8-23 まずは尋問からだった



「こ、ここは…………っ!」


 目覚めた騎士三人が辺りを見回す。

 獣人テントで彼らを取り囲むのは、カラーガードにニケにセラ、そして俺を抱くルチア。


 自分たちの置かれている状況を理解し、慌てて腰に手を回した。でももちろん武器もマジックバッグも取り上げてある。

 先ほどの戦いで実力差は理解しているだろうし、おまけに武器もない。

 あきらめと怯えをその瞳に宿し、浮かせた腰を床に降ろした。


「ぼっ、僕たち獣人に捕まっちゃったんですか……」

「くそっ……軍はどうなったんだ」


 ニケとセラが張り倒した二人は、相手がまだ誰かわかっていないようだ。


「帝国軍なら撤退した……会えてうれしいぞ、お前たち」


 騎士たちを見下ろすルチアは、実はさっきまでどこか思い悩むような素振りを見せていた。思いもよらず仇を捕らえるという展開になったことに、気持ちが追いついていなかったのかもしれない。

 だが今は実感が湧いてきたのか、少し気持ちが高ぶっているように見える。


「なっ、お前は……ルクレツィアか!?」

「えぇっ! ウソでしょ!?」


 うろたえる二人とは異なり、初めに捕らえた騎士は知っていたぶん落ち着いている。


「本当に……ルクレツィアだったのか……」


 以前ルチアに聞いたところによると、仇の一人は貴族の血を引く正規の騎士らしいが、こいつなのだろう。一番高価そうな鎧を着ている。

 あとの二人は両方平民上がりで、平民としては最高位の準騎士と、見習いである従騎士ということだ。


「ルクレツィア……どうして」


 正規の騎士が発した『どうして』には、多くの意味が含まれていた。

 どうしてここにいるのか。どうしてそんな力を持っているのか。どうして自分たちを捕らえたのか。

 そしてなにより──どうしてまだ生きているのか。


 俺と出会う前のルチアが置かれていた境遇を思えば、それが一番の疑問だろう。

 ルチアの身代金が払われずに奴隷となったことは知っていたかもしれないが、とっくに使い潰されて死んでいると思っていたはずだ……自分たちがあれほど傷つけたのだから。


「なんだその亡者を見るような目は。久方振りの再会だというのに、悲しいじゃないかラッセル」


 悲しみなど毛ほども感じさせず、ルチアは愉快そうに歯を見せた。


「フフッ、聞きたいことは山ほどあるかもしれないが、全てに対する答えは一つしかない。幸運なことに良い……たまにすごく悪い主に巡り会えた、それだけだ」


 なぬ!? こんなにルチアのことを思っているのに、なぜ悪い主などと言われなければならないのだ。


「さっきあれほど困らせていたことを、もう忘れたのですか」


 なにを言うんだニケ、あんなのただの愛情表現じゃないか。


「あんな面倒な愛情表現はお断りしたいのですけれど」


 大丈夫わかっているよ、そんなこと言いつつ実際にやられたら喜ぶに決まっているのだ。セラは素直じゃないところがあるようだからな。


「絶対わかってませんわ、この人……」

「……まあたまに殴りたくなる主だが、こいつのおかげでお前たちに斬られた腕もこの通りだ。目は少し変わってしまったがな」


 ひどいことを言って右手だけで俺を抱え直したルチアは、左手をひらひらとさせた。

 騎士たちはそれが本物のルチアの腕であることに、改めて衝撃を受けている。


「一体どうやって……まままさかエリクシルを使ったんですか!?」


 尋ねたのは一番若い騎士。こいつが見習いの従騎士だったヤツかな。

 オドオドとした態度から察するに、まだ準騎士にはなれていないのではないだろうか。

 同じ位の歳のその騎士に、ルチアが首を振る。


「いいやアヒム、主の力でだ」


 どうやら従騎士はアヒムというらしいが、ずいぶんとあっさりバラしたな。別に構わないが。

 そうして俺の頭にほお擦りするルチアを見て、騎士たちは理解に苦しむように眉を寄せている。


「その子供が主……なのか?」

「はっ、お前がそんな趣味だったとはな」


 虚勢なのかなんなのか、薄ら笑いを浮かべる残る一人の騎士に、ルチアも負けじと鼻で笑って返した。


「そうとも。お前たちなどより、よほど男として魅力的だからな。お前たちのように、保身しながら回りくどい気持ちの悪い誘い方もしてこないしな」


 ああ、なんとなくわかる。

 こいつらは女にフラれたときとか、『本気で誘ったわけじゃないから』とか言い出すタイプなのだろう。きっとムダなプライドを守るために、言い訳がつく誘い方しかしないのだ。


 ふっ、情けない。

 やはり男たるもの、女性には俺のように真摯しんしにストレートにぶつかっていくべきなのだ。

 だからといって、欲望のままにセクハラするようなことは決してしてはならないけど。当然だよね。


「くっ、お前ぇっ」


 ルチアにコケにされ、羞恥しゅうちに顔を赤らめ立ち上がろうとした次の瞬間、騎士は鼻血をまき散らして床を転がった。


「わかっていますかしら、あなた方は虜囚りょしゅう。ご自分の立場をわきまえなさいませ」


 騎士の顔面を蹴り飛ばしたセラが、そう言いながら長い脚をゆっくり収める。

 セラは魔術師なのに、結構体術できるんだよな。日々荒くれダイバーの相手をしていた中で磨かれていったのかもしれない。体がなまらないように、たまに一人で水晶ダンジョンにも潜っていたそうだし。


「気をつけろ、私の仲間はみんな気が長くないからな。それにしてもお前呼ばわりか、ヤルス。たしかにもう私は騎士でもオイデンラルド家でもないし、いまさら様づけで呼ばれても虫酸が走るがな」


 ルチアにそう言われて憎々しげに鼻血を拭ったヤルスという男は、恐らく四十歳前後。

 三人の中では一番年上で、格好からしても準騎士か。


「さて、お前たちの疑問に答えてやったことだし、今度は私の質問に答えてもらおう」


 ここからが本題だと、ルチアの声のトーンは低くなった。


「あの日、あの場所で、なぜお前たちは私を襲った。あれはお前たちの独断だったのか? それとも誰かの差し金か?」


 ルチアがこいつらに襲われたのは、グレイグブルク帝国がマリアルシア王国とたびたび繰り広げている、領土争いのただ中だった。


 その日ルチアたちの班は、全体的な作戦にたずさわっている騎士──実質的な上司から偵察を命じられた。

 偵察専門の部隊もいるが、数が足りないときは馬を使える騎士が偵察を行うことはままあることで、特段おかしなことではない。

 ただ命じられた際の上司の態度に、ルチアは不穏なものを感じたそうだ。

 そしてそのカンどおりに、仲間であるこいつらに偵察先で突然斬りかかられ、腕や目を奪われるという重傷を負わされた。


 ある意味幸いだったのは、その場所に本当に王国の傭兵が進攻していたことだろう。

 そのおかげでこいつらは逃げ、傭兵は身代金のためにルチアを生かして捕らえるという結果になった。

 もし傭兵がこなければ、ルチアはこいつらに殺されていた可能性が高い。

 ああ……ガマンしてたがクソムカムカしてきた。


 ……まあ今は俺の感情は置いておいて、ルチアは家と関係が良くないとはいえ有力貴族の子女だったのだ。

 大ごとになるかもしれないのに、そのような相手を短絡的に殺そうとするだろうか。なにか裏があるのではないかという疑念が浮かぶのは当然のことと言える。


 もちろんこいつらがただのバカで、私怨により考えなしに引き起こした凶事だったということも大いに考えられる。

 だが、ルチアは少なくともその上司が一枚噛んでいるのではないかと考えていたのだ。


 そしてそれは、間違っていなかったようだ。

 自分の潔白を示すように、大げさな手振りを添えて正規の騎士であるラッセルが答えた。


「あっ、あれは俺たちの独断なんかじゃない……ジミエンに命令されただけなんだっ」


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