6-20 長く待った甲斐があったどころではなかった


「それで、ええと……最後にですわね」


 あれから何度も最後を繰り返し、思い出話にまで話がそれていったりした。


 俺はもう二度と、ペットにエサの前で待てはさせない。

 そう決心しつつ今度こそ本当に最後であることを願っていると、防音のことを言うより、さらにセレーラさんがモゴモゴと口ごもる。


「私はその、こういうことに関して、あの……」


 そうか……それが不安でここまで引っ張っていたのか。


「大丈夫だ、セラ。わかってるから」

「そ、そうですか」

「うん。セラは俺よりずっと年上なんだから、いろんなことを経験してて当然だよ」

「え……」

「むしろ経験豊富じゃなかったらおかしいっていうか」

「おかしい…………」

「だから俺が引く心配なんてしなくていいんだ。というか磨き上げてきたテクニックをどうか披露してください」


 俺の切なる訴えに感激したのか、セレーラさんはうつむいてプルプル震えている。

 少ししてガバっと顔を上げた。


「わっ、わかりましたわ。ええ、いいですわよ。私のてくにっくを見せて差し上げます。年上ですもの、当然ですわ。さあかかっておいでなさい」


 なんか目がグルグルしてるような気がするけど……気のせいかな?


 そして俺は、恋い焦がれたセレーラさんに……両手を広げて待つセラに、ついに飛びつくことができた。







「セラ、素敵だった……」


 二回戦が終わり、シーツにくるまって背中を向けているセラに語りかけた。


 正直頭がどうかなるくらい興奮してしまった。反応がとても初心うぶなように見えて。

 私を見ろと言ってたのに、見すぎだと何度も怒られたし。


 超絶耳年増なニケどころか、貴族として知識だけは教えられていたルチアよりなにも知らなかったのではないかと、勘違いさせられそうだった。そんなはずないのにな。


 想像とは違ったが、これが本物のテクニックというものなのだ。セラ恐るべし。

 今は収まっている触手も、ちょくちょく出て絡みついてきて最高のスパイスとなっていた。


 触手は斬られた腰に近い、背中の下部から出てくるが、収まっているときはまったくわからない。

 二回戦目はだいぶ乱れたので汗がにじむ、その白い背中に口づける。


 セラの匂いに包まれると森林浴でもしているような気分になって、何度も胸一杯に吸い込みたくなってしまう。

 ほら、こんなに爽やかな癒やしを与えてくれ……あれ? なんだろう、森の中にクチナシが咲いた?


 漂ってきた甘い香りが、またたく間に濃厚に立ち込める。

 満開の花畑……いや、そんなぬるいものではない。ねっとりと甘く怪しいツタ地獄。絡みついて離れない。


 急速な変化に戸惑っていると、振り向いたセラがガバっと体を起こした。

 俺の手首を押さえつけて、のしかかってくる。


「……セラ?」

「うふ、うふふふふ」


 妖しく笑うと、セラは俺のほっぺを舐め上げた。そしてベロリと舌なめずり。

 薄明かりの中で、翠眼が閃く。


 この目……知ってるぞ。

 たまにニケがなったり、ルチアが酔うとよくそうなる目。


 ────捕食者の目だ。


 そうだったのか……ここからが本領発揮ということか。まさか胸部ロケットだけでなく、二段ロケットまで持っていたなんて。

 触手もあるし、なんて欲張りセットさんなんだ。


 ここで引いてしまえば、追い詰められ食いつかれ骨までしゃぶられる。

 今後、俺は三人を相手にしていかなければならない。一人相手に負けては失望されてしまう。

 ゆえにこちらが打つ手は一つ。


 全力で迎撃だ!

 負けてなるものかぁ!






 激闘を制した翌日、昼すぎに起きた俺とセラは風呂で汗やらなにやらを落とした。

 そしてリビングに向かうと、ニケとルチアがソファーに座って待ち構えていた。


「ゆうべはお楽しみでしたね」


 なぜか知ってるお決まりのネタをぶち込みつつ、ニケがローテーブルにアーモンドミルクを差し出してくれた。


「なななんのことですの」

「セラ、さすがにそれは無理があると思うんだが」


 今さらごまかせるわけがないし、その必要もないだろう。


「別にやましいことをしているわけでもない。堂々としていればいいのではないか」


 俺の見た目を考えれば、余裕で犯罪的だけど。でも中身は大人だから大丈夫。


「うう……そうですわね」


 ルチアにそう答えたものの、恥ずかしそうにセラは抱っこする俺の頭に顔をうずめた。

 実は抱っこは前からしてみたかったらしい。俺を抱えたまま、二人の向かいのソファーに座る。


 そして気持ちを鎮めようとしてか、セラはアーモンドミルクに口をつけた。


「それにしてもセレーラ殿。エルフはとこについて淡白だと思い込んでいたが、ずいぶんと激しいのだな」


 ──ブフォァ!


 吹き出すアーモンドミルク。

 頭部がひたされ、しみ出て垂れるミルクで白に染まる俺の視界。


「ルチアよ……俺やニケの正体をバラしたときにうまくいかなかったからって、なにも今やらなくても」

「いやっ、ち、違うんだ。決して狙ったわけでは」

「怪しい。失敗してすごくガッカリしてたからなあ」

「ゲホッゲホッ、なっ、なんで、ゲホッ」

「『エルフの巣籠り』ですね」


 そう言いながら、ニケがタオルを差し出してくれた。


「うん? ニケ殿、それはエルフがほとんど外の世界に出てこないことを指す言葉だろう?」

「いえ、それは誤用です。本来は──」

「ちょっとお待ちになって!」


 むせ終わったセラが、口を拭って声を張った。


「なにを勝手に激しいなどと決めつけていますのっ。憶測でそのようなことを言うのはやめて欲しいですわ」


 反論された二人は、困惑した表情を浮かべている。

 そりゃそうだろう。


「憶測と言われてもな……」

「あれだけラボ中に恥じらいもなく絶叫を響かせておいて、どの口で言うのですか」

「…………ラボ中に響かせて?」


 なぜか背後からゴゴゴゴゴって効果音が聞こえてきたと思ったら、突然釣り上げられてクルリと回される。

 そのまま空中に、大の字で固定された。手足を拘束する触手によって。


「どういうことですの」


 セラの艶のある声が、地獄の釜のフタが開いた音に聞こえるのはなぜかな。


「あの、いったいなんのことでございましょうか」

「昨日あなたは『これで大丈夫、聞こえない』と言いましたわよね」

「はい、言いました」

「ではなぜ二人に聞こえているのかしら」

「それは当然聞こえると思います。でも二人の声は聞こえなかったのではないでしょうか?」


 言われたとおり、ちゃんと遮断したのだ。


 非のない俺を責めた自分を恥じているのか、セラは顔を両手で覆っている。

 かと思いきや、その手が俺の首に伸ばされた。


「あなたは馬鹿ですの馬鹿なんじゃありませんの馬鹿ですわよね。外からの声だけ防いでどうしますの防ぐなら誰がどう考えても逆に決まっているでしょう」


 死んだ目で、抑揚なく流れるように。

 この上なくキレてるのはわかったから、昨日契りを結んだばかりの相手を絞め殺そうとするのはやめてください。


「て、てっきり二人の声が聞こえてくると集中できないからかと」

「声を聞かれているほうが恥ずかしくて集中できませんわ!」


 ひい、し、死ぬ……これが痴情のもつれというやつか。


「どちらかといえば恥情のもつれでしょう、プププ」


 テレパスしてうまいこと言ってる場合じゃないんだよニケちゃん。


「まあまあ、セレーラ殿。主殿が馬鹿なのは今さらだし、どのみち通る道だろう」


 素で馬鹿と言われる主の悲しみがわかるだろうか。

 でも触手を恐れて遠く離れているルチアの言葉に気を取られ、ネックハンギングツリーは少し緩んだ。


「……通る道というのはどういう意味かしら」

「どうせこれからは床をともにするではないか」

「私もですの!? その、別々というわけには」


 なんですと!? せっかくみんなで楽しくいたせると思ったのに、そんなの悲しすぎるよ……なんとか食い止めたいが、今は(物理的に)反論できない。

 しかし、俺に代わり反論してくれる心強い仲間がいた。


「なにを言うのだセレーラ殿。そんなことはダメに決まっているだろう」


 ルチアがそんなにみんなでいたしたいとは知らなかったが……なにはともあれ俺の未来はお前の肩にかかっている。頼む、がんばって!


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