8-24 方針が決まった



 白状した騎士ラッセルの口から出てきたのは、ジミエンという者の名前だ。


「ジミエンってのはルチアが言ってた上司か?」

「ああ、そうだ」

「うっ、ウソじゃない。あの日、偵察前に俺たちは内密に呼ばれ、お前を殺すようあいつに命令されて……従わざるをえなかったのだ」


 疑ってもいないのに発言を重ね、まるで自分たちはやりたくなかったとでもいうような騎士ラッセルの物言い。

 はっきり言ってそんなもの、これっぽっちも信じるに値しない。

 こいつらなら拒絶しないと見こまれて命令されたのだろうし、実際やろうとしたのだから。


 でもジミエンに命令されたという話自体は信じてもよさそうだ。

 そうされる心当たりがあるようで、ルチアはこいつらに呆れながらも得心してうなずいている。


「やはりそうか……ヤツなら十分に有り得る話だ。ヤツは外樹海に来ているのか」

「い、いや、来ていない。本当だ」


 ジミエンをかばうような関係性でもなさそうかな。それもウソではないのだろう。


 しかし気になるのは、準騎士ヤルスが含みのある笑みを浮かべていることだ。

 セラもそのヤルスの態度を見咎め、眉根を寄せている。


「あなた、なにがおかしいのかしら」

「フッ、別に」


 どうも三人の中では、ルチアに対してこいつが一番鬱屈した感情を抱えているように思えるな。気持ちはわからないでもないが。


 貴族しかなれない正規の騎士には、見習いの従騎士を飛ばして就任する者もいる。ルチアなんかもそうだ。

 しかし平民が準騎士になるには、必ず従騎士として下積み生活を送らなければならない。

 つまりこいつは従騎士を経て準騎士になれるほど、長いこと騎士団に所属しているということだ。

 それでも様づけで呼ばなければならなかったように、正規の騎士だったルチアより立場は弱かったのだ。


 生まれが平民というだけで正規の騎士にはなれず、ぽっと出の、しかも男社会の騎士団では存在が少ない女に頭を下げなければならない。

 ルチアが優秀であることも、嫉妬しっとをあおったかもしれない。おまけに口説いてフラれてるし。


 それらを考えれば、こいつの態度を改めさせるには、セラの顔面キック程度では足りないのもうなずける。


「どうやらなにかありそうですけれど……」

「素直にしゃべる気はなさそうだな。やれやれ、仕方ない。ここは一つ俺に任せてもらおうか」


 こいつらを素直にするために、やむをえず俺が立候補すると、なぜかうちの三人が表情を曇らせた。


「そんなうれしそうに笑って、なにがやれやれですか」

「こうならないように、彼らに立場をわきまえたほうがいいと言いましたのに」

「トゥバイの体をいじくったときのようなのは勘弁してもらいたいのだが。正直あれは、見ているのもなかなか……」


 揃いも揃ってなんなのさ……ああ、そうか。


「大丈夫大丈夫、トゥバイのときは実験も兼ねてたから時間をかけたけど、今は話の途中だし早めに済ますって」

「時間の話ではありませんのよ……」


 時間ではない? だったら……なるほど、そういう話か。


「ちゃんとルチアの復讐分も残しとくから、それも大丈夫だって」

「そういう話でもないのだが……ハァ、あまりやりすぎない内容で一つだけ。それでお前の分は終わりだからな」

「ええっ、やりすぎずに一つだけ!? やだやだ、そんなのやだ!」


 結局どういう話なのかよくわからないまま、厳しい制限をかけられてしまった。

 その意思は固く、ショタアイを潤ませておねだりしても取り合ってくれない。


「ここまできてそんなのってないよ! 横暴だ! 圧政だ! 二人もそう思うよね!? さあ二人も立ち上がれ! 俺たちの自由と権利を取り戻すんだ!」

「妥当な判断ですわね。この人の自由は制限するべきですもの」

「もともとマスターには復讐の権利もありませんからね」


 ニケとセラもルチアに賛同してしまった。なんでなの……。


「うわーん、ひどいよ! こんなのって、こんなのって……」


 ウグググ……騎士たちに地獄を見せてやりたいのに、軽く一度きりなんて……ルチアに独り占めされるよりマシと考えるしかないのだろうか……かなえてもらう望みを三つに増やしてもらうのが俺の望みだ的な裏道がどこかに…………そうか、いや、しかし…………ふむふむ、そうだな、これでいこう。


 宇宙刑事ギ◯バンの変身と同じ時間をかけて熟考し、方針が決まった。


「ちぇっ、わかったよ。三人がそう言うならこいつらを苦しめるのは一回だけにする」

「……いやに聞き分けがいいですね。もっと駄々をこねるかと思いましたが」

「なにを言うんだ。俺はいつだって聞き分けのいい良い子だろう」


 向けられる不信の顔から目を背け、騎士たちにその目を向けて咳払い。


「コホン。ではそういうことで、皆さんに素直になってもらうため、本意ではありませんが涙を飲んで軽くいたぶらなければならなくなりました」

「なっ……」


 話が飲みこめていなかった騎士たちは、慌てふためいている。


「……本意ではなく涙を飲んだのは、『軽く』という部分にですわよね」


 セラのツッコミを流して続ける。


「じゃあそうですね……コチョコチョの刑とかどうです?」


 なにをされるか身構えていた騎士たちは、「やはり子供か」などと言ってホッとしている。

 コチョコチョはコチョコチョできついと思うが、ただの冗談なのに。


「でもここは意趣返しということで、皆さんの左腕でもサクッと斬り落としましょうか」


 想像しやすい痛みに、騎士たちは再び大慌てである。

 こいつらがやったことを考えれば、これくらい『軽く』の範ちゅうだろう。ルチアも止めてこないし、許されたということだ。


「ま、待て! こちらはもう戦う気も逆らう気もない捕虜だぞ! お前たちは知らないのかもしれないが、我々の進軍は有力な獣人種族とも話がついていると聞いている! そんなことをすればっ」

「へー、その話はちょっと興味ありますね」


 有力な獣人となると、やはりシャニィさんたちネコ系獣人か。彼女が大樹海の実権を握ったときに問題になるぞと言いたいのかな。


「でっ、でしょう? 知ってることは全部話しますからっ!」


 従騎士アヒムも懇願してくるが今さらすぎるし、こいつらはなにか勘違いしているようだ。


「うーん、興味はありますけど、無理です無理無理、もう遅いです。だいたいが素直になってもらってから改めて聞けばいい話ですしね。というか皆さんは、ご自分を普通の捕虜だとでも思ってませんか?」

「それは、どういう……」

「言っておきますが僕たちは、獣人のために帝国と戦って、ぐうぜん皆さんを見つけたわけではないんですよ? 僕たちが戦ったのは、ただただ皆さんを捕まえるため。それ以外にはなにもありません」

「そっ、そんなことのために」


 こいつらにとって『そんなこと』でしかない理由で何千もの大軍に突っこんできたのだという事実に、三人ともが言葉を失う。加害者側の意識なんてそんなもんか。

 でも俺たちにとって、それは『そんなこと』と軽く言えるようなものではないのだ。


「やっぱりわかってませんね。ルチアの体の傷が癒えたからといって、皆さんの行いが消えたわけじゃないんですよ。なあルチア?」


 別に俺は裁判官を気取るつもりはなく、これが私刑だというのも理解している。

 それでもここには裁判官などいないし、俺たち自身でこいつらの行いに報いを受けさせなければならない。

 ルチアの心の傷も憎しみも、消えてなどいないのだから。


「ん……ああ、そうだな」


 ……あれ? なんかルチアの反応が鈍いな。どうやってこいつらを処刑するか悩んでるのかな?

 ルチアが全部自分でやると言い出さないうちに取りかからないと。


「まあそんな感じなので、五体満足で帰れると思うのが間違いなんですよ」


 生きて帰れるかどうかは、ほとんど独り占めする気の強欲ルチア次第なのでしらないもん。プンプン。


「そもそも腕を斬られるなんて、ルチアにしたことをやり返されるだけじゃないですか。皆さんまるで悪びれていませんし、こんなの大したことじゃないんでしょう?」


 こいつらはもちろん謝罪なんてしていないし、罪悪感を持っている様子など微塵みじんもない。それでも自分がやられるのはイヤなようだが。おかしいねえ。


「待って! 待ってよ! ルクレツィア……様の腕を斬ったのはヤルスさんで、僕じゃないっ!」

「アヒム、てめぇ!」


 ためらいなく先輩を売った従騎士アヒムに、ルチアが同意した──見下げ果てた表情で。


「そうだったなアヒム。お前はそのあと笑いながら、私を馬から蹴り落としただけだ」

「そっ、それは…………お許しくださいルクレツィア様、あのときはどうかしていたんです!」


 恥も外聞もなく拝み倒すアヒム。

 この生き意地汚い感じ、嫌いではない。


 言われれば靴でも舐めますといった様子でわめき、すがりついてこようとするアヒムを、カラーガードで首根っこつかんで引き戻す。

 そして少し落ち着いたところで切り出した。


「うーん、仕方ないですね……アヒムさんを見てたら少しかわいそうになってきました。ではこうしましょうか。刑として腕を切るのは一人だけ、ということで」


 ……と、せっかく慈悲を与えてあげたのに。


「なっ、なにっ!?」

「そんな……ありえません」

「ウソですわよね!?」


 騎士三人より、うちの子三人のリアクションのほうが大きいのはなんなの。


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