6-14 閑話 不屈の剛拳と呼ばれた男は 1
儂は一体なにを間違っていたのか。
『あんたは自分に酔ってるだけ』
あの日から数日が経った。
今も
もともと儂など、どこにでもいるような格闘職でしかなかった。希少なスキルなど、いまだに一つとして持ってはいない。
それでも冒険者として大成することをあきらめず、なにくそという思いで走り続けた。
そして己自身の力で、堂々と栄光を掴み取ってきた。
だから儂が、儂こそが冒険者の代表としてふさわしく、皆を率いてゆくべきだと……そう思っていた。
それが失敗続きの焦りから、多勢で脅すような手段を取っておいてこのザマだ。
どうしてこうなってしまったのか。
なにもかもが間違っていたと言ってしまえばそれまでだが……それでも最後のあのとき、己を信じて引き返すべきだった。
儂はスキルとしての〈直感〉など持ってはいない。
それでも奴らを近くで見たとき、冒険者としてのカンは最大限の警鐘を鳴らしていた。
だからこそトゥバイをできるかぎり
そのせいで結局戦いになり、儂らは負けた。
我ながら老いたものだ。
「てめーイビキがうるせーんだよ!」
「ああ? だったらなんだ! やんのかオラァ!」
冒険者ギルド修練場に、怒声が響き渡る。
土の上に張られた粗末な天幕から出ると、A級冒険者の二人が胸ぐらを掴み合っていた。
他の冒険者は焚きつけるか、興味なさげに眺めているだけだ。我らを監視している騎士たちにも動く気配はない。
仕方なく止めに入った。
「やめい! くだらんことで揉めるでないわ」
男たちはこちらを
「ちっ、偉そうに」
「誰のせいでこんなことになったと思ってんだよ。あ~ぁ、冷めちまった」
そう言って二人は背を向け、離れていった。
ふっ……誰のせい、か。
ついこのあいだまで、儂に媚びていた者たちとは思えんな。
たしかにもとを正せば原因は儂にあるのだろう。
しかしA級といえば極めて数の限られた、多くの者の憧れともなる上位の冒険者だ。
それが己の行動に責任を認めることもせずに他者を責める。一皮むいてしまえばこんなものか……なんとも情けない。
あやつらからは、儂らは皆そのように情けなく見えていたのだろうな……。
とはいえケンカをするほどの気力があるのであれば、まだマシなほうか。
ほとんどの者はこの数日、札遊びなどでただ時間を潰している。
どこか怯えたような、腐った目をして。
無理もない。
長年戦い続け、力を磨き続けてきた者が、小娘二人に束になっても勝てなかったのだ。
それもただ負けたというだけでなく、蹂躙されたというのがふさわしい負け方。
儂も含めて皆、心を折られたのだ。
……なにもわからぬまま倒されたトゥバイを除いて。
あやつの場合、それが災いした。
意識を取り戻したあやつは儂の制止も聞かず、見張りの騎士をなぎ倒して飛び出していった。
そして…………。
きっとそれも、儂が招いた結果なのだろう。
儂が可愛がり、特別扱いしてきたせいで肥大した自尊心が、トゥバイに惨事を成させた。今はそう思えてならない。
後悔のため息を漏らしていると、騎士が修練場に入ってきた。
フェルティス侯爵の腰巾着であるモンドリア伯爵の息子、シグルだ。
シグルは修練場を見渡し、儂に目を止めた。
「ダンドン、来い。客だ」
シグルに連れられ、ギルドの受付に向かう。
待っていたのは──
「貴様ら……」
「どーも」
──狂子パーティーの三人だった。
ニケだったか。儂を蹴り飛ばした女は相変わらず無表情だが、もう一人のルクレツィアは険のある顔を儂に向けている。
さもありなん、トゥバイのやったことを考えれば。
そして狂子の小僧は……わからん。
珍しく女に抱えられておらず、大きな白い袋に繋がるヒモを手にしている。袋の汚れ方を見るに、引きずってきたのだろう。
本人は薄笑いを浮かべているが、なにを考えているのか……。
見た目どおりの子供のように感情を表に出すこともあれば、唐突に切り替わりまるで読めなくもなる。はっきり言って気味が悪い。
これ以上関わりたくないというのが本音だが、そうも言っておれん。
「セレーラは、彼女はどうなった。生きているのか?」
あの
だがセレーラの容態などは、騎士たちすら知らなかった。
血痕から考えれば到底無事とは思えないという話だが、狂子が彼女を……あるいは彼女の遺体を、秘匿しているらしい。
狂子の小僧は驚きを隠そうともせず、目をパチクリとさせた。
「先にセレーラさんのことを聞いてくるなんて意外ですね」
当然の反応だろう。
セレーラだけでなく、トゥバイの消息を知るのもこの者たちだけなのだ。尋ねたくないわけがない。
それにセレーラは侯爵側に立っていた。
意見が対立することなど常日頃のことだったし、腹立たしく思ったことも数え切れない。
しかし、セレーラがこの街のために働いていたのは間違いようがない。高い能力を持っていたのも嫌になるほど知っている。
だからこそこの街だけではなく、彼女自身が国全体に視野を広げるべきだと思っていたことが、ぶつかった一因でもあるが。
それに……浅からぬ因縁もある。
セレーラのことを思えば、どうしてもあの遠い日の姿が思い浮かぶ。
冒険者を夢見てリースを目指していた道すがらで見つけた……瀕死の父にすがりついて泣く、幼子の姿が。
「彼女は……
いかに可愛がっていたトゥバイとはいえ、あやつが成したことはそう表現するしかない。
「ふーん、まあ教えてあげてもいいですけど。セレーラさんは生きていますよ。生きてはね」
──なんという目をするのだ。
怒りや憎しみのような、感情の籠もったものではない。
一切の熱がないのだ。自分が
この儂をして心胆寒からしめるとは……なんなのだ、この小僧は。
しかし、ゆえにわかることもある。言葉以上に、その目が雄弁に語っている。
セレーラの容態がかんばしくないことを。
「僕はこうなったのはあんたのせいでもあると思うんですけどね。このことについては許してやれと言われているので、責めるつもりはありません」
「言われている? それはセレーラにか」
肯定も否定もなく乾ききった視線だけが返ってきたが、おそらくはそうなのだろう。
セレーラに意識はあるということか。
「まあもちろんコレは許しませんでしたけど」
少しだけ胸を撫で下ろしていた儂に、小僧は引きずってきた袋を転がしてよこした。
「返します、コレ」
許さなかった……か。
覚悟はしていたが、きっとそういうことなのだろうな……。
しかし、ヒモで口が縛られ中身の見えないその袋は、あまりにも奇妙だった。
まず大きさがおかしい。
最悪首だけになって帰ってくることも考えていたが、それにしては袋が大きい。
ただそれも、狂子の小僧でも入り切るかどうかの大きさでしかない。大の大人が収まるものではない。
なによりも、あまりに丸々としすぎているのだ。ぶれることなく、まっすぐ儂の足もとに転がってくるほどに。
それに地面に接している部分の潰れ方から、かなりの柔軟さが見て取れる。
ためらいながらも開こうと手を伸ばしたそのとき、横からわめき声が聞こえてきた。
なにか揉めながら、徐々に近づいてくる。
「このっ、大人しくしろ!」
「離して! 離してったら!」
この声は……。
案の定、しばらくして姿を見せたのはオリアナだった。
トゥバイのパーティーメンバーである彼女が、騎士二人を引きずるようにして修練場から出てきてしまったのだ。
「馬鹿者、なにをしておる!」
「だって……あっ、い、いたっ。あなたたちトゥバイをどうしたの! トゥバイを返して!」
狂子たちが来たことを知って、飛び出してきたのか。
オリアナは回復メインの魔術師ではあるが、それでもS級にふさわしい能力を持っている。
連れ戻そうとする騎士たちも手を焼いていたが、そこにシグルが向かった。
そしていとも簡単に、オリアナの腕をひねり上げる。
後ろ手に回されたオリアナが苦痛に顔を歪めることなど意に介さず、騎士に対してシグルが叱咤を飛ばす。
「お前たち、女相手だからといって容赦などするな! 同じ失敗をするつもりか!」
儂らの監視を仕切っていたシグルにとって、トゥバイの一件は痛恨の極みだったろう。
セレーラとも親交が深かったはずだ。あれ以来ずっと、張り詰めた空気をまとっている。
「ああ、ソレのパーティーメンバーの人ですか。あのとき回復魔術使ってた」
そう言った小僧の口のはしが、禍々しく弓なりに釣り上がる。
「シグルさん、離しても構いませんよ」
「しかし……」
「大丈夫です。ちょうどトゥバイを返したところですし。ほらお姉さん、そこにいますよ」
「なっ、小僧!」
袋を指差す小僧を見て、いぶかしみながらもシグルはオリアナを離してしまった。
「トゥバイ!」
袋の異様さを気にもとめず、儂を突き飛ばしてオリアナが袋の口に手をかけた。
「よせ、オリアナ!」
たたらを踏んだ儂だったが、慌てて袋を掴み、奪おうと引っ張る。
だがそのせいで……引きずってきたせいでほつれていたのか、いとも簡単に袋が裂けた。
引っ張りあって浮いていた袋から飛び出たそれが──トゥバイだと言っていたそれが、べチャリと床に落ちた。
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