8-13 だって凛々しくて強そうであればあるほど、夜に恥じらうルチアにギャップ萌えするだろうからだった
──聖国に一人の男がいた。
男の名はユング。片田舎に住む司祭の息子である彼には、夢があった。
獣人や亜人と手を取り、共に仲良く暮らす。
どのようにしてそんな夢を持つに至ったかはわかっていないが、それが彼の夢だった。
獣人を魔と見なす聖国において、あまりに異端な夢。それを胸にしまいこんだまま、成長したユングは父の跡を継ぎ司祭となった。
そこからユングは、少しづつ胸のフタを開けていく。彼は自分に近い思いを持った同士を集め、考えを広め、賛同者を増やしていった。
そのうねりはやがて大きな波となり、ついには聖庁すら動かした。
内樹海の外れに、獣人と交流するための町を作る許可を得ることができたのだ。
ユングと仲間たちは、その場所を獣人との関係改善の足がかりとするため、身を粉にして働いた。
そしていつしか獣人からも協力する者が現れ始めた。
彼らが作ったファマースはまだまだ町などとは呼べない規模の小さなものだったが、全ては順風満帆のように思えた。
その日が来るまでは。
結婚したばかりの妻を残し、ユングが所用で聖都に帰還していたその日──ファマースは襲撃を受けた。
ユングの活動を快く思わない……ユングが共に歩もうとした獣人によって。
生き残った者は誰一人としていなかった。
妻に宿っていた、新しい命を含めて。
そして愛する妻と、その
妻と子を無惨に殺した獣人全てを、この世から消し去るために。
奇しくも襲撃の日に聖都で拝領した、神剣シュバルニケーンを
「──それから獣人を無差別に殺して回ったユングは『血涙の聖人』と呼ばれて、今も聖国では
「そういうお話だったんですのね……」
「まあ有りがちな話だし、それまで聖国がやってきたことを考えれば、獣人の仕打ちも理解できるけどな。でもまさかあの聖国を動かした男の想いを、そこまで完璧な形で踏みにじるっていうのは、かなり芸術点が高いよな」
「なんですの芸術点って……というか、その惨劇を起こしたのが獣人というのは本当なんですの? 聖国がやったという可能性は?」
セラが疑問に思うように、聖国にはユングを目障りに思う者も数多くいただろうし、謀略だったとも十分考えられる。
だが当事者の一人であるニケは首を振った。
「聖国が関与していたかどうかまでは定かではありませんが、実行したのは獣人で間違いありません」
「では聖国が丸々自分たちに都合よく創った物語というわけではないのだな。私はてっきりそう思っていたのだが。そういえばユングは神剣の力を用いて獣人を葬っていったと伝えられているが、本当なのか?」
神剣に興味なかったというのもあるが、俺もそこまでの情報は知らない。
「それは事実ですが、私はあの者を
いろいろ見てきたニケにそう言わしめるなんて、よほどだったのだろう。そのこともあって、いまだにニケはここの獣人が好きじゃないくらいだし。
「もし妻子を奪われてなお獣人との友好を望むほどの者であれば、主とすることもあり得たかもしれませんが……あれはそこまでの者ではありませんでした」
ニケはそう続けたが、愛する者を虐殺されれば無理もないと思うけど。
結局、イデオロギーなんて愛情の前ではペラッペラのぺーでパーであり、それでいいと思うのだ。
まれによくいる変な思想家とか活動家とか、人の感情を考慮せずにイデオロギーを語って押しつけてくる輩なんて、とんでもない愚者か、はたまた裏があるだけだろう。
そして真の意味でイデオロギーを貫き通せる者なんて、狂人にもほど近い。
ニケの昔の好みは貫いちゃうイカレたヤツだったのかもしれないが、今は普通の男が一番だと理解しているようで良かった。
情を大切にし、愛の深さがマントル突破している俺は、もしそれが三人のためになるならこの世界全てを焦土と化してもいいと思っているくらいだし。
ほら、シャニィさんもニケの昔の男の趣味に眉をひそめているよ。
「一体なんの話をしてるんだい。まるでその場にいたみたいなことを言ってるけど」
違ったようだ。
「貴女は気にせずとも結構です。それよりも、懲罰でこちらの樹海から締め出したというのは、あの惨事を起こした罪に対してのもの、ということですか?」
「すごく気になるんだけどねえ……まあそのとおりさ」
モヤモヤして片眉を上げつつもシャニィさんが答えると、ニケは「そうですか」とあきれたようにつぶやいた。
「ではイタチは、当時からずっとこちらの樹海から締め出されているのですね」
「……そこまで知ってるのかい」
つまり、『ファマース村の惨劇』を引き起こしたのはイタチ系獣人だったってことか。
「なるほど、それでイタチ系獣人は内樹海の帝国側に住み続けているんですね。ただでさえ聖国は獣人を敵視してるのにそんなことやらかしたんじゃ、聖国側には住めないですもんね」
俺の言葉にうなずいたシャニィさんを見て口を開いたのは、以前からこちらで活動していた勇者の一人の
「イタチ系獣人たちは、それでも樹海を出ていかなかったんだな……故郷ってそういうもんだよな」
たしかに、そういうのは合理性だけでは片がつく話じゃないんだろう。
例えばほとんど雪の降らない地域に住んでた俺なんかは、『豪雪地帯に住んでる人は大変そうだし引っ越せばいいのに』なんてことをすぐに思ってしまう。
でもその人たちにはその人なりの暮らしがあり、思い入れがあり、簡単に離れられるようなものではないのだ。
他の勇者たちも日本でも思い出しているのか、しんみりとした空気の中でそれぞれうなずいている。
ったく、仕方ないな。
「また袋麺売ってあげてもいいですよ、川端くん」
「袋麺以外にしてくれよ……高いし……買うけど」
こっちで活動してた川端たち三人の勇者も、残ってた袋麺を昨日食ったらしい。
勇者たちも哀れではあるし、金貨は日本でも売って使えるのでどれほどあってもいい。優しい俺が今度は袋焼きそばも混ぜてやろうと思っていると、カヨがうなった。
「うーん……それにしても、イタチさんたち何百年もそのままというのはかわいそうな気が。彼らがやったことへの報いとはいえ、そのあと生まれてきた人とかは全然関係ないわけだし」
セラも同調してうなずいている。
「ますます彼らの内通が、納得できてしまいますわね」
「ご先祖たちもそこまでする気じゃなかったと、アタイは思うんだよ。ほとぼりが冷めたらイタチらを戻してやるつもりだったはずなんだ。ハッキリ言っちまえば、殺した相手もしょせんは敵である聖国の人間だしね。でも……気づいちまったんだよ」
ご先祖がなにを気づいたかわからず、首をかしげる吉田に目を向けつつ、シャニィさんは続けた。
「ここの暮らしが、少し穏やかになったことに、ね」
帝国からの外樹海への侵入が減ったのだろう。期せずしてイタチ系獣人が防波堤となったのだ。
シャニィさんの言葉に対し、抑えきれない憤りをにじませたのは、他者を守ることに力を尽くしているルチアだ。
「それに味をしめて、他の種族まで追い出していったわけか」
「ああ、あれこれ理由をつけてね。それであとになってしきたりだなんだと言い出して、それを定着させたのさ。ほんと、情けないもんだよ。だからそこの……ヤスヒデっていったかい? アンタの言葉に腹が立っても、なにも言えなかったのさ」
唐突に話を振られた泰秀が、驚いて目を丸くする。
「ぼ、僕? 橘ではなくて?」
「だってアンタ、アタイらをか弱い存在だと思ってるんだろう? やられてもやり返すこともできない、守ってやらなきゃならない存在だと思ってるんだろう?」
「そっ、そんな、ことは……」
泰秀はわかりやすく言葉を詰まらせた。
俺に罪悪感を持てとかわびろとか言っていたのは、そういう感情の表れなのかもしれないな。
獣人が自分たちで事態の打開や好転をさせられると思っていないのだ。
これは泰秀だけでなく勇者たち全体にも感じることだが、どうも獣人に過保護な印象がある。
初めから俺たちと関わるのも勇者たちばかりで、ティルの集落の獣人とはほとんど話もしたことがないし。
「帝国にここまで踏みこまれてようやく泡食ってる体たらくじゃ、そう思われても仕方ないけどねえ」
やるせなさそうに、シャニィさんは猫耳つきの頭をかいた。
しかし切り替えるように一つため息をつくと、まるで印象が違う表情を見せた。
「なあ、どうすればいいと思う? 今、世界は大きく動こうとしてるように感じる。そんな中すり潰されないようにするには、アタイらはどうすりゃいいと思う?」
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