8-05 大人として、俺はどっしりと構えて抱っこされていた



「まったく……またあの子らは」


 呆れてため息をつき、ポーラさんはドスドスと子供たちのほうへ向かっていった。

 その様子からするに、これは今回に限ったことではなさそうである。


「立っているのはイヌ系の獣人かしら。ネコ系と並び立つ、大樹海を牛耳る二大巨頭ですわね」


 その二種が強いのは、愛玩動物界だけの話ではないようだ。

 倒れている子らを見下し、ののしっているイヌ系の少年たちに、ルチアやニケが眉をひそめている。


「種族ごとの上下関係が、子供の世界にまで浸透しているのだろうな」

「彼らの態度も、親などの影響をまざまざと感じさせますね」

「子供は良くも悪くも親の背中を見て育つってことだな」


 特にこっちだと他に影響を受けるようなテレビやネットなどの媒体もないし、家族やそのコミュニティーの影響は絶大だろう。


「コラッ、アンタたち! なにやってんの!」

「げっ、ポーラ」


 やはりこれまでも他の種族などに同じようなことをやってきたのだろう。天敵っぽいポーラさんの乱入に、少年たちがたじろぐ。

 それでも及び腰にはなったものの逃げることはなかった。


「おっ、俺たちはこいつらを鍛えてやってただけだ。ケガだってさせてない」


 たしかに周りの少年たちは何度も転がされているようだが、出血するような傷を負った者はいない。

 だからなんだという話だけど。本当に鍛えるつもりだったとしても、押しつけの鍛錬など暴力と同じだろう。

 しかしリーダらしき少年の口答えに、周りの少年も勢いづく。


「そうだそうだ。それにこいつらの方が数が多いんだぞ」


 数が少なければなにをやってもいいという謎理屈まで飛び出す。

 それを聞いて、孤児院で多くの子供たちを見てきたセラがため息を漏らした。


「どうあっても己の非を認めようとしないのは、あの年頃にはよくあることですわ。難しい年頃ですわね」

「ふうむ、反抗期というやつか。私にはあまりよくわからないが」


 ルチアはそういったものを感じたことはないようだ。家族との関わりが薄かったというのもあるんだろう。


「俺も大人しくていい子だったから、反抗期とかはなかったかな」

「反抗期という区切られた期間がないという意味では、そうでしょうね」

「あなたは死ぬまで難しいですものね」


 いやいや、死ぬまで反抗期とか、俺はロックンローラーでもなんでもないんだけど。むしろしっとりどっしりとした演歌歌手まっしぐらなんだけど。大人の階段を、着実に登っているはずなんだけど。


 そう訴えても聞き流す三人と共にポーラさんに近づいていくと、少年が俺たちに気づいた。


「なあ、あれ。人間じゃないのか」

「ほんとだ……おい! なんで人間がこんなとこにいんだよ!」


 叱っているポーラさんも無視して、犬歯をむき出しにしてくる。

 以前から獣人に協力している勇者もいるのだが……今は帝国と戦っている真っ最中だし、初見の俺たちを敵視しても仕方ないか。


「成り行きでここに来ただけで、別に敵ではないですよ」

「そうだよ、この人たちはその子らのお父さんたちを、聖国から助けてくれたんだからね」


 そう言って、もう起き上がり少し離れたところで立ち尽くしているヒツジ系などの少年たちに、ポーラさんが顔を向ける。

 それを見て、イヌ系少年たちは顔をしかめた。


「こいつらがぁ?」


 いかにもウソくさいとジロジロ見てくるが、エロ美しいお姉さんたちをあまり直視できなかったようだ。視線はすぐに俺に集まった。 


「おい、オマエも戦ったのか」

「うーん……あれは戦ったとは違うかなぁ」


 聞かれたから考えてみたが、剣聖を仕留めたのなんてルチアのおこぼれを拾っただけだもんな。

 そう思ったのだが、ルチアは大マジメな顔をして首を振っている。


「なにを言うんだ、主殿は立派に自分の戦いを果たしただろう」

「そうですよ、正々堂々不意打ちで手を焼いたり、見事に剣聖を討ち取ったではありませんか」


 ニケちゃんはちょっとフザケてるよね? 絶対かすかにニヤけてるはず。

 だがニケの表情を見切れない少年たちは、それを真に受けてしまった。


「剣聖!? それって聖国で一番強いヤツだろ!?」


 実際はそんなことないと思うが、とにかく少年だけでなくポーラさんも口を開けて驚いている。


「うっ、ウソだぁ。そんなちっさいヤツが強いはずない。俺たちだって戦いに連れていってもらえないのに!」


 どうやらこの子たちはここに連れてこられたものの戦闘には置いていかれて、ふてくされているといったところか。

 勇ましいのは結構だが、他の子たちに当たるのは違うだろうよ。


 すっかりウソつき認定されてしまった俺に対し、いいことを思いついたとばかりにリーダーがニヤリと笑う。


「本当に強いんだったら、俺に見せてみろよ」


 かかってこいと、手招きで挑発してくる。

 しかしね、相手がオークならいざ知らず、今の俺より体は大きかろうが彼らはまだ子供である。そんな挑発に乗せられてムキになる大人の俺ではない。


「うーん、お断りしたいところではありますね。僕は弱者相手に力をひけらかしたりするのは、あまりやりたくないので」

「それって……俺たちが弱いっていうのかよ!」

「ええ。そんなのは子供のやることじゃないですか、皆さんのような」


 おやおや? ことを荒立てないようにお断りしたら、なぜか少年たちの顔が真っ赤になってしまったぞ。


「思い切り挑発し返しておいて、なにをすっとぼけているのだ」

「相変わらず大人げない人ですね」


 聞こえなーい。


「子供扱いするな! オマエのほうが子供だろ!」

「女に抱っこなんかされて、だっせえヤツ!」


 彼らはますますヒートアップしているが、そんな挑発は己の未熟さを露呈するだけだ。


「やはり皆さんはまだまだ子供ですね、抱っこされる良さがわからないなんて」

「それがわかる大人など、そうそういませんわよ」


 なるほど……間違いなく大人の男はみんな美女に抱っこされたいと願っているはずだが、そんな機会に恵まれることはないかもしれない。かわいそうに。

 ニケの腕の中で自分の幸運さに浸っていると、のれんに腕押し状態にイラついたリーダーがツバを吐き捨てた。


「チッ、それでも男かよ。キンタマついてねーんじゃねえのか」

「ついていますよ、凶悪なものが」


 反論したのは俺ではなくニケである。

 美人のお姉さんが下ネタに答えたせいで、多感な時期の少年たちは違う意味で顔を赤らめキョドっている。トドメを刺すならここだろう。


「そうです、コレでこのお姉さんたちを毎晩ヒイヒイ言わせてるんです。見せてあげましょう」

「いけません」

「おふぁンっ」


 トドメにズボンを下ろそうとしたら、ニケに片手でベチンと止められた……なにもダイレクトに押さえることないじゃない……凶悪なコレが潰れちゃったらどうするの。

 ていうかニケは、ポーラさんのこと意識して止めたよね……ちょっと抱っこが高評価だったからといって、ライバル視するのはやめなさいね。向こうも俺も、ハーレム入りなど望んでいないのだよ。


 オーキン玉の安否を確認してポジションを整えている俺を見て、少年たちはあきらめて苦々しい表情で立ち去ろうとしていた。ポーラさんの手前、無理に戦うわけにもいかないようだ。

 俺はそんな彼らに声をかける。


「でもまあ、本当に戦いたいなら戦ってあげてもいいですよ」


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