幕間1-16 兄とは妹に搾取される生き物だった 1



 帰ってきた翌日には、父さんの墓参りに行った。

 父さんの本籍は静岡市であり、墓もこっちにある。墓前でニケたちのことを思い切り自慢してきてやった。

 母さん一筋の人だったが、さすがにあの世でうらやましがっているだろう。


 さらに翌日には、晴彦さんがもういろいろ売ってきてくれた。

 三割ほどの金を家に入れ、あとは買い物ざんまいである。大学の長い春休み中の千冬に全面協力してもらったが、もちろん新しいスマホは買わされた。


 そして今日は、服メインで買い物をしてきた。

 千冬が三人を着せ替え人形にして大興奮していたが、買ったのはベーシックな物ばかりでそこまで数は多くない。どちらかというとサンプルとして買ってきた感じだ。

 千冬の服はかなり買わされたが。


 なぜサンプルかというと、以前から自分で服を作っていたセラが、服作りに本格的に挑戦してみることにしたからだ。

 こちらの縫製技術やデザインを見て、感銘を受けたとのことだ。


 やりたいと言うなら応援したいし、三人とも規格外のお胸様を所持しているので、こちらの既製品より自作の方がフィットするだろう。布地もあっちの世界のほうが丈夫なものがあったりするし。

 なので本屋でファッション雑誌や専門書を買い漁り、工業用ミシンなども買うことにした。


 機械については一度あっちに戻って検証した結果、精密機器は魔力が悪さをして上手く動かないが、作りがシンプルな物ならちゃんと動くことがわかっている。

 家庭用精米機が動いたのはありがたかった。ミシンも電子ミシンでなければ問題ないだろう。


 電力については無限なので、大容量の蓄電器を買ってある。

 戦闘用食料備蓄婚約者が、戦闘用食料備蓄発電婚約者に格上げされることになった。喜んではいなかった。


 しかし服はいいにしても、下着に関してはなかなか素人が手を出すのは難しい。さすがに全部買うことにした。

 でも専門店でも三人のサイズだとだいぶ種類が限られるので、あちこち回ることになった。


 そして開店以来一枚も売れたことがないというサイズの下着を試着するたびにニケが見せつけてきて、ガマンするのが大変だった。

 妹がそばにいるのにこっそり全員に一回ずつガマンしきれなかったなんてことは、口が裂けても漏らしてはいけないのだ。


「ほんとみんなおっきすぎるよ……お兄ちゃん、おっぱいに貴賤きせんはないんだよ」


 とは店を回っていた際の千冬の談である。

 だが、


「そんなのは当然だろう。大きかろうが小さかろうが、おっぱいは等しく尊いものだ。でもな、千冬……人には好みというものがあるのだよ」


 と言うと、静かに涙を流していた。

 大丈夫。お前のおっぱいを好きだと言う男は必ず現れるさ。俺が殴り殺すがな。


 ちなみに千冬のために俺が下着を選んでやったのだが、全て却下されて自分で選んで買っていた。もちろん俺の金で。


 それとなにより当然として、セクシー系のランジェリーもいっぱい買った。

 さほどサイズを限定しない物が多いので、ネットも駆使してとにかく買った。


 スポブラ系も体動かすときにはいいし、俺の興奮度的にもアリだと思うので買いこんだ。

 これでコルセットを野暮ったくしたようなのと、カボチャパンツみたいな下着とはお別れだ。毎日の夜がさらに楽しみになる。朝も昼も夜になればいいのに。


 あと買い物中、俺という存在がいるにも関わらずナンパしてくる男たちも少なくなかった。

 外国語苦手な日本人にしては珍しいと思うが、四人とも魅力的すぎるのでしょうがないね。

 日本語ワカリマセーンで基本追い払っていたが、あまりしつこいのは強烈な静電気で撃退されていた。冬だからそれもしょうがないね。


 そしていろいろ回って家に帰ってきて、セラすら含めてみんなしばらくソファーでぐったりとする。このところ毎日の光景である。

 もちろん体力的なものではなく、不慣れによる精神的な疲れからだ。


 今日はルチアを膝枕して髪を撫でてあげていると、気持ち良さそうに目を細めながら口を開いた。


「それにしても不思議……というか、通り越して少し恐ろしいというか。あれだけ多様なものがあふれているのに、人々は皆同じような格好に、髪に、喋り方に……だんだん顔まで同じに見えてきてしまったぞ」


 あちらにも服などの流行りはあるが、ほとんど貴族の中で完結している。

 そもそもの人口が多い上にその大勢が同じものを追いかけていれば、ルチアたちの目には奇異にも映るだろう。


「多様なものがあふれているからこそ、かもしれませんわね。あれだけ選択肢が多いと、なにを選べばいいかわかりませんもの。誰かが提示する答えに飛びつくのも、無理からぬことですわ」

「私たちに声をかけてきた者たちは、特にその傾向が顕著けんちょでしたね。流行りというものに乗ることで自信を得ているのでしょうが……チフユ、あまりつまらない男に引っかかってはいけませんよ」

「き、肝に銘じます」


 千冬との関係は良好で、みんな可愛がっている。妹神だから当然だ。


「つっても、やたらが強い男を捕まえても苦労しそうだけどな」


 なんでみんな、お前が言うなみたいな目で見てくるん?


「お兄ちゃん、鏡を買い忘れてるんじゃない?」

「別に買う予定ないんだが」

「わかんないんだろうねえ……でも、普通にそういうのいっぱい買ってったりしないの?」

「ゴマすり用にか。いいかもな」


 こっちの鏡は向こうのと比べれば段違いに質がいいし、権力者にくれてやれば喜びそうだ。

 だが発案者の千冬は、頬を膨らませている。


「もう、そうじゃなくて、いっぱい持ってって売ればいいんじゃない? 他にも、向こうにない便利な物とかもさ」

「今度はなにを買って欲しいんだ? そんなに俺に金を稼がせて」

「そうじゃなくってさあ」

「じゃあ破壊工作か。それならやってもいいが、どこに仕掛ける?」

「なんでそうなる……」


 他になにがあるというのだろうか。

 口を尖らせた千冬を見て、セラが熱いお茶をフーフーするのをやめた。

 最近うちの子たちのあいだでは、お茶がブームになっているのである。


「チフユさん、それは私としては賛同しかねますわ」

「えっ、なんでですか? みんな喜ぶと思うのに……」


 どうやら千冬は、それが向こうのためになると思ってしまっているようだ。

 それを聞いたセラが優しくほほ笑む。


「やはりそうなのですわね。あなたのその気持ちは尊いものだと思います。でもそのような行為は、必ずしもあちらのためになるとは限りませんわ。たとえば単純な話、たしかに良い鏡を売れば、買った者は喜ぶでしょう。ですが鏡を作る者はどうなるのか、ということですわね」

「あ、そっか……大損ですね」

「ええ。それだけですめばまだマシですが、職を奪い、技術まですたれさせるようなことになってしまえば取り返しがつきませんわ。それこそ破壊工作になってしまいます。ですから中途半端な取り組み方でこちらの物品を流通させるのは、控えるべきだと思いますの」


 俺が聖国でやった、ポーションの価値破壊と同じようなものだ。セラが言ったことだけでなく、他にも様々な問題が出るだろう。

 なんでもそうだが、度を越してしまえば歪みが生じるということだな。


「うう、浅はかでした……」

「だいたいな千冬、せっかくの異世界なんだぞ? それを地球と同じにしちゃつまんないだろ」


 それは異世界に限ったことではない。違うこと、知らないことがいっぱいあるから世界というのは面白いのだ。


「それにたしかに今は、こっちのほうが進んだ分野が多いかもしれない。でもあっちがまったくの新しい視点で、俺たちの思いもよらないすごいものを産むかもしれないだろ? というか現時点でもあるだろうし。そういう可能性を消すことはしたくない。めんどくさいし」


 米とかの俺たちの生活に直に響く物事は例外として、基本的にはあれこれ広める気はない。

 それを聞いた千冬は、やれやれとあきれ笑いしている。


「絶対最後のが本音なんじゃん……でも、納得はした」

「まあ自分で一から街とか作るんなら、こっちの技術とか文化とかぶっこんでも面白そうだとは思うけどな」


 ゲームのようにボタン一つで作れるわけでもないし、そんなしんどいことをする予定はまるでないのだが。

 するとお茶を飲み干したニケが、湯呑みをタンッと置いた。ソファーにもたれていた背中を伸ばす。


「二人とも、こちらのことをもっと学んでおきましょう」


 急にやる気出してどうしたの?

 そしてそれは、呼びかけられた二人もだった。


「ああ、なるべく言葉も覚えたほうがいいだろうか」

「そうですわね。備えておいて損はありませんわ」


 なんに備えるのかよくわからないが、三人は謎にうなずき合っている。

 どうせこちらにはちょこちょこ帰ってくるので、言葉を覚えるのは賛成だけど。


 『言語理解の指輪』では文字は読めないし、実はテレビなどを通した言葉を聞いても意味が理解できないのだ。

 これの原理は定かではないが、発言者の意思を送受信させるための物なのかもしれない。

 だから意思を感じ取ることができない録音音声などは、翻訳されないのではないだろうか。


 もっとも完璧ではないにせよ、とてつもなく高度な技能の魔道具だが。リリスには聞いてなかったが、神様産だろうか。

 そうだとすると、どちらかといえば魔族側の神様が作った可能性のほうが高いかもしれない。魔族は多種多様だから、意思の疎通が難しそうだし。


 ともあれ言葉を勉強したいというならちょうどいい。

 今日、俺の好きな特撮シリーズの中でも一番好きな作品のブルーレイボックスを売っていたので、こっそり衝動買いしてしまったのだ。


 結局バレてみんなに怒られたので他のはサブスクでガマンするが、これを一緒に見ることにしよう。ニュースなんかよりは、楽しく学べるはずだ。


 みんなの許可が出たので、ディスクを入れてポチッとな。

 セラの膝の上で俺が翻訳しつつ物語が進んでいくと、すぐに三人とも勉強などすっかり忘れた様子で見入っていた。


 そして一話目の終盤、現れた怪人に警察が銃で応戦するシーン。

 銃は効きはしないのだが、それを見てセラとニケが首をかしげている。


「今のはなんですの? 突然火の粉が飛び散りましたわ」

「マスターが作った魔導砲に似ていましたが」


 あちらにはそういう原理の物はないからな。

 魔術などがあるから、なかなか新技術が発明されないのも仕方ないことなのだろう。


「銃って言って、金属の弾を撃ち出す武器だ」

「そうなのですか……なにも飛んだようには見えませんでしたが」

「危ないから撃ったように見せかけてるだけなんだよ。普通の人間には見えないくらいの速さで飛ぶし、小さな弾だが殺傷力はかなり高い」


 銃という未知の武器に、二人は驚いている。

 しかし残るルチアは驚いてはいるものの、驚き方の毛色が違うように見える。

 不思議に思っていると、ルチアはポロリとこぼした。


「『テッポウ』のような物がこちらの世界にもあるのか……」


 ……どういうことだ?


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