6-22 閑話 男たちの悲哀 〜ああ、青春の淡き慕情よ〜 1
「侯爵閣下、皆様、この度はご心配をおかけしまして申し訳ありませんでした」
あの一件から十日あまりが経った今日、一人訪ねてきたセレーラが、執務室に入るなり深々と頭を下げた。
揺れる金色の巻き髪が前より輝きを増したように見えるのは、私の心境のせいだろうか。
「セレーラ……無事で、なによりだ」
胸が詰まり、言葉も詰まりそうになるも、執務椅子から立ち上がった私はなんとか絞り出した。
事件後にタチャーナを呼び出して話を聞こうとしたものの、自分のスキルでセレーラを
謝罪し、必ず助けると言っていたあいつをつい責めてしまったが、言葉どおりに見事果たしたか。
「姉さん、心配しました……本当に」
クリーグは目を潤ませ、ヴォードフも何度もうなずいている。サバスティアーノも
ただシグルだけは、素直に喜びを表せずにうつむいている。
合わす顔がないとでも思っているのだろう。
「顔をお上げください、シグル様」
「ですが……」
「ご覧になって」
片腕ずつを上げ、セレーラは体を右、左とひねる。
「このとおり、もうなんの支障もありませんの。ですからどうか気になさらないでくださいませ」
「はい……ありがとうございます。ご無事で本当によかったです」
セレーラのほほ笑みで、シグルの表情から固さが取れたように見える。
トゥバイを逃してしまったことを悔やむシグルは、冒険者の監視の任を解かねばならなかったほどに根を詰めすぎていたからな。これで私も少しは安心できる。
「それにしても、血痕などから推測すれば重体は間違いないと報告を受けていたのだが……それほどひどいケガではなかったのか?」
「ひどかったと思いますわ。なにせ体が上下で断ち切られたんですもの」
「うん……? 断ち切られ?」
なにか聞き間違えたようだ。エリクシルでもなければ、そのような状態から命を繋ぐことができようはずもない。
そしてもしエリクシルを使ったのであれば、治療に時間がかかることはないのだから。
聞き直そうとする私をさえぎり、サバスティアーノが応接用の真新しいローテーブルに紅茶を置く。
「閣下、まずはおかけになってもらってはいかがですか」
「おお、そうだな。すまんすまん、つい気がはやった」
気にするなと首を振るセレーラと、向かい合ってソファーに腰かけた。
「それで、今なんと? 私は聞き損ねてしまったようでな」
「ですから、体が腰のところで上と下に分かれてしまいましたの」
「……セレーラにしては珍しいな。あまり趣味の良い冗談とは思えんが」
心配する我々をそのようにからかうようなど、らしくない。
そう思ったが……。
「あら、本当ですのに」
平然とした態度で見せた笑みに、ゾクリとする。
なにかが変わった。
もとから肝のすわった女ではあるが、これまで抑制されてきたものから解放されたような、昔のセレーラの不敵さが戻ったような……それだけではなく、さらにその中にゆとりが生まれたように感じる。
そのせいもあるのか……このまとっている雰囲気よ。
美しい女性だったのは間違いないが、今まではきっちりしすぎたゆえの硬さが所作にあった。
しかしそこに
そういえばさきほどはあれほど喜んでいたヴォードフとクリーグが、妙に緊張感を漂わせているような気がする。
私が感じたこととは関係ないだろうが、いったいどうしたというのか。
戸惑う私を置き去り、セレーラが切り出す。
「その話はまたあとでするとして、モリス様はもうお帰りになられたのでしょうか」
なぜあとにせねばならないのかわからないが、私は素直にうなずいた。
「……ああ、昨日な。忙しい身だから仕方あるまいが、そなたのことを案じていたぞ」
この国の冒険者ギルドのトップであるモリスが王都から来たのは一昨日のこと。
もちろん来た理由は、今回の一件を収束させるためにだ。
せわしないとは思うが、そのような強行軍でモリスが動かねばならなかったほど、大きな問題だったということだ。
「そうでしたの……残念ですわ。最後にご挨拶したかったのですが」
最後、か……やはりそうなってしまったようだ。
「それで、どうなのでしょうか。うまくことが運びそうなのかしら」
ダンドンたちの処罰についてか。
「あれはお前の入れ知恵か?」
「違いますわ。あの人は初めからそのつもりで、彼らを生かしておいたそうですわよ」
「そうか……まさか狂子があのようなことを言い出すとは夢にも思っていなかったからな。心底驚いたぞ」
一昨日──この街に来たモリスと、早速ダンドンたちの処罰について話し合った。
冒険者ギルドの幹部と、高ランク冒険者多数が共謀しての不祥事。
武力の高い者が、その武力をもって悪事を成したときは厳しい処罰を与えねばならない。そのようなことが相次いでは困るのだ。
もっとも強者同士の揉め事であれば放っておくことは多いが、今回は規模が大きすぎる。
相手が注目されている狂子たちでもあるし、なあなあで済ますわけにはいかなかった。
しかし国防に響きかねないほどの人員。
腕一本を奪うような体罰で、全員を戦えない体にしてしまうわけにはいかない。
財産と地位を没収するような罰で、賊や不穏分子になられてしまえばもっと困る。
そして実質的な被害は受けていなくとも、狂子のほうにもいずれかの形で賠償せねばおさまりがつくまい。
頭を悩ませているところに到着した狂子が言い放ったのは──
『全員奴隷にしてください。それ以外受け入れません』
私とモリスはもちろん反対した。
罰として奴隷にしたダンドンたちを、賠償として自分がなにかに使う気だと思ったからだ。
戦闘しか脳のないようなダンドンたちだ。奴隷というのは生涯奴隷のことだろう。
トゥバイに関しての私刑は許した……というか心情的には褒めたいくらいであったが、それはやりすぎている。
彼らは『リースの明け星』のように、常習的に悪事を繰り返していたわけではないのだ。
死だけが解放への道である生涯奴隷にするのは、重すぎる罰だ。
だが狂子が意図しているのはそうではなかった。
『一定の期間働かせる契約奴隷でいいです。地位も財産も奪わなくていいです。その代わり、戦闘させることが可能な契約を要求してください』
契約奴隷は、本人の意思を無視して契約できるものではない。
戦闘させることができるような契約を結ぶ奴隷は、ほぼいない。
契約奴隷となるのは、十分に社会復帰が可能な者たちだ。どう使われるかわからないような危険な契約など、そうそう結ぶことはないのだ。
それに
今回もそれは難しいと思えた。
恨まれたところで返り討ちにできるので狂子たちは気にしないだろうが、ダンドンたちがそれを飲むとは思えない。
他の者ならいざ知らず、狂子に使われる奴隷になる?
契約が終わるまでに、どんな目にあわされるかわからぬではないか。
私としても、狂子がそこまでの戦力を抱えることを許すわけにはいかない。あまりに恐ろしい。
そう伝えると狂子は、私に対して口を尖らせたのだ。
『僕が主として彼らを使う気はありません。せっかく格安で戦力を貸し出そうと思ったのですが、侯爵様はいらないんですね』
────そして私の意見は裏返った。
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