6-21 よかったよかった
「ダメって……なんでそんな」
「少なくとも常に別々というのはダメだ」
二人でいたしたい派のセラが、ルチアの強い否定に押されている。
いいぞ、その調子だ。
「主殿が自分の配偶者すら統率できない甲斐性なしと思われるからな。そうやって使用人のウワサが広まれば、名に傷がついてしまう」
それが帝国流の貴族の
「使用人なんていませんわよ!? ウワサなんて広まるはずありませんわ! あなたって意外とポンコツなところあったりしません!?」
「む、そんなことはない。それにそうでなくとも、いざというときに不和というものは表面に現れてしまうものだ。私は断固反対する」
「不和ってそんな大げさな……」
ルチアがニケと一緒にいたすのに拒否を示さなかったのは、そういう理由だったのか。
ほぼ初めから普通に三人でしてたから、聞いたことなかった。
「でっ、でも……そう、ルクレツィアさん。私は触手が出てしまうかもしれませんわよ」
「くっ…………それでも……ダメ、だ」
なんという覚悟。
ルチアの忠誠心には心打たれるが、ニケはこの重大案件をどう考えてるんだろう。
そう思って顔を向けたが、大したことだとは思ってないように見えた。
「セレーラはたまにでも気が向いたときに混ざればいいのではありませんか。その他の日は一人で眠ればいいのですから」
「そっ、それはあんまりではありませんかしら。少しくらい、その、私にも……」
俺もちょっとひどいと思ったが、ニケは意地悪で言っているのではなさそうだ。
不思議そうに首をかしげている。
「どうせ普段は、それほど交わりたいとも思わないでしょう? 昨日のように発情期が始まれば、こちらも多少は控えます。そのときにマスターと二人きりになればいいかと」
「……発情期?」
「そういえば今は普通にしていますが……
「ちょっ、ちょっと、変な冗談はやめていただきたいですわ。発情期なんて、そんなものあるはず──」
あれ、これガチだ。
セラの反応に、ニケは目を丸くして口まで半開きにしている。
それを見て取ったセラも驚いている。
「ありますの!?」
「貴女は一体なにを言っているのですか。とうの昔に成体になっているのですから、発情期を感じたことは数えられないほどあるでしょう」
「ありませんわ!?」
「……どういうことですの」
驚きで喋り方が移ったニケに詳しく話を聞いたが、どうやら本当に女性のエルフには発情期があるようだ。
さっき言いかけた『エルフの巣ごもり』。
それは普段淡白なエルフが、発情すると何日も家から出ないで子作りにはげむほど激しいことを
独り身のエルフも、その期間は家から出なかったりするみたい。
エルフは樹国イグドシルト以外ではほとんど見ることはないが、セラは一応エルフの知り合いもいる。
しかし深い仲ではないこともあって、そんな話はしたことがなかった。
エルフにとって発情期は神聖なもののようだし、あって当然だからだろう。
ニケは昨日のセラがあまりに激しいので、てっきり発情期が始まったのかと思ったらしい。
「それで、セレーラ殿にはなぜないんだ?」
「私が知りたいですわ……」
拘束を解かれた俺は、少し不安そうなセラにきゅっと抱きしめられている。
自分がエルフの生態から外れていると知ってしまったのだから無理もない。
少し考え込んでいたニケが、どこかためらいがちに口を開いた。
「……セレーラは、父親が人間だと言っていましたね」
「ええ、たぶんですけれど。少なくともエルフではありませんわ。それがなにか……まさかっ」
「
「なんだそれ?」
「私も初めて聞いたな」
愕然とするセラは知っているようだが、知らない俺とルチアにニケが交互に顔を向ける。
「人において親が違う種であった場合、子はどちらか一方の種族になるのは知っていますね」
それは知っている。
だからステータス上は、ミックスした種族が存在しないのだ。
「通常であれば子は、完全にその種族の特性を受け継ぎます。ですが極まれにその種族にはない、もう一方の特性を受け継ぐことがあるのです」
「それが代替継受なのだな」
「はい。その結果、通常では考えられない突出した力を持ってしまうようなことがあるのです。ですから違う種の……特に短命種と長命種の掛け合わせは禁忌とされることが多いのです」
なるほど……理解できないこともないな。
短命種と長命種などでは、特性が違いすぎるのだ。
たとえばエルフなどの長命種は、一定までいくと急にレベルが上がりづらくなる。
もしもレベルの上がり方が人間のような短命種と長命種で同じであれば、長命種が強くなりすぎてしまうからだろう。
それでなくともレベルが同じであれば、たいがいの長命種のほうが強いのに。
その『もしも』が起こりえるのだ。
逆にめちゃくちゃ弱くなってしまうこともあるだろうけど。
「私もそのようなエルフと相対したことがあります」
「エルフ? ……あっ、そうか。『緑光の屍術師』とはそういった者だったのか」
さすが|英雄譚好き《ルチア》。
正解だったようで、ニケが神妙にうなずく。
「敵ではありましたが、あれは哀れな者でした」
異端として迫害されてたとか、そういうのが想像できてしまうな。
俺たちも他人事ではないが、今深刻に考えても仕方ないだろう。
「んで……セラの場合はその代替継受で、人間みたいに万年発情期になったと」
「いやぁ!」
「しかもあの激しさから考えれば、発情したときの貪欲さはエルフのままなのだろうな」
「いやああぁぁ!」
つまりセラはうまいこと混ざった結果、性欲に関して突出した力を持ってしまっていたのだ。
その事実に悲鳴を上げ、ひたいを俺の後頭部に擦りつけてくる。ちょっと痛い。
「ですが今平気にしていることを考えれば、幸いにも発情するのは気持ちが盛り上がったときだけのようですね」
一定を超えるとスイッチが入り、満足したらスイッチオフみたいな感じだろうか。
「まるで慰めになりませんわ……」
セラはそう言うが、常に発情状態だったら、まともな日常生活は送れなかっただろう。そのことをもっと喜ぶべきだ。
俺はとても喜んでいる。
「顔がにやけているぞ、主殿。喜びすぎではないか」
「そ、そう? そんなことないと思うよ?」
だってねえ……普通のエルフみたいにめったにない発情期のときしかほとんどいたせないとか、寂しすぎるじゃない。
しかもセラの昨日の様子からして、発情前も人間と同程度には性欲を持っているようだし。ベッドに誘うまでが大変ということもなさそうだ。
「あなたはもう本当に……」
「お、落ち着くんだセラちゃん触手拘束は無しにしよう? というかさ……今までなんでわかんなかったんだ? あんだけ人が変わったように激しくなるなんて、おかしいと思わなかったん?」
俺としては万々歳なのだが、昨日の二段ロケットスイッチオンはかなり目がイッちゃってたからな。
毎回のようにあんな風になってたらさすがに気づくと思ったのだが、セラはとんでもないと声を張り上げた。
「そんなのわかるはずありませんわ! 昨日が初めてでしたのに!」
「えっ」
「あっ」
「だろうな」
「でしょうね」
俺をきつく抱いたまま、セラがプルプル震えだす。
「えっと……なんで言わなかったんだ」
「あなたが……あなたがおかしいなんて言うからでしょう! もういやですわあ!」
勢いよく立ち上がったセラが俺をポイッと投げ捨て、超特急で走り去る。
飛び込んだ部屋の扉が、バターンと閉められた。
「あーあ、知らないぞ主殿」
「頑張ってくださいね、マスター」
えー……これ俺のせいかなぁ?
結局、固く閉じられた天の岩戸が開くまで、夕飯前までの時間がかかった。
でもショッキングな出来事を経たセラの触手制御は格段に上昇したのでよかったです。
「全然よくありませんわ!」
ちなみに重大案件については、その気にさせたり焦らしたりしてたらセラがあきらめた。
最中に触手でルチアを撫でてイジワルなんかもしてたし、すぐに慣れてくれそうでよかったです。
「そうだな……よかった、な…………」
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