が泣かせたのは」


 言われてみればそんな気がしないでもない。


「よく覚えてるな」

「珍しい髪色だからな」

「そこは骨格じゃないんだ……」


 ルチアの人の判別基準がよくわからない。


 しかしこの受付嬢、まるで別人だな。

 あざとい元気さだけが取り柄っぽくてうざかったのが、卑屈感丸出しでうざくなってしまった。


 さっきのダイバーたちがわびろとか言ってたのは、明け星絡みかな。

 どうせたいして明け星の被害にあってたわけじゃないんだろうけど。ただこの女が弱ってるところにつけこんでただけな気がする。


 とは言えこいつが、明け星を笠に着てでかい顔をしてたのは事実だ。

 他のやつらにも相当いびられてるだろうが、同情する気はまるでない。


「っていうか、よく捕まりませんでしたね」


 ここの領主のなんちゃら侯爵によって、『リースの明け星』は徹底捜査を受けた。

 そしてそれなりの数のダイバーとか関係者が奴隷になったり鉱山送りになった、とセレーラさんから聞いている。


「あ、アタシ悪いことしてないし……ません」


 震えながらも、小さな声で一応口答えはしてきた。

 あれから今まで見かけなかったような気がするが、書類仕事でもやらされてたのかな。セレーラさんが、こいつを守るためにあんまり表に出さなかったのかもしれない。

 それが今日は表に出ているということは……こいつギルド職員にも嫌われてそうだな。


 ともあれ公正に裁かれてここに残っているのであれば、俺がいちいちなにか言うこともないだろう。


「なるほど、バカすぎて片棒を担がされもしなかったんですね」


 おっと、つい本音が。


「バカじゃないもん! ……です」

「そうですか? なんで生きてんのって暴言吐いたり、受付拒否したりバカなことしましたよね。あとは変なマッチョバカをけしかけてくれたり」

「そこはしっかり覚えているのか……主殿の物事を記憶する基準がよくわからない……」

「それは……ご、ごめんなさい。許してください」


 ヘコヘコとピンク頭を必死に上下させているのを見てたら、どうでもよくなってきた。

 なんか調子狂うし。


「いいですよ。僕はあなたと違って大人なので、これで水に流します」

「え?」

「じゃあ受付お願いします。はい」


 目をぱちくりさせるピンクの前に、三人分の魔道具を置く。


「え、あ、えっと」

「なんですか?」

「あ、いえ、お預かりします……」


 魔道具を見て、本当に六十五なんだとか呟いてるが、特別おかしなことをするわけでもなかった。

 セレーラさんがやってるみたいに、なんか記入してすぐに返却してきた。


「お返しします……」

「驚きました、普通にできるんじゃないですか」

「これくらいできるし! ……できます」


 俺は普通に応対されてないんだから、そんなこと知らんわ。


「なら今後もそんな感じでお願いします」


 セレーラさんがいないときは、こいつに当たることもあるかもしれないし。

 そう思って普通にやれって言っただけなのに、ピンクはなぜかポカンと口を開けている。


 仕方ないので、ピーナッツを親指で弾いて玉入れすることに。

 残念ながら今回は鼻には入らず、口に入ってしまった。


「んぐっ、えほっえほっ……だからまたなにするの!?」

「差し入れです」

「え、あ、ありがとう……?」

「…………で?」

「え?」

「いや、あれはないんですか?」

「あっ! みっ、皆さんに水晶の輝きがあらんことを!」

「はいどうも。行ってきます」


 なんだか妙に周りから注目されてる中、ルチアに合図してカウンターから離れる。 


 ハァ、これからまた氷結地獄か……気が重い。

 俺はこんなだというのに、ルチアはなぜか愉快そうに笑っている。


「ふふっ、なんだか主殿に出会った頃を思い出した」

「ん?」

「普通に接してもらえるだけで救われる者もいるということだ」

「ルクレツィアのときとはまるで違いますよ。マスターは、他者にさしたる興味がないだけです。良くも悪くも」

「んあ?」

「なんでもありませんよ」


 なんの話かわからずに首をかしげながらギルドを出るとき、後ろから女の泣き声が聞こえてきた。

 誰かが受付嬢でも泣かせてんのかな? いかんよ、あんまり女を泣かせちゃ。



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