幕間1-17 兄とは妹に搾取される生き物だった 2



「ルチア、なんでお前が鉄砲を知ってる」


 指輪が日本語に翻訳したわけですらない。

 たしかにテッポウと発音したのだ。


 しまったという風に口を押さえたルチアは、少しして怪訝そうに眉を寄せた。


「主殿こそなぜ鉄砲を知っている……まさか鉄砲とはこちらの言葉なのか?」

「ああ。銃の昔の言い方になるのかな。一応今も使うけど、筒のところが長い銃のことを言うイメージだ。火縄銃とか」

「こういうやつです」


 千冬が新しいスマホで、火縄銃やマスケット銃の画像を出してくれた。

 それを見たルチアが目を見開く。


「まさしくこれだ……一体どういうことなんだ」

「それはこっちのセリフなんだが。なんで鉄砲を知ってるんだ?」


 再びの問いに、しばらくルチアは返答を言い淀んでいた。


「……それは知っておくべきことか?」

「ああ、重要なことだ。銃だけに」


 ニケだけがぷぷっと吹き出している中、ルチアは長い時間葛藤していた。

 しかし、ようやく決意したようで口を開く。


「わかった……私はこれを、帝国で見たことがあるのだ」


 ニ年ほど前のことらしい。

 騎士として働いていたルチアは、盾職としてのイロハを叩きこんでくれた師匠から呼び出された。


 連れて行かれたのは、帝都にある魔導試験場。国で開発した魔道具などを実験する施設だ。

 限られた者しか立ち入ることが許されないその場所で目にした物こそが、鉄砲だった。


 試射を見せた師匠が言うには、帝国は新しい武器である鉄砲を運用するための、試験部隊を編成するとのことだった。

 そしてルチアにその気があるなら、その一員になってみないか、と。


 たしかに鉄砲を使うのであれば、攻撃面のステータスなど関係ない。守りや素早さに秀でていた方が、戦果は期待できるだろう。ルチアは適任と言える。


「私は悩んだが、結局は断った。なんとなく鉄砲という物を好きになれなかったからだ。そのあとのことはよくわからない。その部隊が行動したというのも聞いていないし」

「私もそのような情報は得ていませんわね。そんな部隊目立つでしょうに」


 帝国と王国はよくぶつかっていて、セラのポジションならかなり情報が集まっていただろう。それでもまるで知らないようだ。

 編成に時間がかかっているのか……もしくはなにか問題でもあったのかもしれない。


「なるほどね……ルチア、よく話してくれた」


 新武器に新部隊などという帝国の機密を漏らすのは、真面目なルチアには気が咎めることだったろうに。


「いいのだ。私の忠誠は、もうお前にある」


 そう言ってから、ルチアは笑みを見せた。


「ふふ、やはり私の選択は正解だったな。あの話を受けていたら、きっとお前と出会うこともなかっただろう」


 それはつまり仲間に裏切られ、傷つけられることもなかったということだが……それよりも俺と会えて良かったということか。


「ルチア……」

「シンイチ……」

「はいストーップ! そういうのはあとにしてくださーい」


 見つめ合う俺たちのあいだに割って入った千冬に、ニケとセラも拍手をしていた。仕方がない、続きは夜までガマンしよう。


「でさ、お兄ちゃん。これって……」

「ああ。地球人が、俺のクラスメートが絡んでると考えて間違いないな」

「そうなのだろうな……勇者を確保していたなど、まるで知らなかった」


 自ら帝国に食い込んでいったのか、それとも捕まったのか……いずれにせよ鉄砲を試作するまでの時間を考えると、かなり初期の段階で聖国から逃げ出したやつだろう。


「鉄砲なんか広めるなんて……」


 けしからんと憤慨する千冬に、俺もうなずいてみせた。


「うむ、まさか先を越されるとはなあ」

「お兄ちゃん正気!?」

「マスターは鉄砲を広める予定だったのですか?」

「ルチアの復讐でやる帝国潰しとして、その案もちょっと考えたってだけだけどな」


 不確実だし時間もかかるし、どこまで影響が広がっていくかもわからないから却下したのである。そもそも銃の詳しい作り方もわからん。


 だから妹よ、そんなに汚らわしいものを見るような目で見るのはやめなさい。

 その隣では、ルチアがため息なんかついちゃってるし。


「ハァ、帝国は潰さなくていいと言っているだろう……王国にでも鉄砲の作り方を教えて、戦わさせるつもりだったのか?」

「いや、帝国にだけど。先を越されたって言ったろ」

「……まるで意味がわかりませんわ。強力な武器を帝国に授けることが、なんで帝国潰しになりますの」


 あとは庶民が通える学校でも作れば、俺はかなりの確率でそうなると思うんだけど……もちろんそれまでに周辺国には、相当被害が出るだろうが。

 鉄砲がどういうものかイマイチわかっていないみんなは、首をかしげている。


「ま、もうさいは投げられてるみたいだし、結果が出たとしてもずっとずっと先だし、説明するのめんどくさいし、それより続き見ようぜ」

「またお兄ちゃんは……」


 ルチアなんかは特に説明を求めていたが、結局特撮の続きを見てたらすぐにのめりこんでいた。

 このぶんなら、全作品をブルーレイでコレクションしても許されるのではないだろうか……向こうで見れないのが、つくづく残念である。




 そんな慌ただしくも平和で心安らぐ日々を満喫して、二十日ほど経過した。


 そのあいだに掛川にいる母方のじいちゃんばあちゃんのところにも、事情を話して顔を出した。

 とてつもなく驚いていたが、信じてもらうことができたし、他の親戚には絶対に言わないと約束してくれた。じいちゃんが泣いてるの初めて見た。


 そして米作りに関していろいろ教わったり、廃車や廃バイクをもらったりした。

 それと自分たちや親族で食べるように作ってる、無農薬米も多少わけてもらった。


 白米にして食べるなら農薬はまったく問題ないが、じいちゃんちや日本の我が家で食べるのは胚芽米なのだ。そうなるとできれば農薬があまり使われていないほうが安心なのである。

 俺も美容と健康のために、三人には胚芽米を食べさせたい。

 足りない分はじいちゃんが知り合いから仕入れてくれるそうで、戻ってきたときは必ず顔を出すように言われた。


 そして父方のじいちゃんばあちゃんのほうなのだが、残念だが事情を伝えるのはやめておくことになった。

 関係が悪いわけではないが、母さんが再婚したこともあり、以前ほど密接な繋がりはなくなってしまったからだ。

 誰が悪いわけでもないし、こればかりは仕方のないことだろう。


 あとは美術館やクラッシックコンサートなどの、芸術鑑賞に何度か行った。京都にも行った。

 結局母さんが志願してくれたのでラボに母さんを入れて扉を閉めたが、異世界に行ったときみたいに変に力がつくようなこともなかった。

 それならばということで、〈新世界の扉〉を使って家族みんなで行ってきた。


 そうして英気と物資を満たした俺たちは、そろそろあちらの世界に戻ることにした。

 あまり長居してご近所さんに変に思われても困るし。


「体を大事にして、みんな元気に帰ってくるのよ。また真一に困らされると思うけど、なんでも相談してね」

「みんな気をつけて……その、美紗緒のこともよろしくお願いします」


 ラボの扉を前に母さんと晴彦さんに言葉をかけられ、三人がそれぞれ返答している。

 ていうか、なぜ俺が困らせる前提なのか。


「で、千冬はまだスネてんのか」


 もう出発しようと思っているのに、千冬が部屋に籠もって出てこない。

 原因はわかりきっている。それは今朝の話だ。


 俺たちが旅立つことを告げたら、千冬が自分はいつ向こうに連れていってもらえるのかと聞いてきたのである。

 なので俺は答えたのだ。

 そんな日は永遠に来ないぞ、と。

 そうしたら千冬はキレたのち、スネてしまった。


「気持ちは理解できますわ。違う世界の存在を知って、行く方法もあるのに行かせてもらえないなんて。私だったら耐えられませんわ」


 好奇心の強いセラは自分に置き換えて、やや怒り気味にすらなっている。

 それをまあまあとなだめるルチアも、千冬に同情しているようだ。


「私もかわいそうだとは思うが……主殿、なぜチフユを連れていってあげないのだ? 危険なことをせず、街を見て歩くくらいならいいのではないか」

「言っただろ。千冬をあっちの世界に連れてって、俺よりかっこいい職業とかスキルとかゲットしたり、俺より強くなりそうとかだったらどうすんだよ。兄としての威厳が──」


 しかし俺の発言を、抱っこしているニケがさえぎった。


たわむれはもうやめなさい。本当の理由はなんなのですか?」


 むーん、バレバレか。


「……千冬は力を得たら、その力を自分のためだけには使えないからな。もし得た力で誰かを助けられるのなら、千冬はこちらの世界であっても迷わず使う。そんなことすれば厄介なことになるとわかってても」


 千冬の気性を否定するつもりはない。言ってもムダだし。

 だから本当の理由を伝える気もない。


 でも本腰を入れて向こうで暮らしたいと言うなら考えもするが、こちらで普通に暮らしていく千冬に、変な力はやはり持たせるべきではないのだ。


「あの子は陽介さんに似ているものね」


 困ったように眉を寄せつつ、でもうれしそうに母さんは笑みを浮かべていた。


「千冬のお節介に、俺も何度も巻き込まれてるからな。いじめられっ子を助けたりとか」

「そういうことでしたの……」


 セラのお怒りも収まったようでホッと一安心していると、ガチャリと扉が開く音が聞こえた。千冬が部屋から出てきたようだ。


 リビングに入ってきた千冬は、パッと見は機嫌良さそうに見える。

 だが実際はそうではないだろう。俺とはまるで目を合わせようとしないし。


「なんとか間に合った……これ三人に作ったんですけど、良かったらもらってください」


 千冬が三人に渡したのは、大きめの御守りだった。

 全部手作りなのだろう。刺繍ししゅうされている文字はややいびつである。

 でも袋は和柄のパッチワークで作られていて、ひいき目なしに飾っておけるほどカワイイ。

 千冬に感謝を伝える三人も、本当にうれしそうだ。


「どれどれ……ニケのは夫婦円満、ルチアのは交通安全、セラのは……克己だな」


 なんかセラのだけテイストが違う。


「こっき?」

「己のよこしまな心に打ちつように、という言葉だ」

「いい言葉ですわね。でもなぜ私はこれなのかしら……」


 首をかしげるセラを見て、千冬が痛ましげな視線で「獣ショタ心に負けないで……」とつぶやいているのはなんなのだろう。


 まあそれはよしとして……俺のは?

 千冬に両手を差し出して待っているのだが、見向きもせずに三人に話しかけている。


「ほんとに気をつけて……絶対無事に帰ってきてくださいね」

「もちろんだ。心配しなくともすぐに戻ってくるさ。キョウコ殿にことを習わなければならないしな」


 三人とも母さんの趣味である、箏(一般的にお琴と呼ばれるやつ)を習い始めたのだ。日本大好き外国人みたいになってきたな。


「チフユさんもお勉強頑張ってくださいませ」

「チフユ、例の件もしっかり学んでおいてください。私に教えられるように」

「だから無理ですってぇ!」


 なんの話かわからないが、千冬は逃げるように母さんの横に下がった。


 ……だから俺のは?


「では行きましょうか」


 そう言って、ニケがラボの扉をくぐる。

 しかし千冬に動きはない。

 いやん、待って。こういうのってなんだかんだで最後にはもらえるんじゃないの?


 結局ダダをこねてももらえず、母さんたちに見送られそのまま旅立った……ウソでしょつらい。

 次はご機嫌取りに千冬が喜びそうな物をいっぱい持って、なるべく早く帰ることにします……。








 後日、三人にお土産選び手伝ってもらった甲斐もあり、帰ったときにようやく御守りもらえました。


 すごく手抜き……シンプルな作りで、『友達百人』と刺繍されていた。俺は小学生かな?


 ていうかそんなの余裕で──


「マスターには無理では」

「無理だろう」

「無理ですわね」


 ……だよね。


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