4-18 ミッションインポッシブルだった



「あら皆さん、お久し振りですわね」

「セレーラさんの茶飲み仲間ですか?」

「違いますわ……」


 なんでも居酒屋にやってきたジイ様たちは生粋のダイバーフリークらしく、セレーラさんが現役時代からの知り合いらしい。


 今日はダイバー談義に花を咲かせるのと、新人ダイバーのチェックのためにこの店にきたそうだ。

 いるよね、高校野球好きすぎて中学の有望選手まで見に行くような物好きな人。


 とりあえずわかったけど、ミッションの邪魔だからさっさとどっか行ってほしい。

 そう思っていたら、ジイ様たちが目を輝かせていた。


「ところで坊主と嬢ちゃんたちはあれか? 明け星をぶっ潰してくれたっていう、『狂子くるいご』のパーティーか?」


 確かに明け星を潰したのは俺たちだが……今なんと?


「狂った子供で『狂子』。それがタチャーナさんの二つ名らしいですわ。ステキでふさわしい二つ名でよかったですわね」

「…………誰ですか、そんな荒唐無稽こうとうむけい極まりない二つ名をつけたのは」


 首をグリンと回してジイ様たちを見ると、「ひいっ」と悲鳴が上がった。


「ちょ、ちょっと、目が怖すぎますわよ」

「第三の目より怖い目をしているぞ、主殿……」

「ふふ、ふふふふふ。わかっただろルチア……やっぱり危険だったじゃないか……駄目だ……駄目だ駄目だ駄目だ……こんな世界は滅ぼさなきゃ駄目だ……」


 この日、魔神が産声を上げた。






 ……はずだったのに、ルチアとニケに二人がかりで撫で撫でされて落ち着かされてしまった。

 ちょっとセレーラさんが羨ましそうにしてたのも見逃さなかった。


 でもこんな二つ名をつけたヤツは絶対に許さん。


「ハ、ハハ、さすが狂い……今一番注目されてるパーティーのリーダーだ。子供のように見えて迫力が違うな。他のダイバーが近寄ってこないのも当然か」


 周りのやつらがチラチラ見てくるだけでナンパの一つもしてこないなんておかしいと思ったら、そういうことか。

 別に警戒しなくても、俺はこんな真実とはかけ離れた二つ名がつくような者ではないのに。


「それでそれで、氷姫が狂い……彼らと一緒にいるってのは、もしかしてダイバーに復帰するのかい?」

「ただ食事をしにきただけですわ。復帰などしませんわよ」

「なんじゃ、そうなのか……氷姫と狂い……彼らがパーティー組んだら面白そうだと思ったのにのお」


 狂い狂いうっさいわ! っていうか、


「『氷姫』というのは、セレーラさんの二つ名なんですか?」

「まあ……そうですわね。目立つようなこともしてないのですけれど、なぜかそんな大層な二つ名をいただいてしまいましたわ」


 なんかジイ様たちが揃って首を振ってるんだけど。

 セレーラさんの武勇伝とか、かなり興味あるな。ジイ様たちの反応からして、実はかなりヤンチャしてたんじゃないのだろうか。


「いやいや、謙遜すんなって……あんたはやっぱり冒険者が似合ってると思うんだがな。パーティーがあんなことになって気持ちはわかるが、もったいねえよ」


 どうやらジイ様たちは、引退して久しいセレーラさんが返り咲くのをいまだに待っているようだ。

 氷の姫なんてエレガントな二つ名がつくくらいだし、よほど魅力ある冒険者だったのがうかがえる…………ん? んん?


「また得意の魔術で、敵対者を凍りつかせるあの姿が見れると思ったんじゃがのぉ」

「変なことを吹聴しないでくださいませ。私はもう……」


 そっか……セレーラさんって、そうだったのか……。


 俺は空になった皿をかき分け、テーブルに完全に乗り上げた。

 そしてジイ様たちに対し唇を尖らせている、セレーラさんの手を握る。


「セレーラさん……僕もこの人たちに賛成します。ダイバーに復帰してください。そして僕たちとパーティーを組みましょう」

「なっ、なんですのいきなり」


 セレーラさんが引こうとする手を、小さな両手で包み込んで引き寄せる。

 さらにグッと顔を近づけその目をまっすぐ見つめると、セレーラさんは逃げるように視線をさ迷わせた。


「な、なんとかしてくださいませ」


 逃げた先はニケとルチアだが、セレーラさんを認めている二人は助けにならない。


「貴女のような人であれば歓迎します」

「セレーラ殿であればなにも文句のつけようがないな」

「ちょっ、ちょっと」

「セレーラさん、僕は本気です」


 思いを込めて、真摯にセレーラさんの揺れる碧眼を見つめる。


「そっ、そんなことを突然言われても。それに私は四十七までしか行っていませんわ。六十五なんてとても……」


 セレーラさんが動揺してポロッとこぼした情報で、ジイ様たちが驚いている。別にいいけど。


「大丈夫です、心配することなどなに一つありません。僕たちがあなたを守りますから」


 ラボに入っていてもらえば、安全にセレーラさんを連れていくことができる。

 というかラボに入れたまま、六十五階層に転移したらどうなるんだろう? ……ブブーとかいって、上からタライでも落ちてきそうだからやめとこ。


 とにかく今は、セレーラさんを口説かなければ。


「セレーラさん……いや、セレーラ。僕たちには、僕にはあなたが必要なんだ! 僕はあなたが欲しい!」


 おおっ、とジイ様どころか店中の客までもがどよめく。

 周りからの注目もあって、セレーラさんは顔を赤くしてうろたえている。


 この機を逃してなるものか! これでとどめだ!


「なんだったら七十階層まででいいんです! 氷魔術使えるんですよね? そこまでのあいだ氷魔術を使ってくれるだけでいいんです! でないと僕は凍結地獄に戻らないといけないんです! あんな寒いのはもう嫌なんです!」


 俺の魂の叫びになぜか周囲が、おお……と急速に盛り下がる。


 そんな中、セレーラさんは無言で立ち上がった。

 バッと俺の手を振り払ったセレーラさんの目は、感情が死に絶えていた。


「帰ります」

「えっ!? 急になぜ!?」

「絶対に……絶対にあなたの仲間にはなりませんわ! このお馬鹿!」


 追いすがろうとする俺を一顧だにせず、大銀貨をテーブルに叩きつけたセレーラさんは店から出ていってしまった。

 ガツンガツンと、今日一番の靴音を響かせて……。


「一体全体なにがどうして……」

「馬鹿ですね、貴方は」

「馬鹿すぎるだろう、主殿」


 パーティーに勧誘どころか、ミッションまで失敗するなんて……なにが悪かったんだろう?

 ……いや、悪いのは俺じゃない。世界の方だ!

 やはりこんな世界は滅ぼさなきゃ駄目だ!


 悲憤の涙を力に変え、今ここに、あっ、二人とも、そんな風に撫で撫でしたら…………スヤァ。



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